第1話 絶対無敵の孤高女王(シェーンハイト)

「さあ―――! 全てのファン、そしてデュエリストに贈るWDD世界大会“ラグナロク”! その決勝戦もついに大・詰め・だァ―――ッ!」


 感極まったMCがマイクを握り、大音声を響かせる。


 中継を前にする視聴者たちが息を呑むほどの緊張感。それを現場で一層強く受け止めながら、MCは汗でマイクが滑り落ちぬよう力を込める。マイクがミシミシと軋むほど強く。


「絶対無敵のチャンピオン、シェーンハイトに挑戦状を突きつけし古老オールドボーイ! 凄まじい猛攻は凌がれ続け……今、タイムアップ寸前のファイナルターン! このまま女王を傷つけられず終わるのか!? それとも一矢報いて見せるのか!? どっちなんだ、オールドボ―――イ! ……おおっと!?」


 広大なスタジアムの明かりが徐々に落ちていく。


 夜の訪れにも似た照明の変化が観客たちをどよめかせ、声のボリュームを無意識的に絞らせ始めた。


 MCさえ何が起こったのかと言葉を潜める。ざわつきの最後のひとつが消えたところで、老いた男の言葉が響く。


「ヘイ、ヘイヘイヘイヘイ、ギャラリー連中! お前ら、今こう思ってるな? オールドボーイは所詮口だけ、結局女王は倒せねえって。このままタイムアップで負けちまうのか、ってな!」


 ジャーラッ! 勇ましいギターサウンドが響き、スタジアムに火花が散った。

 それは突然落とされた照明に困惑していた観客たちに、微かな興奮の火を熾す。


「オレのディケイカウンターは確かに19。あと一撃喰らえば俺のステージは瓦解ディケイする。ここまで続いた攻勢は、確かに全部凌がれた! 憎ったらしい最強女王め! 見ろよ、当たり前って顔で澄ましてやがる!」


 ジャーラッ! 二度目のギターサウンドで、ステージ上にスポットライトが灯された。そこに立つのは、優美な白いドレスを纏い、ティアラを頭に乗せた女性だ。


 胸の下で腕を組み、どこか不機嫌そうな表情をした彼女は目を細める。


 三度目、四度目。ギターの音がだんだんと間隔を短くしていく。


「だがな、ここまでが布石に過ぎないとしたら、どうだ? 今このターンまでの全てが、この時のためにあったとしたら! 見せてやるぜ、最後の攻勢! 聞き届けてみろ、オレのシャウトを! これがオレの……魂だァァァッ!」


 最後の大きなギターの音に呼応して、二本の火柱が暗がりを引き裂いた。


 ボンッ! と勢いよく吹き上がる赤に照らされたのは、鈍色の巨体。全身にトゲを備えた五つ首の機械竜がデスヴォイスを吐き散らかした。


 その足元でエレキギターをかき鳴らすのは、筋骨隆々の老人。

 アメリカ国旗のバンダナを頭に巻き、ギターを手にした彼は工場を思わせるステージの上で叫びを上げる。


「クライマックスだ! こいつが俺の新たな切り札、お前を倒すための秘策!

 その名も……“グランドゥーム・メタル・ドラゴン”だァァァァァッ!」


 全方位から大きな歓声が沸き上がった。


 360度に観客席。大型スタジアムの中心で、老人はギターサウンドを鋭く響かせてみせる。


 ティアラの女性は無表情のまま五つ首の機械竜を真っ直ぐ見据えた。

 歓声も興奮も、全てを見下すように、冷たく。


 すり鉢状になったスタジアムの底は、ふたつの全く違う景色に分かたれている。

 片方は、老人が支配する工場とライブステージを合わせたような世界。

 もう片方は、荒野にそびえる白亜の城壁。


 景色の境目には鋼鉄纏う異形が佇み、楽器を手にして城壁へ攻め込む時を待っている。大してティアラを着けた女性の背後には、白いヴェールを纏った巨大な機械の天使が1体だ。


 興奮したMCが実況席からステージを見下ろし、唾を飛ばす。


「出たぁぁぁぁッ! これこそ、古強者“オールドボーイ”が語った対無敗の女王“シェーンハイト”用に手に入れたという新たなレギオン! “グランドゥーム・メタル・ドラゴン”! 会場を揺らすシャウトはまさに! 玉座を震わす凶兆の響き!

 チャンピオンの座が奪われるのか―――ッ!? 会場はそれぞれのファンのコールで満たされています!」


“シェーンハイト! シェーンハイト! シェーンハイト! シェーンハイト!”


“やっちまえ、オールドボーイ! お前のロックを見せてくれ―――ッ!”


