300日後に別れるギャルと委員長

べにたまご

第1話 ヘタレギャルと堅物委員長




 春の屋上。

 快晴無風のとある放課後。


「いーんちょ! 好きです! つき合ってください!」


(……何で?)


 その告白は、冴子にとって予想外だった。


「本気?」


 冴子は念のため、たった今告白してきた相手に疑問符を投げかける。


「マジだってば~」


 すると、その相手――同級生の美波は、慌てたように早口で答えた。


「罰ゲームとかじゃなくて?」

「ちがー、てかひどー」

「ごめんなさい。でも妥当な疑問でしょ?」


 冴子は悪びれず首を傾げると、長い黒髪が制服の肩を滑り落ちた。


「私と美波さんって接点ないし」

「席隣じゃん! 接点あるよ!」

「……」


 子供っぽく叫ぶ美波に対し、冴子はなおも目を細め、


「席が隣だから好きになったの?」


 と、少々意地悪な返しをする。


 自分でも性格が悪いかもと思ったが、まだ警戒心を解くには早い。


「あ~う~そうじゃないけどぉ……」


 美波は頬を赤らめ、恥ずかしそうに目を背ける。


(は? カワっ)


 冴子は落ち着くために眼鏡の位置を直す。


「じゃあ、何で好きなのか言って」

「えぇぇ!?」


 冴子の要求に美波は再び悲鳴を上げる。


 彼女はわたわたと動揺しているが、冴子は構わず腕を組んで「待ち」の姿勢を取った。


 それから改めて美波のことを見る。


 染めた髪。

 短いスカート。

 校則に引っかからない程度のメイク。


 成績はフツー。

 無遅刻無欠席。


 隣の席だから知ってる情報はその程度。


 所謂まじめなギャル。


 まじめでもギャル。


 たとえ隣の席でも、自分とは生息域が違う。


(だって私はかわいくないし)


 それは見た目の話でもあるけど、それだけでもなくて。


 何て言うか、性格の話。


 かわいげがない。


 ひと言で言うと、そんな感じ。


 堅物と言い換えてもいい。


 まあだから要するに、最初の疑問に戻る。


 何で私?


 好かれる理由に心当たりがない。


 だから、理由を知りたい。


 そうして、冴子が返事を待っていると、美波が意を決したようにこちらを見る。


 その頬を、真っ赤っかに染め上げて。


「何で惚れたかって……いろいろあるんだけど、全部ゆえないから一番を一個だけ」

「どうぞ」

「……顔が」

「顔?」

「いーんちょの横顔が、キレーで」

「……!」

「一回に気になったら、何度も見ちゃって、授業中も……なんか、何にも集中できないってゆーか」


 美波はそこまで言うと、たまらなくなったように冴子の二の腕に縋りついて、体を引き寄せた。


 至近距離で目と目が合う。


「てかこんなん説明させないでよー! ちょー恥ずか死ぬし!」


 鼻腔をくすぐるコロンと汗の香り。


 よく見ると彼女はすごい汗を掻いていた。恥ずかしいから?


「ねぇーいーんちょ返事は!?」

「そうね……」

「あっメチャ怖い! やっぱ待って! ドキドキして死にそう!」


 急かすんだか待って欲しいんだか、美波は目をぐるぐる回す。


「ガチ返事されたら心臓止まりそー……」

「じゃあ、やめとく?」

「うぇー待って待って! あっそうだ! お試しでつき合うとかどう!?」


(……ヘタレ)


 冴子は心の中で思ったが口には出さない。


「一回! 一回つき合ってみて、それから判断してもらうとか」

「いいわよ」

「それがダメならせめてデート……って、へ?」


 ぐるぐる回してた目を今度は点にして、美波は呆けた顔になる。


「お試しでしょ? それならいいけど」

「ホント!?」

「ただし、言っておくけど」


 パァッと明るくなる美波に、冴子は釘を刺す。


「私って結構キツいわよ」

「知ってる」

「試験前は勉強するからデートとかナシ」

「うん。一緒に勉強会とかしよっ」

「あと私、長電話とかラインの返事とか苦手だから、どっちも一時間以内に済ませて」

「分かった」

「あと」


 冴子は近すぎる美波の目をジッと覗き込んで、


「私、高校卒業したら外国行っちゃうけど、それでもいい?」


 と、尋ねた。


 美波は目をぱちくりとさせて、


「外国? いーんちょアメリカ行くの?」

「何でアメリカ限定? まあ、進路よ進路」

「あーね、進路ね」


 美波はこくりと頷いたあと、少し考えるように俯いた。


「どうする? やっぱりやめとく?」

「? どして?」

「だって、仮に本当につき合うってなったとしても、一年以内に別れることになるし」


 今は高三の四月末。


 自由登校や受験勉強などを考えたら、残された時間は思いのほか少ない。


 しかし、美波は首を小さく横に振ると、


「そーかもだけどさ……それって来年の話でしょ?」

「それはそうだけど……」

「ならさ、せっかくOKもらったのに、今すぐナシにするのもったいなくない?」


 そう言って、美波はニッコリ笑う。


「てなわけで、よろしくねいーんちょ!」

「……そうね」


 彼女の楽観的な笑顔に、冴子も肩を力を抜いて頷く。


「まあ、お試しした結果やっぱナシになるかもしれないし。そうしたら来年がどうとか実際関係ないわよね」

「うわーん! それ一番切ないやつ! 絶対そーならないようにがんばるからー!」


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