第14話 孵化する追想
周囲の景色は、ドーム型の擦り硝子を被せられたように不明瞭。だが、現実だ。足元のアスファルトも、街頭も、全て。
―――デュエルフィールドじゃ……ない?
―――いや、そもそも私はデュエルに同意なんかしていない。
―――なのに、これは……。
手札は五枚。間違いなく、自分のデッキに入ったカード。
しかし、デュエルの宣誓はしておらず、それどころかさっきまでWDDの起動さえもしていなかった。
WDDの強制起動は最悪ハッキングで説明がつけられる。では、目の前のあの死神はなんだ。さっきまですぐそばにいたあの青年は何処へ消えた?
青年だったものはそこにない。着ていた服、デバイスの類、そこに彼がいたという痕跡は何ひとつ残されていなかった。
あの闇の中で、彼は何を見て、どんな目に遭ったのか。想像もつかない。ただ、わかるのは、恐ろしいことが起こったということだけだ。
「はあ、はあ、はあっ、はあ……っ!」
得体の知れないものに対する恐怖が、鍵玻璃の心臓を締め上げる。汗が止まらない。頭が茹だって、どうにかなってしまいそうだ。
死神が不意に大鎌を掲げ、石突で地面を叩く。
カーン、という金属音が、恐怖に呑まれかけた鍵玻璃の意識を引っ張り戻した。
身をすくませる鍵玻璃の耳に、ノイズ塗れの声が届く。
「あなたの先攻」
「……っ! わ、私のターン!」
半ば反射的に体が動く。こんな状況でも、ブランクがあっても、慣れ親しんだ自分のデッキの動きは忘れなかった。
一方、死神はと言えば、忠告するだけして他の言葉を発さない。たたじっと、鍵玻璃のアクションを待つのみだ。
「“星集めの商人・ベーミン”と“
「ドロー」
場に出た
奇妙な状況ではあるが、デュエル自体は普通にできるらしい。死神とカードゲームだなんて、ちょっとおかしい。
少しだけ冷静さを取り戻した鍵玻璃は深呼吸をして、死神に問う。
「あんた、何者なの? さっきの人をどうしたの!?」
「“メモリーイーター・ノイマン”、“ソートシャッフラー・ドローン”を召喚。レギオンスキル発動。ノイマンのスキルで、相手の手札を1枚破壊する」
鍵玻璃の問いには一切答えず、死神は無駄口を叩かずプレイを進める。灰色のカラスを模した機械、そして四角形のフレームを回転させる黒い球体のレギオンが姿を現し、死神が大鎌を振るう。
放たれた斬撃が防御姿勢を取った
死神は生気を感じさせない動きで人差し指を真上に跳ねさせ、黒い球体のレギオンを示す。
「さらに“ソートシャッフラー・ドローン”のスキル。相手のデッキの上から3枚を確認し、好きな順番でデッキの一番上か下に戻す。この3枚はデッキの一番下へ」
「ハンデスの次はピーピング? 趣味の悪いデッキね……! それに、会話に応じるつもりはないってわけ。せめて名乗ったらどう!?」
「ノイマンと“ソートシャッフラー・ドローン”で、ベーミンとアカマルを攻撃」
大鎌が突き出され、機械カラスとフレーム付きの球体が襲い掛かってきた。
なんにしても、デュエルに勝つのが先ということか。鍵玻璃は舌打ちをした。相手レギオンのパワーはどちらも1500。対してベーミンのパワーは1000、アカマルに至っては500しかない。
「ここは……通す!」
バックパックを背負った少女と、幼い狼が攻撃を受けて破裂する。
爆風に襲われる鍵玻璃の隣に、ドット絵のドクロが現れてディケイカウンターの増加を告げた。これもいつも通りの演出。だんだんと落ち着いてきた。
鍵玻璃:ディケイカウンター0→2
「誓願成就、“メモリアル・ギャザー”。このターン破壊されたレギオンと同名のレギオンカードを自身のデッキに加える。“星集めの商人・ベーミン”と“幼天狼アカマル”をデッキに追加」
「……!?」
―――私のカードを、自分のデッキに?
