第22話
旅芸人が町にやって来ることは度々あった、人気が高ければ屋敷で披露させたりもある。たまに晩餐会の余興などでも姿を見ることが出来た。
「お嬢様、興味がおありならご覧になられますか」
「ええ、見てみたいです」
「それならオイラが案内するよ。行ったらすぐ戻って来る、ばあちゃん良いよな!」
「ああ行っておいで」
前と違って打ち解けたような雰囲気が感じられたので、ラファが優し気に微笑んだ。救われた子供がいる、と。表情を見て、過去の話を鑑みサブリナが後に一つの小さな指示を出すことになる。メイド達が街に用事がある時には、この果物屋を利用するようにとのお達しだ。代金はブルボナ伯爵が負担する。
大通りを少し歩くと、中央に噴水がある広場が見えて来た。人だかりが出来ていて、その輪の中には奇妙なメイクをした道化師が、これまた奇妙な動きを披露していた。
「私見たことがあります、ピエロという奇術師の一種ですわ」
概ねそれで合っている、不思議な何かを見せてくれる存在。大きな玉に乗っかって、幾つもの棒を空中に飛ばしては手にして、ついには四本、五本と空に舞うことになる。人々の視線が道化師に釘付けになった、その時「おっとスリをするなら相手を選ぶべきだったな」子供の腕を掴んで吊り上げるルーカスの声が聞こえた。
「痛い、悪かったよ謝るから許してくれよ!」
相手が悪いからこそ実入りが多い、失敗したら無事では済まないと知りつつも、やらなくてはいけない現実がある。もっとも被害に遭う側がそんな事情は知りもしない。子供はボサボサの長い髪をしていて、やせ細っていて服もつぎはぎだらけだ。
「ルーカス卿、下ろしてあげて下さい」
「お嬢様がそう仰るなら」
パッと手を離すと地面に尻から落とされる。俄かに痛みが走るが、ここから逃げられるほど甘くも無いという思いが勝った。座ったまま見上げると、ドレスにロングケープの女性が目に入った。隣には目を細めた怖そうなメイドも居る。
「大丈夫かしら、怪我はない?」
「え、ああ、ないけど……盗もうとしたってのに怒らないの?」
それが逆に怖いとも思ってしまった。どこか身分がありそうな人物に見えた、何をされても自分には言い分はないと理解している。
「理由を聞いてから考えます。どうしてこんなことをしようとしたのかしら」
「どうしてって、それは、うーん。お腹が空いてて、それに弟や妹らもみんな食べてないから……」
見た感じ十歳ちょっとくらい、栄養が足らずにいるだけでもっと上かも知れない。その弟妹となれば恐らくは一桁の年齢だろう、自分達でどうにか出来るはずもない。
「そう。サブリナ、パンを沢山用意してもらいたいのだけど」
「畏まりましたお嬢様、直ぐにご用意致します。ルーカス卿、少々お待ちを」
言葉を残してサブリナは人ごみにすっと紛れて居なくなってしまった。どうしたら良いかわからないまま地べたに座っていると「私はラファ、お名前は?」と尋ねられ「マリアンヌ」と答えた。
「なんだお前、女だったのか!」
「ルーカス卿、失礼ですよ」
「あっ、申し訳ありません」
子供なのと髪で顔が隠れていたせいもあって、性別は解らなかった。或いは解らないようにしている。食べるに困っている十代の女性、それが子供であっても良いことなど考えられないから。
「マリアンヌの家族に会わせて貰えるかしら。これは手土産よ」
戻って来たサブリナがバスケットに溢れるほどのパンを抱えて傍に立っている。パンとラファを交互に見て、ついには「うん、こっち」素直に頷いた。連れだって行くと、石造りの小さな建物に辿り着く。
「これは聖マリーベル教会のようですね」
サブリナが造りとシンボルを見てそう言った、ただあまりに小さいので教会のようだと表現した。扉が開かれているわけでもないので、教会ではなさそうだが。
「これは孤児院なんだ」
なるほど、と一行が納得する。中に入ると、小さな子供たちが思い思いに遊んでいた。一様に痩せていて小汚い、十人位いるのが直ぐにわかった、他にも居るのかもしれない。
「マリアねーちゃんだ!」
「わぁ、美味しい匂いがする!」
「えーとだれ?」
ワイワイと騒がしくなってしまうが、ルーカスもそれを叱りつけるわけにも行かずに唸った。どこにも大人は居ない、マリアンヌが一歩前に出る。
「静かにしな! 先生は?」
「部屋で寝てるよ、具合悪いんだって」
先生というのがここのシスターだろうことは想像がついた、じっとマリアンヌを見ていると「もう八十歳になるから体調が悪くて。あたしがしっかりしないとさ」唇を噛んで追い込まれていることを明かした。ラファはサブリナと目を合わせて頷く。
「今日はマリアンヌが私のお手伝いをしてくれたから、ご褒美にパンを一杯持ってきたの。みんなで食べて下さいね。サブリナ、ここを頼みます」
「はい、お嬢様」
マリアンヌに視線をやると建物の外へと出る。今までこんなことをされたことがなかったので、多少の混乱をみせているが「ありがとうございます!」感謝を言葉にした。ラファはマリアンヌをそっと抱きしめてやる。
「今まで一人で頑張って来たんですね。マリアンヌを称賛します。子供たちを守って来てくれてありがとう」
不意に優しい言葉をかけられてしまい、マリアンヌは声を出して泣いた。頼りたくても誰も頼れず、頑張りたくても始めることすら出来ない。理不尽に耐えるしかない日々。辛く苦しい過去が蘇ってしまい、しがみついて大声でだ。
「落ち着きましたか」
ようやく嗚咽も止まり、呼吸が穏やかになったあたりで問いかける。
「ごめん、服を汚しちゃって」
「いいの、そんなことは些細なことよ。これからはちゃんと生活出来るようにするわ」
空約束になどさせない、もしどうにも出来なければ自身がここで寝泊まりしてでも面倒を見てあげるつもりで断言した。そんな義務も義理もないのに。
「どうしてそんな風に気にかけてくれるの?」
「貴族というのは、民に支えられているの。だから貴族は、困っている民が居たら助けるのよ。これはお互い様で、もし私が困っていたらマリアンヌも助けて貰えるかしら?」
書籍には貴族の在り方、ノーブルオブリケーションが記されていた。ラファはただただその理想を体現しようとしているだけ、邪念など一つもない。
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