第4話 買い物

 日曜日の駅は平日の通勤通学時間帯とは違い人もまばらだが、みんな表情は明るく駅全体が明るい雰囲気に包まれている。

 

 肩にかけた赤いバックから、パスケースを取り出し改札を抜けた。

 パスケースをつい無意識でポケットに入れようして、今着ているピンクのカーディガンにはポケットはないことに気付く。


 毎日の通学のときは通学バックがあるので気にならなかったが、レディースの服にはポケットがない。あっても小さくて使い物にならない。

 不便と言えば不便だが、ポケットがあってそこに物を入れて膨らむのはダサい気がする。


 実用性より見た目。女の子にならなければ分からない感覚だった。

 多分男子の制服をセーラー服にしているのは、こんなことを学ばせたいのだろう。

 他の乗客からの興味本位の視線から逃げるように、窓の外をぼんやりと見ながらそんなことを考えてしまう。


 目的の駅を降りると、三井に着いたよとラインを入れる。

 すぐさま時計台の下にいると返信があった。


 ロータリのある駅の西口には時計台が設置されており、それを囲むようにいくつかベンチも設置されている。

 その中の一つに座っている三井を見つけ近づいていくと、向こうも気づいたみたいで手を振ってくれた。肘から上だけチョコチョコと手を振るさまが、かわいい。


「お待たせ」

「亜紀ちゃん、その服かわいい!スカートの裾のラインがいいね」


 今日履いてきている黒のプリーツスカートの裾にはピンクの細いラインが2本入っていて、僕もそのデザインが気に入っている。

 自分が好きなものを褒められると、素直に嬉しい。

 こんな時、相手も褒め返すのが女子同士のマナーというものだ。


「ミッチーもそのトップス、透けていてかわいい。キャミソールワンピースも似合ってる」

「ありがとう。で、どこのお店に行く?どこか行きたいところある?」

「実は……。初めてなんだ。自分で服買うの」


 いつも母が買ってくれていたので、人生今まで服を自分で買ったことがなかった。お店に入って店員さんに声を掛けられたらどうしようと、不安でいっぱいだった。

 任せておいてと歩き始めた三井は、駅ビルの看板を指さした。


「それじゃ、しもやまにしよう。あそこなら種類もいっぱいあるし、店員さんから声かけられることもないし、ゆっくり買い物できる」


 駅ビルの5階にあるファストファッションのしもやまのフロアは、多くの買い物客でにぎわっていた。その多くは女性で、年代は僕たちと同じくらいの子から、母親と同じ40代ぐらいまで幅広い。

 各年代にあわせて服はもちろん、靴や下着まで衣類全般いろいろ揃っており品ぞろえは豊富だ。


 慣れた感じで足取りを進めていく三井の後について、広いフロアの中を奥へと進んでいく。


「まずは、スカートからみようか?」

「うん」


 声を出したことで男と気づかれないか心配した僕は、小声で返事を返す。


「大丈夫だって、みんな自分の買い物に集中しているから、他人なんて見てないから」


 不安な僕に対して、三井は明るい感じで返事を返してくれる。


 年代ごとに売り場が分かれており、若い子向けの売り場は右奥の方にあった。

 そこには、丈の長さやデザインや色などバリエーション豊かなスカートがずらりと並んでいた。

 男性ものの服にはない華やかさに、心が弾む。


 三井は早速スカートを手に取り物色し始めたので、僕も選び始めた。

 かわいらしいプリーツスカートもいいし、定番のフレアスカートも捨てがたい。

 いろいろ迷っていると、三井がアドバイスをくれた。


「男の骨格を目立たなくさせるなら、なるべくボトムにボリューム持たせた方がいいよ。あと、色も明るい方がいいよ」

「ありがとう」

「せっかくだから、イロチで買わない?」

「イロチ?」

「色違いのことだよ。今度遊びに行くとき、一緒に着ようよ」


 僕の返事を待たずに三井は嬉しそうにスカートを選び始めた。

 三井に任せておいた方が失敗はしなくて良さそうと思った僕は、静かに見守ることにした。


◇ ◇ ◇


 1時間以上悩んだ末、チュールスカートに決まり、僕が白、三井が水色を選んだ。

 次はトップスと行きたいところだったが、休憩とお昼ご飯を兼ねてすぐ下のフロアにあるファーストフードのマケドにやってきた。


 僕はビックバーガーセットにLサイズのポテト、三井もてりやきバーガーセットに単品でチキンカツバーガーを追加している。

 二人ともかわいい服を着ていても、食欲は男子高校生のままだ。


  いい買い物もできたこともあり、気分よくポテトを口に運んでいると、隣の席に座る他校の制服を着た女子高生のヒソヒソ話が耳に届いてきた。


「あれって、男だよね」

「うん、膝が男っぽいもん」


 聞こえた途端、今までの楽しい気分は泡のように消えてなくなってしまった。

 急に笑顔が消えた僕を心配した三井が励ましてくれる。


「気にすることないよ。悪いことしてるわけじゃないんだから」

「まあ、そうだけど」


 隠れてしまいたく下を向いている僕に対して、三井は真正面を向いて堂々としている。


「ミッチーって、女装慣れそうだけどいつからしてるの?」

「う~ん、2年ぐらいかな」


 やっぱり、この慣れている感じは昨日今日の話ではなかった。それでも、2年とは思ったよりも長い。

 三井は女装を始めるきっかけを話してくれた。


「3つ上のお姉ちゃんがいるんだけど、同じ青陵高校でね、青陵高校の良さを毎日のように聞かされて、そんなにいい学校だったら私も行こうかなと思ったの」

「でも、地元だから制服がセーラー服って知ってたよね」

「うん、もちろん。毎日お姉ちゃんが女子高生生活は楽しいよって言われて、今思えばアレは一種の洗脳だったな、あっ、でも後悔はしてないよ、スカートとかコーデ考えるの楽しい、それに女子トークって楽しいよね」


 たしかにその気持ちはわかる。中学の時は男子同士話すことと言えば、ゲームや漫画のことばかりだったが、青陵高校に入って女子と話すようになって、結論を出さないまま次々に話が展開していく女子トークの楽しさを知った。


「で、ご飯食べたら、どうしようか?トップス、しもやまで探してもいいけど、カジュアル系ならCUもあるし、カワイイ系ならハニーもあるよ」

「それなんだけど、欲しいものがあって……」

「えっ、何?」

「下着、ブラジャー欲しいんだ……」


 ブラジャー。その単語を口に出すと恥ずかしさがこみあげ、顔が真っ赤になるのが自分でもわかった。



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