第5話 下着
―——先週の初めての体育の時間
壁一枚隔てた女子更衣室からは、女子生徒同士の賑やかな話声が聞こえてくる。
一方、男子更衣室は静かだ。
体育は隣のクラスとの合同で行われるが、それでも男子生徒は4人しかいないので女子よりは狭くつくられている男子更衣室でも、4人で着替えるには十分な広さだ。
カバンから体操服を取り出すと、制服の上着に手をかけ脱ぎ始めた。
男子同士、隠す素振りはない。
僕も上着を脱いで体操服の上着から首を入れた。
首を出した時、隣で着替えている三井の背中が見え、その背中にあるブラジャーに目は釘付けになってしまった。
男子でもブラジャーするんだ。
雷が落ちたような衝撃が襲い、心拍数が急上昇した。
もう少し見ていたいが、男子同士とはいえ下着をじろじろ見るのは気が引け、視線をそらした。
それでも脳裏には水色のブラジャーが焼き付いている。
隣のクラスの男子二人も着替えながら横目で観察してみると、二人ともブラジャーをしていた。
ブラジャーだけではなく、みんな下の下着もショーツと呼ばれる女性ものを身に着けている。
そうわかった瞬間、ノーブラで男性用のトランクスを履いている自分が急に恥ずかしく思えてきた。
隠れるように着替えを済ませると、逃げるように真っ先に更衣室を出た。
体育が終わり教室へ戻る途中、まだブラジャーのことが気になり自然と三井の胸に視線がいってしまう。
いままで気づかなかったが、胸はわずかだが膨らんでいる。
わずかでもその膨らみが丸みのある体形を与えていて、全体的なシルエットが女性らしい。
そう気づいた時まっ平らな自分の胸が恥ずかしくなり、手に提げていたバックを胸で抱えるように持ち替えた。
◇ ◇ ◇
下着が欲しいという僕の希望を、茶化されたり笑われたりするかと思ったがそんなことはなく、三井は平然とコーラーをストローで飲みながら何でもないように受け入れてくれた。
「じゃ、これ食べたら、サトーココノカドーに行こうか?あっちの方が、品ぞろえ良いし、安いし。ところで、やっぱり紙ストローって最悪だね。ふやけてくると変な味がしてくる」
そういうと、三井はドリンクのふたを外して、カップに直接口をつけ残っていたコーラを一気に飲み干した。
サトーココノカドーは今いる駅ビルの真向かいにある、総合スーパーだ。
昼ご飯を食べ終わると駅ビルを出て、サトーココノカドーに向かった。
駅前の交差点に差し掛かると、ちょうど信号が赤に変わった。
「ところで、なんでウチの学校の男子の制服、セーラー服なのか知っている?」
三井はちょっと得意げな笑みを浮かべながら、尋ねてきた。
「入学説明会ではジェンダー教育って言ってたけど、ちがうの?」
「それは建前で、本当は女子高から共学になったときに、共学化に反対する卒業生のOG会が男子が入ってこれないように、無理やり制服をセーラー服にしたらしいんだ」
「そうなんだ」
「まあ、それで逆に私たちみたいにセーラー服着たい男子が集まっちゃうから、世の中上手くいかないもんだよね」
ちょうど信号が青に変わり、笑いながら交差点を歩き始めた。三井のワンピースがふわりと揺れた。
サトーココノカドーの衣料品売り場のある3階にエスカレーターで上がると、衣料品売り場には早くも夏物が並んでいた。
夏物のワンピースやスカートが並ぶ中、ひときわ明るく華やかなエリアに向かい脚を進める。
いつもは足早に過ぎ去る下着売り場を、今日は客として堂々と足を踏み入れた。
「亜紀ちゃん、サイズって知ってるの?」
「この前身体測定では78cmだったけど」
「それじゃないよ。ブラはアンダーサイズで選ぶから、胸囲よりもう少し下のところを測るんだよ。知らないなら、測ってもらおう」
「えっ、ちょっと待って」
三井は止める間もなくレジにいた店員さんに声をかけると、メジャーを片手に持った店員さんと一緒に戻ってきた。
断り切れない僕は、店員さんの言われるがままに脇を開いてバストサイズを測ってもらった。
「トップが78でアンダーが75ね」
「ありがとうございます」
「貴方たち、青陵男子?」
「はい」
店員さんの口にした耳慣れない「青陵男子」という単語。三井には何の意味か分かっているようだ。
「私も青陵高校だったのよ。ちょうど私が2年の時に共学化になって、1年生で男子が入ってきて、入学してすぐはみんな恥ずかしそうにセーラー服着ててかわいかったな。最初はぎこちない子もいるけど、それでも少しずつ女の子っぽくなっていくの。そこが、またかわいいの」
店員さんは思い出に浸るようにうっとりとした表情で語っていたが、喋り過ぎたことに気付きハッと我に返って先ほどの営業スマイルに戻りレジへと戻っていった。
「それじゃ、ごゆっくりお買い物をお楽しみください」
二人になったところで、気になっていたことを三井に尋ねた。
「ところでミッチー、『青陵男子』って何?」
「ああ、うちの高校、共学化になる前は青陵女子高校って名前だったから、それでうちの高校の男子生徒、青陵男子って呼ぶようになったらしいよ」
「そうなんだ」
「まあ、セーラー服着て女装している男子って意味もあるけどね」
三井は笑いながら、これ良さそうと言いながら黄色のブラジャーを手に取った。
◇ ◇ ◇
翌週の月曜、早速買ったばかりのブラジャーを付けて登校した。
背筋が自然と伸び、集中して授業を聞くことができ理解も進むような気がした。
授業中ノートをとるとき、シリコンパットでBカップのふくらみのある自分の胸が自然と視界に入るたびに嬉しさがこみあげてくる。
お昼休み、恒例となった遥香とのキャッチボールをするため体育館裏に向かう途中、横を歩く遥香が尋ねてきた。
「亜紀、ひょっとしてブラジャーしてる?」
「うん……」
男子なのにブラジャーしていると改めて言われると、こそばゆい恥ずかしさがこみあげてくる。
「やっぱり胸があった方がしっくりくるね。かわいいよ」
遥香は僕の頭をポンと軽く叩いた。
下着売り場の店員さんも、少しずつ女の子になっていく過程が可愛いって言ってたから、遥香も同じなのかもしれない。
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