意味の分からない挙動を受け、鍵玻璃は眉根を寄せる。
WDDにはトレード機能が備わっている。これにより本来各プレイヤーに固有のカードを他人に渡すことができ、当然もらったカードは自分のデッキに組み込める。
だが、どんなカードでも、ただ入れればいいというわけではない。デッキのバランスを崩さないか、戦術を狂わせないか、そういったことを注意せねばならない。
必然的に、デュエル中に相手のカードをデッキに取り込むという行為は、さほど有効とは言えないのだが……。鍵玻璃は灰色のカラス型ロボットを見やる。
“メモリーイーター・ノイマン”。そして“メモリアル・ギャザー”。大して意味が無いように思えるカードの組み合わせ。そこから読み取れる情報に、ひっかかるものがあった。
―――メモリー。メモリアル。
―――記憶……?
考えを巡らせようとするが、不安と薄気味悪さに思考が濁って上手く行かない。加えて、ターン開始の宣言を待ちわびたデッキから、自動的にカードがドローされたことにより、完全に中断されてしまった。
淀んだ気持ちを振り払うように、デュエルを続ける。
「私のターン! レリック、“祈り抱く大樹”を配置! スキルにより、手札の誓願カード3枚を捨て、同じ枚数カードをドロー! ……よし!
“マイニングドリーマー・ルクバー”、“ベビーゲイザー・カノープス”、“クラフトアプレンティス・ポラリス”を召喚! レギオンスキル!」
連続で現れた3体のレギオンの能力で、手札に3枚の誓願カードと場に1枚のレリックが加わる。軌道に乗って来た。
だが相手の戦略がわからないうちは、慎重に攻める。鼓膜に焼き付けられた、暗闇の中で青年が上げた断末魔と胸の悪くなる音……あれがなんだったのか、知りたくない。自分の身を以てして知るなど、猶更だ。
わからないことは多いが、勝たねばならないことはわかる。
ならば、勝つ!
「誓願成就、“煌めく服飾”! ベビーゲイザー・カノープスのパワーを+1000! さらに“星屑の発掘”でパワーを+500し、奮戦レベル2以上のレギオンを手札に加える!」
パワーが500から2000にまで上昇し、子竜が可愛らしくも猛々しい叫びを上げる。
“星屑の発掘”は、運が絡むが中盤から後半にかけて欲しいカードを探してくれる。これで奮戦レベル2のカードが来れば、あとは慎重に攻防を重ねるだけだ。
だが、手札に呼びこまれたカードを見て、
加わったのは、“
―――また……!? 一体、なんだって言うのよ……!
心臓をつかまれたような気分になり、思わず胸元を握りしめる。
入学した日のデュエルでも、同じようにメリー・シャインがやって来た。イラストに描かれた少女の笑顔は、黒い空の下では一層眩しく、鍵玻璃の心にトゲを刺す。
息苦しい。過去が絡みついてきて、抗えないほどの力で引っ張ってくる。そんな気がした。
鍵玻璃は首を振り、無理矢理メリー・シャインのカードから視線を外す。
「カノープスで、“ソートシャッフラー・ドローン”を攻撃!」
子竜が銀河色の光を顎にチャージし、勢いよく吐き出した。
夜を切り裂くビームが、四角いフレームに囲われた妙な物体に迫っていく。死神はその攻撃があたる直前で、カードを用いた。
「誓願成就、“
“ソートシャッフラー・ドローン”が黒い煙となって掻き消える。カノープスの攻撃は煙を虚しく貫き、消し飛ばすに留まった。
一見、攻撃は失敗したかのように見えるが、カノープスはバトルが終わる前に攻撃対象を失ったため、もう一度攻撃権を得ている。
「だったら……! “メモリーイーター・ノイマン”を攻撃!」
再度の光線が、カラス型のロボットに直撃して爆散せしめる。
爆風がローブをはためかせる中、死神は不動。だがそのディケイカウンターが0から1に上昇している。相手の場がら空きになったところで、鼻先がツルハシになったバクが死神に迫った。
「“マイニングドリーマー・ルクバー”でダイレクトアタック!」
ツルハシの先端が死神の肩口に突き刺さった。
衝撃が拡散するが、死神は微動だにせず、その内側も一切見えない。
ルクバーが鍵玻璃の下へ戻るとともに、ローブの動きが停止する。人間と戦っている気がしない。粛々とノーリアクションを貫く死神を前に、鍵玻璃はターンエンドを宣言した。
「……ターンエンド」
「この瞬間、誓願成就。“確固たる未来視”。自身のデッキの上からカードを5枚めくり、好きな順番でデッキの一番上か下に戻す。これらはデッキの一番上へ」
相手の次は自分のデッキを。
めくられた5枚のカードを眺める死神の表情、挙動から何か読み取れまいかと思ったが、鎌を抱きかかえた青白い手も、ローブの下にあるはずの体からも、感情らしきものは全くと言っていいほど読み取れない。
―――なんなの、こいつ。何をする気?
