第24話 愛の重さ

 図書室には、放課後の静かな時間が流れていた。数名の生徒が本に夢中になり、本を探している生徒のそっと棚を巡る足音だけが響いている。

 カウンターに座り、することもなく退屈な時間をやり過ごしていた。


 今週一週間は図書委員の仕事として、放課後の4時から6時までの2時間このカウンターに座り、本の貸し借りの業務を行うことになっている。


 自習や本を読むために図書室に訪れる生徒はチラホラといるが、貸し出しを希望する生徒は少ないため仕事は少なく、ゆったりとした時間が流れている。

 時計を見るとまだ5時前。まだまだ退屈な時間が続きそうだった。


 隣に座っている田倉は暇を持て余し、机の下に隠したスマホを見ている。

 頬杖をつき退屈そうな表情を浮かべている三井が、小声で話しかけてきた。


「なんで、図書委員じゃない私まで付き合わないといけないんだよ」

「ごめん。週末にラーメン奢るからさ」

「なら、許す」


 図書委員の仕事で田倉と一緒になることを知った奈菜から、三井に付き添ってもらうように言われた。

 2時間図書室のカウンターの中で座るだけだが、それでも女子と二人きりになるのが嫌みたいだ。


 待ちに待った6時のチャイムが鳴った。

 残っていた数名の生徒が席を立ち図書室から出て行く。


 全員出て行った後図書室内を一巡して、残っている生徒がいないことを確認してカギを閉めた。

 あとはこの鍵を職員室に戻したら、今日の仕事が終わりだ。


 カギを閉めるや否や、2時間の沈黙を耐えていた田倉がため息をついた。


「はあ、何もしてないけど疲れるね」

「うん、あの静かな感じでやることないと精神的に疲れるね」

「そういえば、もうすぐ期末テストだね。私、数学前回赤点で次も赤点だと補習なんだ」

「だったら、スマホばかり見ないでさっき勉強してれば良かったのに」

「え~、一人で勉強しても分からないじゃん。だから、今度教えてよ。テストに出そうなところだけ。赤点回避できたら、それでいいから無駄な努力したくないんだ」


 職員室へ向かう階段を降りながら、田倉が甘えた声でお願いしてきた。

 後ろを歩く、三井に視線を送ると、「わかった」と言わんばかりに頷いてくれた。


「ミッチーが教えてくれるって。私が教えてもいいけど、奈菜が……」

「束縛系の彼女持つと大変ね」


 図書委員でもない三井が今日の当番についてきた理由を、既に知っている田倉は呆れた表情を浮かべた。

 

「田倉は彼氏がいるとしたら、やっぱり他の女子と仲良くされると嫌?」

「何で彼氏がいない前提なの?まあ、確かに彼氏いないけど、でも、もしいたら、やっぱり嫌かな。他の女子と仲良くされると」

「そうなんだ。田倉も束縛系じゃないか」

「程度の問題よ。他の女子と二人きりで遊びに行くなら許さないけど、図書委員の仕事で一緒になるぐらいだったら、私は気にしないかな」


 田倉に言う通り、奈菜はちょっと度が過ぎているような気がしている。

 それにと言いながら、田倉が話をつづけた。


「人の彼氏、奪うのが好きな子っているからね。人の彼氏奪って自分の方が魅力的ってマウントとりたくて、その彼氏が好きというより、奪うこと自体が好きな子っているのよ」


 底が知れぬ闇を持つ女子の存在に、返事もできず絶句した。確かにそんな子がいるなら、奈菜が心配するのがわかる。


「じゃ、私はここで。鍵返しておいてね」


 職員室のある1階に降りると、田倉は鍵の返却を押し付けて足早に去っていた。

 仕方なしに職員室に入り鍵を返却した後、昇降口には向かわず教室に戻ろうとしたところで、三井に声をかけられた。


「亜紀、どうしたの帰らないの?」

「図書委員の仕事が6時まであるって言ったら、奈菜が一緒に帰ろうって。部活も6時過ぎに終わるらしい。片づけとかあるから、教室で待っててと言われた」

「そうなんだ。遥香もくるよね」

「多分、電車通学だから一緒だと思うよ」

「だったら、私も一緒に帰る」

「ミッチーの家、駅とは逆方向でしょ」

「駅からバスが出ているから、それで帰るから大丈夫」


 三井は事もなげにサラリといい、小腹が空いたとカバンからチョコレートを取り出した。


 完全下校の6時半が近づいたころ、奈菜から終わったよと連絡があり校門へと向かった。

 校門前のロータリーに立っている奈菜と遥香を見つけ、手を軽く振った。


「ミッチーも?なんで」


 予定外の三井の存在に、奈菜と遥香が驚きの声を上げる。


「図書委員で残ってたから、いっそのこと一緒に帰ろうと思って。たまにはみんなと、一緒に帰るのもいいかなと思って。」


 奈菜は呆れ顔だが、遥香は面白そうに笑っている。


 すでに日も暮れた暗い通学路を、駅に向かって歩き始めた。

 三井と遥香が先を歩き、その後ろを奈菜と二人並んで付いていく。


「最近、駅の向こうにオープンした新しいパン屋行ってみたらね、メロンパンが美味しかったよ。あれ、マジでヤバイから、一度食べた方が良いよ」

「え~、そんなにヤバいの?」

「外カリの中フワフワで、マジでヤバいよ」


 三井が最近言ったというパン屋の話をし始めて、遥香と楽そうに話している。


「今日走り込みって言われてグラウンド10週もして、そのあとダッシュ10本もしたからクタクタだよ」


 疲れたと言いながらも奈菜は、なんだか楽しそうだ。

 奈菜はつないでいる手の指も絡め、いわゆる恋人つなぎでがっしりと僕の手を握ってきた。

 その力強く握りしめる手は、心までつかんでいるように感じた。

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