ある春の晴れた日に

dede

ある晴れた春の日に


ウトウトしていたら夢を見た。幼い頃の私だ。

お気に入りの窓際で、繰り返し読んでくたびれた絵本は胸の上。そこでも私は微睡んでいた。

陽だまりに包まれて。



「……マ」


声が聞こえる。


「……ママ。ママ、起きて」


「ああ、ハル……ゴメン、私も寝ちゃってた」

息子のハルを寝かせていたら私まで寝ていたらしい。

「お腹空いた」

「うん、今用意するね」

私の腕の中から這い出たハルが空腹を訴えたので私も温かな布団から這い出てキッチンに向かう。

私は棚からレトルトを取り出すと電子レンジに入れて加熱する。

リビングのハルのところに行くと彼はお気に入りの絵本を読んでいた。

「雪、ない」

「うん、ないね」

絵本の中では青空の下、草木生い茂る中子供たちが笑顔でいた。

「ママたちの子供の時は、こんなだった?」

「うん、そうだよ」

「いいなー。僕も見たかったなー」

「うん。ハルも、いつか見れるよ」

私は息子に対してそんな根拠のない事を言う。何度も繰り返した無責任な言葉だ。でも他になんて言えばいいんだか。

私は窓を見る。ほとんどは鎧戸まで閉めているのだけど、一つだけ外の様子が分かるようにしてある。

今日は春の割にはあまり吹雪いてなくて穏やかだ。

チンと音が鳴った。キッチンに戻ってレンジからレトルトを取り出す。

「じゃ、ご飯にしよ」

「うん」

彼はスプーンで美味しそうにペースト状のそれをモグモグと食べる。

身体の成長の事を考えると新鮮な野菜やお肉が欲しいところだけど、そんな贅沢品手に入る訳がない。

そもそも毎日ご飯を、しかも自然由来のモノが食べれているだけでうちは裕福なのだ。旦那が食料関連の施設で働いているおかげである。とても感謝してる。ホントである。



だいたい私たちの世代が春を知る最後の世代と言われている。

温暖化が叫ばれている中、突如訪れた氷河期。

何が原因かは分かっていない。未だ調査中だと聞くが、学のない私でも分かってる。原因が分かったところでこの長い冬の時代を終わらせることはできないのだ。

夏にも雪がチラつき始めたあたりで、あ、これ、ムリなヤツだわと子供ながら悟ったものだ。

近年は一年を通して晴れ間なんて数えるほどしかなく、交通網は分断され、資源不足、食糧不足は年々深刻化していくばかりだ。

日本は、辛うじて火山の地熱によって熱やエネルギーをやりくりして何とか生きている。

都市間を地下道でつなぎ、なんとか人の行き来も確保している。資源不足、食糧不足は変わらずだが……まあ、日本にいてまだ幸いだったんだろう。

ネットの情報だけなので鵜呑みにはできないが、残された資源を巡って大陸は殺伐としているらしい。


人口は減ったが高齢化が解消されたのは皮肉な話だ。

不安な時代だという事もあるし、人肌恋しい季節がずっと続いているのも原因だと思う。

そういう私たちもハルを産んだ。

子供に対して無責任だという気持ちもあった。でも私たちにだって希望は欲しい。

苦労をさせる事に罪悪感は感じるが、けれども……私たちの息子は生まれなければよかったと後悔するのだろうか?

結局本人たちがどう感じるか次第だけども。

もぐもぐと、無心に食べる息子の顔を見ながら思う。



息子はメディアでしか春を知らない。

ドラマや映画などの実写は随分と減ったが、逆にアニメやマンガ、小説などは数を増やしている。

今の時代、人を集めるのも撮影場所を確保するのも大変だ。

なるほど、そう考えると室内で作成できて、想像で作れるというのも創作物は随分とお手軽だ。

面白いことに、未だにアニメやマンガには四季がある。

昔のモノだけじゃなく、新作であっても四季があるのは不思議に思う。

きっと季節が変わらないと新鮮味に欠けるのだろうなと思うのだけど。そういえば、時事のイベントも変わらず描かれている。

現実には廃れていったイベントもたくさんあるのだけど。

そういえば、一緒にアニメを観ていて息子が発した言葉が衝撃的だった。

「あんな恰好でお外寒そう」

息子には、セミのけたたましい鳴き声も、ギラギラした日差しも、滝のように流れる汗の描写も伝わらなかった。

ただ、薄着である事と、外である事だけが伝わって寒そうという感想に至ったのだ。

息子は悪くない。私はお外だけど暑いんだよと説明したけれど、伝わったかまでは分からない。

今はまだ四季を経験した世代が現場にいるけれど、そのうちメディアでしか四季を知らない人たちが創作することになるのだろう。

そうなった時にできた作品がどういったものになるかは、ちょっと私には想像つかなかった。



夜になり、再び眠る。

お昼寝をしたので布団の中で抵抗を続けていたものの、絵本12冊目にしてようやく陥落する。

布団の中で息子と肌を寄せ合って眠る。旦那がいる時は3人で体温を分け合って眠る。

人肌が恋しいので思う存分人肌を堪能する。

記憶の中にあった陽だまりも気持ちよかったが、こちらも私のお気に入りだ。とても温かい。



翌日。珍しく、本当に珍しく春なのに晴れた。

日光が窓から差し込みとても眩しい。

「ママ、ここちょっと温かい」

「そっか。温かいか」

「うん、温かい」

「そっか」

窓から差し込む光の中で、息子が絵本を片手に大の字に寝転がる。

「ねえ、ママ。外に行こうよ」

「外?」

「うん。春見たい。何かあるかも」

あるハズがない。昔とは違う。夏だって昔の春ほどまで気温が上がらない。

1日晴れたからって何かが変わるわけがない。でも。

「寒いからね。いっぱい着ないとね」

「うん」

「天気崩れたらすぐ戻るからね」

「うん」

「それじゃ、行こうか」

「うん」

案外、雪を掘ったら新芽が見つかるかもしれない。

動物の足跡が、雪原を横切ってるかもしれない。

ひょっとしたら、花だって咲いてるかもしれない。

私はもしかしたら息子以上にわくわくしながら、息子と手をつないで外に出た。

これから春を知る息子と共に外に出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ある春の晴れた日に dede @dede2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