第21話

 騎士らに付き添われてロースが広場を去っていくと伯爵がやって来て「今日はお暇するとしようか」お開きにしようと言って来るのでラファも頷く。何とも気まずい雰囲気が漂うも、憎しみも不満も無い。訓練中の事故は良くあることなのだ。


 帰路の馬車の中でふとラファが「サブリナはどうして危ないことをしようとしたのですか?」前に出たことに触れた。なにより足がすくんで動けないのが当然の反応だというのに。


「反射的にそうすべきだと感じたからで御座います」


「もっと自分を大切にしてください。大怪我をしてしまいますよ」


「それでお嬢様をお守りできるのでしたら、私は何度でも前に立つでしょう」


 それが伯爵の望んでいることだと信じて疑わない。ラファは言葉を口に出来ずに、屋敷に戻るまでずっと俯いて黙っていた。騎士団訪問などするべきではなかったのではないかとの自責を問いながら。


 あの出来事から七日、双方が対面を避けている状態だったので時間だけが過ぎ去っていった。そんな元気が無い姿を見つめ続けるサブリナが一つの提案をする。


「お嬢様、街を見に行きませんか?」


「コーラル市をですか?」


「はい。この時期でしたら活気もあり、きっと楽しいでしょう。いかがでしょうか」


 ずっと部屋に籠もってばかりでは気が晴れない、それを見て取っての言葉というのが感じられた。少し考えてから「行ってみましょう」久しぶりに笑顔をみせる。


「それでは準備して参りますので少々お待ちくださいませ」


 貴婦人が外出するにはそれなりの準備が必要になる。外出着に着替えるのをメイドらに任せている間に、サブリナはナール騎士団を訪れる。騎士の一人を指名して、同行するようにと要請した。小一時間も経過すると、いよいよラファは馬車に乗っていた。


 行く先は近くても、目的地傍まで歩かせるような真似はしない。さすがに市街地にまで来ると、馬車を待機させるようにはなるが。


「お嬢様、どうぞ」


 下車する際に手を差し出してきた護衛騎士を見て「まあ、ルーカス卿。ありがとうございます」初めて同行することになったのが彼だと知る。偶然そうしたわけではない、サブリナが名前を聞いた際に過去の出来事を確認し、ルーカスのラファへの心証も含めて調査した結果だ。


「いえ。お嬢様をエスコートできる機会を与えられて嬉しいです」


 まさかあの時の人物が主人の妻になる予定だとは思わず、いざそうなると知ってからは言葉を交わすことも出来なかった。そんな折、外出の護衛任務を言い渡されて心が躍っていた。


「随分と人で賑わっていますね」


 前にここの大通りを歩いた時にも人は多かったけれども、今日はそれとは比べ物にならないくらいの賑わい。何かあったのかなとサブリナを見る。


「もうすぐ星降祭で御座います。その下準備の為に、この時期はいつもこのような賑わいを」


「あの星降祭ですか!」


 あの。どのような括りのあのと言われたら、ほぼ間違いなく史書に書かれていただろう内容を根拠にしているだろう、昔から続いている国家の祭典の一つ。


「参考までにお嬢様の認識をお聞かせ願えたらと思います」


「グランダルジャン王国最大の祭典で、星降る夜に多くの者に幸運が与えられるもの。星の欠片を持つ者は、国王陛下に特に祝福されると」


 ことの発端はまさに国民の祝福だった。ある時、功績顕著な者が特に認められてから、特別な者を称える風習に変容してきた。該当者なしが多く、たまに国王に祝福される者が出る。現在最後の祝福を得たのは三年前である。星の欠片とはモノではなく、エトワールの意思を持つ者という意味だ。


「その星降祭で御座います」


 通りを見渡して色々と思いにふけっていると、ルーカスがすっと目の前にやって来る。見えるのはその背中、ではあるが。一直線に駆け寄って来る人物との間に割って入ったのだ。


「ねーちゃん!」


「お嬢様、不審な人物が」


「ルーカス卿、私の知り合いです。心配ありません」


 そう言われて身を引く。少年はかけて来るとラファの前で止まり、大きく頭を下げた。


「ありがとう! もう一度ちゃんとお礼を言いたくていつも探してたんだ、けど中々見つからなくて」


「そうだったのですね。私もここに来るのは久しぶりで。それに、ちゃんと暮らしていけているならそれで良いんですよ」


 微笑むと気にすることはないと言ってやる。ルーカスは危険な人物ではなさそうだと、警戒を周囲に切り替えた。以前聞いた果物屋の話の関係者だろうと、サブリナが思い出す。


「屋台の果物屋に寄られますか?」


「そうですね、行ってみたいです。案内して頂けますか?」


「もちろん。こっちだよ!」


 人混みの中をひょいひょいとかわしていき、いつしかあの果物屋台の前にやって来た。前と変わらず沢山の果物をならべて老婆が立っていた。


「おや、お前さんは」


「お久しぶりです」


 にっこりと微笑んで再会を喜ぶ。老婆は傍に居るメイド姿のサブリナと、外套をつけている騎士を見て短く思案する。あの時の小汚い娘がどうしてと。ラファが悲しんではいけない、不審な表情を見せた老婆に先んじる。


「お嬢様、こちらでお召し上がりになられますか」


「そうね、そうしましょう。ここのジュースはとても美味しいのよ」


「店主、一ついただけるでしょうか」


 黙っていたらどこかの貴族の妾にでもなったのかと言い出しそうだったので、ラファ自身が貴族だとわからせるためにお嬢様と呼んだ。その上で護衛騎士まで連れているのだから、疑う余地はない。


「ああそれは嬉しいねえ。ほら特別良いやつを選んで作ったよ」


 その言葉自体は本当で、一等お高い素材を惜しみなく使った。サブリナが銀貨で速やかに支払いを済ませる、当然言い値よりも多く渡し「あの少年にも飲ませてあげて下さい。案内をしてくれた駄賃です」断りづらいように理由をつけてやって。


「そういえば、昨日からあっちの広場に大道芸人が来てるんだ。見たことはあるかい?」


「大道芸ですか? いえ、ないです」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る