 興奮した観客たちが飛び跳ね、声を枯らして応援グッズを振り回す。

 ここはまるで火山の火口だ。熱狂が籠もり、沸騰し、噴火寸前。


 そんな中でもティアラの女性、シェーンハイトは揺るがない。ただ冷たく厳めしい目で、挑戦状を叩きつけてきた古老・オールドボーイを睨み続ける。


 火花を散らすようなピッキングを披露し、オールドボーイは喉を鳴らした。


「こいつがお前の絶対防御を打ち砕くぜ! “サウザウンド・ビート・デーモン”のレギオンスキル発動ォ!」


 オールドボーイの配下である、何本もの腕を生やした悪魔のドラマーがスティックを振るう。けたたましいクラッシュシンバルの連打が生み出す透明な波紋は、五つ首の機械竜の体に吸収されていく。


「オレのディケイカウンターが15以上の時、パワー3000以上のレギオン1体は、カウンター3つにつき1回! 追加で攻撃できるようになる!

 さらに“ストロング・ベース・オーガ”のレギオンスキル! こいつの攻撃を放棄する代わり、別のレギオン1体に追加の攻撃権とパワーを与えるぜ!

 スキルの対象は当然、“グランドゥーム・メタル・ドラゴン”!」


 戦斧と見紛うベースギターを爪弾く大鬼。凶悪なアンサンブルがステージを見たし、割れんばかりの歓声を乗せてスタジアムに轟いていく。

 シェーンハイトのファンたちも負けじと声を張り上げた。だが無情にも、勝負の趨勢は決しつつある。


「これで“グランドゥーム・メタル・ドラゴン”は合計で8回の攻撃が可能だがしかぁぁぁぁぁし! それでは足りないッ!

 シェーンハイトのエースレギオン、“極光のエタニティオン”はバトルで死なない不死身の守護神! 主たるシェーンハイトと一蓮托生の関係というデメリットはあるものの……シェーンハイトのディケイカウンターは未だゼロ! オールドボーイが勝利するためには、このファイナルターンで20回! エタニティオンにバトルで勝利せねばならない! 8回の攻撃ではまだ足りないぞォ―――ッ!? どーするッ!」


 熱に当てられた実況は、どこか悲鳴じみていた。

 しかしオールドボーイは煽るように短いリズムを刻み、全身を上下に揺らす。


 ファンたちもまた、そのリズムに全身で乗る。かの老人がこのままで終わるはずないと、ビッグマウスでは済まないのだと、信じているのだ。


 シェーンハイトは誰にも聞こえないように鼻を鳴らした。愚かな夢だ。己の背後の城壁に、傷ひとつつけさせはしない。彼女はその覚悟でこのステージに立っているのだから。


「確かに状況は絶望的だ! 全戦全勝、ノーダメージの戦歴を持つ絶対女王、シェーンハイト! このターンで決められなけりゃあ、オレはタイムアップで冷めた敗北を迎える……」


 ジャッ、ジャッ、ジャッ、ジャッ。熱狂を一時的に鎮めるかのような単調なメロディ。だが、意図は真逆だ。オールドボーイは観客を焦らしている。

 老いて益々切れ味を増す彼のメタルは、さっきまで声の限り叫んでいた観客たちをうずうずさせるのだ。


 熱狂を押さえつけ、そして再度爆発させる。


「って思うだろ!? んなわけはねえんだよなァァァ! “グランドゥーム・メタル・ドラゴン”のレギオンスキル! ラスト・エミッション・フェイタル・シャウト!」


 オールドボーイのギターに合わせて、五つ首の機械竜が咆哮を放った。


 同時に鈍色の体が不吉な赤色に変化していき、禍々しい陽炎をまき散らす。胸部のエネルギー炉心を解放した機械竜の号砲に、観客たちは再び燃え滾った。


「“グランドゥーム・メタル・ドラゴン”のスキルはラストターンに、オレもディケイカウンターが15以上の時にしか発動できない! その能力は……相手のレギオンを攻撃した時、問答無用で相手のディケイカウンターを+3する!

 さらにレリックカード、“スーパークリティカルコンダクター”の力により、パワー3000以上のレギオンの攻撃によって追加されるディケイカウンターの数を+1!

 わかるか? “グランドゥーム・メタル・ドラゴン”は、一回攻撃するたびに、お前のディケイカウンターを合計4つ増やす!」

「そして、我が“極光のエタニティオン”は、不死である代わり、バトルに負けるたびディケイカウンターを1つ増やす。それも含めて……1回につき5点のダメージか」

「そうだ! それが8回続く! 算数はできるよな!?」

「……ああ。エタニティオンのパワーは3000、“グランドゥーム・メタル・ドラゴン”のパワーは5500。この状況で8回もの攻撃が決まれば……私のディケイカウンターは優に40……!」


 シェーンハイトの鉄面皮がここでひび割れた。


 忌まわしさと皮肉の混じった苦い笑みが頬に浮かぶ。

 このWDDなるカードゲームにおいて、ディケイカウンターが20溜まったプレイヤーは敗北となる。随分なオーバーキルだ。そうまでして勝ちたいのだろう。


 ―――つくづく、救いがたい!

