第27話 決断

「起立、礼、ありがとうございました」

「じゃ、みんな、明後日から期末テストだから、しっかり勉強するのよ」


 先生はそう言い残すと、教室から出て行った。

 ドアが閉まると同時に堰を切ったかのようにみんな一斉に話を始め、教室内に生徒たちの話声が響き始めた。


 いつもなら帰りのホームルームが終わるなり部活に直行する生徒も、テスト前の部活停止期間中ということもあり、教室はいつも人が多くより賑やかだ。


 そんな喧騒の教室をこっそりと抜け出すと、奈菜との約束の場所へと向かった。


 売店横にある中庭はベンチに座りながら談笑している生徒が数名いる程度で、教室とは違い静かな時間が流れていた。


 冬の太陽の日差しは弱弱しく、吹き抜ける風も寒く感じる。

 何か暖かい飲み物でも買おうかなと思った時、奈菜が姿を現した。


「おまたせ。教室出ようとしたら、話しかけられてつかまっちゃった。ホント、ごめん」


 遅刻を何よりも嫌う奈菜が、両手を合わせて謝る。


「いいよ。気にしなくて」

「ホント、ごめん。で、これ、バレンタインのチョコレート」


 繰り返し謝った奈菜が、鮮やかな赤い包装紙でくるまれたチョコレートを差し出してきた。


 にっこりと微笑む奈菜の顔を見ながらも、頭には「亜紀はそれでいいの」と言った遥香の言葉が浮かんだ。


 チョコレートを受け取ることなく、奈菜へと突き返した。


「ごめん、受け取ることはできない」


  思いがけない返答に、奈菜は目を丸くして黙り込んでしまう。

 しばしの沈黙の後、奈菜が僕の肩を鷲掴みして揺すり始めた。


「それって、私のこと嫌いになったってこと?悪いところがあるなら、直すから言って!」

「違うよ。奈菜のことは好きだよ」

「じゃ、なんで?確かに毎日電話したり、他の女子と話さないでとか言ったりするのするの重かったよね。ごめん、亜紀が好きで、他の女子にとられなくなかったの。許して」


 奈菜は僕の肩から手を離して、両手をあわせて謝った。先ほどと違い、その顔は今にも泣きだしそうだ。


「奈菜の正しくありたい、正しくあろうとする姿は好きだよ」

「う……ん」


 奈菜は黙ったままじっとこちらを見つめたまま、視線を逸らさない。


「毎日電話したり、他の女子に干渉したりして、ちょっとウンザリすることもあったけど、それでも奈菜と一緒にいると楽しかったよ」

「それなのに、なんで?」

「奈菜には理想があって、付き合っている男女ってこうあるべきというに付き合わされているって、気づいたんだ。それはそれで楽しかったけど……」

「けど、何?」

「奈菜の理想の一パーツになるんじゃなくて、自分で理想を作り上げていきたいんだ」


 奈菜はしばらく黙り込んだあと、口を開いた。


「遥香なのね?やっぱり遥香のこと好きなんでしょ?」


 女の勘は鋭さに驚きながらも、気づいていたのならと逆に開き直った。


「うん、遥香のことが好きだ。奈菜に押し切られて付き合い始めたけど、遥香のことが忘れられない。ホント、ごめん」


 今度はこちらが謝る番だった。

 男性嫌いの遥香を諦め、押し切られるようにして始まった奈菜との交際。

 あの時、はっきりと断っていれば奈菜を傷つけることはなかったと後悔している。


「ごめん、行くね」


 泣き始めた奈菜を置いていくのは心が痛んだが、いまごろ三井が遥香に告白しようとしていると思うと、居ても立っても居られない。


 体育館裏へと全力で走る。

 スカートを履くようになって、初めての全力疾走。

 スカートがまとわりつくが、窮屈なスラックスよりもずっと走りやすい。

 下着が見えているかも知れないが、気にしてはいられなかった。


 人気のいない体育裏。風が木々を揺らす音だけが聞こえてくる。

 息を切らしながらたどり着くと、二人の姿が見えた。


 三井はチョコレートを差し出し、今にも渡そうとしている。


「遥香ちゃんのこと……。す、好き……」

「ちょっと、待った!」


 大声で叫びながら二人の間に割って入り、三井の告白を遮った。

 突然の乱入者に、遥香と三井が目を丸くした。


 全力疾走したことで息も絶え絶えだ。

 一度深呼吸して呼吸を整え、遥香と視線を合わせた。


「遥香……。遥香のこと、好きだ。遥香が男子のこと嫌いなのは知ってるけど、頑張って女の子になるから、付き合ってください」


 頭を下げた後、ゆっくり顔を上げた。三井は言葉を失ったまま呆然としており、遥香は真剣な表情で、どう答えたら良いか考えているようだった。

 しばしの沈黙の後、遥香が口を開いた。


「亜紀のバカ」

「えっ!?」


 拒否でも承諾でもない、遥香の言葉に今度は僕が目を丸くした。


「遅いよ。何年待ったと思ってるの?」

「何年って?……まさか?小学生の時から?」

「そうよ。私はずっと亜紀のことが好きだったのに、気づいてくれないなんて鈍感にも程があるでしょ」


 遥香の目には涙が浮かんでいた。


「ごめん。遅くなって悪いけど、バレンタインのチョコレート」


 三井の家で作ったフォンダンショコラを遥香に手渡した。

 遥香はそれを受け取ると、ギュッと抱きしめてくれた。


「亜紀のバカ!」


 三井の叫び声が聞こえてきたが、それも気にならないぐらい遥香の抱擁は温かく心地よかった。

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