第16話 奈菜の告白

 何故だろう?勉強していると、勉強机が汚いのが気になるのは。

 自室の勉強机の上に散らかった蛍光ペンや付箋などを整理し終わった後、スマホで思わず調べてしまう。

 テストという現実から目をそらすための行動で、テストの出来が悪かった時のための言い訳の準備という検索結果に思わず苦笑いした。


 週明けの月曜日に期末テストが控えているというのに、まったく理解できない英語の教科書をみつめ、ため息が漏れる。

 放課後にいつも通り4人で勉強会を開き、そのときに奈菜に教えてもらってその時は理解できたと思った。なのに、家に帰って問題集を解いてみると全く分からない。


 今日は金曜日、テストまであと二日ある。今日はひとまず寝て、明日すっきりとした頭で、勉強し直せばきっと理解できるはず。

 そう思ってベッドに寝転んだ時、スマホからラインの着信音が鳴り響いた。

 奈菜からだった。


「明日一緒に勉強しない?今日教えてもらったところ、家に帰ってみたら全然わかってなかった」


 奈菜は苦手な数学に苦戦しているようだった。英語の分からないところも聞けそうだし、ちょうど良かったと早速OKの返事をした。


「いいよ。私も英語教えて」

「良かったら、私の家に来ない?」


 どこかのファミレスでもと思ったが、家に誘われるのは意外だった。家に誘われて断れるのも悪い気がして、OKのスタンプを送った。


◇ ◇ ◇


 学校の最寄り駅の一つ先の駅で降りて、5分ほど歩いたところに奈菜から教えてもらった通り茶色のマンションが建っていた。

 エントランスにあるインターホンで503と押すと、奈菜の「待ってたよ」との声と同時に自動ドアが開いた。


 エレベーターに乗ったとき、母から「玄関に入る前にコートを脱ぎなさい」と教わったことを思い出し、慌てて母から借りて着てきたトレンチコートを脱いだ。

 エレベーターについている鏡で、スカートにシワが付いていないか確認したところで5階に着いた。


 ミントグリーンのセーターに黒のスカート。定番で誰からも好かれるファッション。奈菜だけではなくその両親にもみられると思い、定番でコーデしてきた。


 エレベーターを降りて、3件目の玄関のインターホンを鳴らすと、足音が聞こえた後ドアが開いた。


「大丈夫?道迷わなかった?」


 笑顔で出迎えてくれた奈菜の後ろには、優しく微笑む母親の姿があった。


「うん。大丈夫だったよ。初めまして、松下亜紀です」

「こんにちは。亜紀がいつもお世話なってます。今日もごめんね。奈菜が数学分からないから教えに来てくれたんでしょ」

「いえ、いえ、私も英語分からないところ教えてもらいたかったから、ちょうど良かったです」

「亜紀さん、可愛いわね。男には見えない!」


 奈菜の母親は、興味津々な視線をこちらへと向ける。


「お母さん、そんなにジロジロみちゃダメだって。さあ、部屋行って勉強しよ」


 玄関から入ってすぐの奈菜の部屋に入ると、部屋の中央にはローテーブルが置かれ、クッションが二つ並んで並べてあった。

 奈菜に促されるように座ると、すぐに奈菜は数学の問題集を開いた。


「さっそくだけど、数学のこの問題教えてもらっていい?」

「ああ、それね。ヘロンの公式を使うんだよ。こうやってヘロンの公式で面積Sを求めて……」


 ノートに数式を書き込んでいくと、奈菜がのぞき込んでくる。そんなに大きくないローテーブル、自ずと肩が触れ合う。


「すごい!なんで解るの?」

「動点pがあるから難しく見えるけど、ヘロンの公式使うって分かれば簡単だから」

「簡単って、それが思いつかないんだよね」

「授業で習った公式しか使わないんだから、公式が使えるようにしていけばいいから」

「へぇ~、頭いい人ってそういう発想になるんだ」


 尊敬のまなざしで奈菜から褒められて、少し照れてしまう。


「じゃ、次、この問題教えて」

「いいよ」