何がしたいのか、まるで見えてこない。こっちのカードをデッキに加えたり、デッキをのぞき見したり、ハンデスしたり。
かと思えば、大してアドバンテージを得られるわけでもないレギオン“ソートシャッフラー・ドローン”をデッキに入れて増やしたり。
相手のデッキを暴きつつ、自分の戦略を通すデッキなのか。いや、そうであっても鍵玻璃のカードをデッキに組み込む理由に説明がつかない。
一体、何を考えて組まれたデッキなのだろう?
緊張の中、ターンが死神の方へ切り替わる。
鍵玻璃:ディケイカウンター2
手札4枚、レギオン3体、レリック3枚
死神:ディケイカウンター6
手札0枚、フィールドにカード無し
圧倒的劣勢の中、死神は冷たく宣言をした。まるで機械か何かのように。
「ドロー」
鍵玻璃は思わず身構えた。死神は先のターンで手札を使い切っている。これによりターン開始時にカードを5枚ドローできる上、奴は何を引くかを先ほど見ている。
見た上で、デッキの一番上に戻す選択をした。つまり、欲しいカードがその中にあったのだ。
死神を中心に、放射状に風が吹く。足首を撫でる冷ややかさに後ずさりしそうになるのを、ぐっと堪えた。
青白い手が伸び、カードに指先が触れる。
宙に放り上げられたその一枚は、デュエルフィールドの外から闇色の風をかき集め、黒い球体となって膨張し始めた。
鍵玻璃は強風に引き寄せられそうになりながら、踏ん張って耐える。腕の隙間から死神の頭上を見つめ、ハッと目を見開いた。
「その、カード、は……っ!?」
喉奥から乾いた声があふれ出す。
心拍が大きくなっていき、耳元で吹き荒ぶ風の音を掻き消した。
死神の頭上で巨大化した球体は、真円から涙滴状へ……否、卵の形へ変化する。
白地に黒い紋様が不気味に蠢く、モノクロームの巨大な卵。
あまりに見慣れた色と形状。資料や手本がなくとも、サンドボックスゲームの中で再現できるほど何度も目にした悪夢のカタチ。
ドクン、という音を最後に、周囲から音と色が消え失せる。
死に絶えたようなグレーの世界。耳鳴りがして、視界に悪夢の光景が重なる。
闇に浮かぶ不気味な卵。それが孵化して、恐ろしい何かが生れ落ちる光景。それに引きずられる形で多くの記憶が蘇った。
あちこちを駆けずり回って、たくさんの人に尋ねて回った。その時の会話が、自分でも聞き取れないほどの速度で再生される。その中で最も端的で、最も衝撃的な言葉が、鍵玻璃の胸を深く抉った。
“誰それ?”
「――――――っ!」
口の中がカラカラになり、舌がミイラのように干からびてしまったかのような錯覚に陥る。
「なに……なんで!? なんでそれが……あんたのそれは……一体何!?」
死神が初めて、自分に目を向けたような気がした。
闇に不釣り合いな、透き通った空色の瞳が垣間見えた。ほんの一瞬だけ。
「レリックカード、“
この時初めて、
デュエルの中で収まりかけていた恐怖が、慣れとともに失われていた悪夢への恐れが、一気に現実のものとなって鍵玻璃を圧し潰さんと襲いかかってきた。
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