 ―――デュエリストも、観客も。夢見がちな愚か者どもめ!


 口の端を歪めるシェーンハイトを、オールドボーイが指差した。


「バトルだ! “グランドゥーム・メタル・ドラゴン”の攻撃!

 ニュークリア・ブラスト・オールスターズ!」


 機械竜の五つ首が凶悪な真紅の輝きを口に溜め、一気に吐き出した。


 耳障りなハウリング・ノイズと共に襲い掛かる五重の光線。シェーンハイトの側に浮遊する機械の天使は、臆することなく片手を突き出して光線を迎え撃つ。


 歓声よりも遥かに巨大な大爆轟が、スタジアムを揺るがした。


 黒い煙がステージの半分を覆い隠す。水を打ったような沈黙が、スタジアムを圧迫する。誰もが緊張の表情で事態を見守る。


 煙の中には何があるのか? オールドボーイは、そこに絶対の王座を誇っていた女王が膝を突く光景があると確信していた。


 世界最強のプレイヤー。“極光のエタニティオン”のみを戦友とする孤高の女王。長きにわたる研鑽の末、ついにそれを打ち倒したのだと。老いてなお世界の上に立つ男がいると知らしめることができた。

 今はこの静けさが心地よい。称賛の津波が押し寄せる前の、引き潮が。


 だが、刹那。ただひとり勝利を確信していたオールドボーイの眼球に、一筋の光が突き刺さった。サングラス越しにもわかる、虹色の極光。


「!?」


 黒い煙から四方八方に光が伸びて、やがて煙幕は打ち払われた。


 白亜の城は変わらずそびえ、純白の輝きに染まった“極光のエタニティオン”が光の防壁を張っている。


 MAXまで溜まったはずのシェーンハイトのディケイカウンターは……ゼロのままである。


「なん……だと!? パワー5500、1回につき5ダメージ与えてるはずだ! どうしてゼロのまま変わらねえ!」

「痴れ者が。誓願せいがんカードを使用したのだ」


 シェーンハイトが言い放ち、腕を振った。一枚のカードの情報がオールドボーイの目の前に展開される。


「誓願成就、“ダメージ・エンブレイシング”。エタニティオンが私の戦場にいて、パワーが2000以上のレギオンとバトルをする時、ディケイカウンターを溜める代わりにデッキの上からカードを同じ数だけ捨てられる。

 私はデッキを40枚捨て、ダメージの全てを無効化したのだ」

「なにぃぃぃぃぃっ!?」


 瞠目するオールドボーイとは逆に、シェーンハイトのファンがそろって大声を上げた。確定していたはずの敗北をひっくり返し、完璧に防御しきったチャンピオンに、惜しみない称賛が贈られる。


 それら全てを無視しつつ、シェーンハイトは無表情に告げた。


「見事だ、オールドボーイ。このカードを使ったのは貴様が初めてだよ。その実力を認めよう。だが、しかし」


 ターンチェンジ。最後に残されたカードをドローしたシェーンハイトは、無慈悲に言い放つ。


「私は貴様を夢から醒まそう。老いを振り切る夢追い人よ、ここで潰えよ!

 “極光のエタニティオン”の攻撃!」


 機械の天使が両腕を広げ、幾重にも重なるオーロラの輪を背後に生み出す。


 唖然としたオールドボーイの頭上で、空が純白に輝き始める。


 雪のように舞う白い羽根。それが描く渦の中心を貫いて、巨大な光の柱がオールドボーイへと垂直に落下した。


「う……ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 悔しさに叫ぶオールドボーイが、眩い光に叩き伏せられた。


 鋼のステージがバキバキと音を立てて崩壊し、鋼鉄の悪魔たちが耳障りな絶叫を上げて消滅していく。


 最後に白い爆発が巻き起こった後、勝利を告げるファンファーレが鳴り響いた。


「き、決まったァ―――ッ! WDD世界大会“ラグナロク”決勝戦! 恐るべきオールドボーイの全力攻勢を凌ぎ切り、勝利を収めたのは……絶対の聖域に立つ女王! 決して触れられざる光輝! シェーンハイト――――――ッ!」


 うおおおおおおおおおお! 大歓声が噴火した。


 シェーンハイトのファンも、オールドボーイのファンも、全員が一体となって激しい戦いを繰り広げた決闘者たちに賞賛を送る。


 シェーンハイトはフェードアウトする白亜の城壁へと歩いて行った。


 城壁は消え去って、暗い控室への道が露わとなる。無敗の女王は、ファンに手を振ることも無く、薄暗がりへと姿を消した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る