 再び奈菜と肩を寄せ合いながら、ノートに数式を書いていく。こんな至近距離で女子と接することがなかっただけに緊張しながらも、おもわず興奮してしまう。

 女の子の体ってこんなにいい匂いするんだ。

 触れ合う肩も、ソフト部で鍛えられているとはいえ柔らかい。


「辺ABが求められたら、次にこれを使って……」


 奈菜がノートをのぞき込んだ時、前髪が垂れた。その前髪を耳にかける仕草が妙に色っぽく感じて見入ってしまった。


「うん?どうした?」

「いや、何でもない。奈菜が理解してるかなと思って」

「聞いていると分かった気になるけど、いざ自分で解こうとすると分からないんだよね」


 奈菜がベロを少し出しておどけた笑顔を見せた。


◇ ◇ ◇


 数学を一通り勉強した後奈菜に英語を教えてもらったところで、奈菜が「ちょっと休憩しよっか?」と言い、休憩をはさむことにした。

 ミルクティーを一口飲んでから、クッキーをかじる。優しい甘さが、勉強で疲れた頭にじんわりと染みわたっていく感じがした。


 リラックスした雰囲気になったところで、気になっていたことを聞いてみた。


「ところで、奈菜って彼氏いるの?」

「いないよ」


 何でもないかのように奈菜が答えた。週明け、三井に会ったら教えてあげよう。


「奈菜って、どんな人がタイプなの?」


 恋バナ続けて、三井のためにさらなる情報を得ようした。


「私が好きなのは、聞いても笑わない?ちょっと変わってるの」

「うん、笑わないよ。教えて」


 いつもはハキハキと元気のいい奈菜が、珍しく身をくねらせながら恥ずかしそうにしている。

 覚悟を決めるようにカップを手に取り、ミルクティーを口に運んだ。


「あのね、私って、女装した男子が好きなの」

「そうなんだ」


 驚いた。青陵高校にきているから、女装した男子に抵抗はないとは思っていたが、まさか好きとまでは思わなかった。

 でも、これでますます三井にチャンスが増えた。


「もともとね、男子の乱暴や下品なところが嫌いだったんだけど、中学生になって進路決めるときにいろんな高校のパンフレット見ていて、青陵高校のパンフレット見たとき、セーラー服を着ている男子生徒の写真見て、私の中で何かが弾けたの」


 学校紹介のパンフレットに載っているセーラー服を着た男子生徒には、僕も衝撃を受けたが、奈菜は違った意味での衝撃だったようだ。


「男子なのに女子よりも女の子らしいし、でも隠しきれていない男の部分が、また逆にそそるの。その時初めて気づいたの。私って、女装した男子が好きなんだなって。やっぱり、変?」

「変じゃないよ」

「良かった。ドキドキだったの。変な趣味って言われて、引かれたらどうしようと思ってたけど、話してよかった」


 奈菜はそれなりの覚悟があったようで、安堵のため息をもらした。


「じゃ、三井なんか……」


 三井のことをどう思っているか探ろうとしたところ、言葉を遮られた。


「ねぇ、亜紀。良かったら、私と付き合ってよ。初めて会った時から、好きだったの」

「えっ!?」

「亜紀が女の子になりたいのは知ってるけど、恋愛対象女の子でもイケるんでしょ?ほら、その証拠にココが大きくなってるじゃない」


 奈菜は、僕のスカートの上から膨らんでいる股間に手を当てる。そのまま、手のひらを上下左右に動かしながら、揶揄うように上目遣いで視線を合わせた。


「それとも、他に好きな人でもいるの?」


 頭には遥香のことが思い浮かんだ。でも、遥香は子供の時のトラウマで男子とは付き合えない。押し黙っているのを見て、奈菜は言葉をつづけた。


「OKしてもらえなかったら、『助けて!』って叫んじゃおうかな?」


 奈菜が悪戯っぽく微笑む。

 スカートを履いているとはいえ男女が二人同じ部屋に居て、奈菜が助けを求めれば濡れ衣を晴らす方法はない。

 素直に奈菜の告白を受け入れるしかなく、返事の代わりにコクリと小さくうなずいた。


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