第11話
◇
暫しの商用を終えて伯爵らが屋敷へと戻って来た。執務室へ入るといつものように決裁書類が山と積まれて待っていた、これは頂点の宿命なのだから仕方がない。
「ふう、まあそうなるな。サブリナは一旦別邸の様子をみて戻って来てくれるかい」
「畏まりました」
一人なので馬車を使わずに歩いて向かう、途中道を外れると林の中で走った。メイド服の裾が枝に引っ掛かることもなく、何故か足音もせずにだ。馬車よりも早く別邸へとたどり着くと、茂みから裏庭へと出る。菜園がある場所、そこにいるべき人物の背中が視界に入る。
「ジム、ご苦労様です」
初老の男性が声に気づいてしゃがんだまま振り向く、ところがそれはサブリナが想像していた表情ではなかった。悲しみや憤り、困惑に恐れ、様々な感情が入り乱れている。何かがあったのは一目瞭然、ゆっくりと歩み寄るとジムが立ち上がる。
「どうかしましたか?」
「オイラは若様や嬢ちゃんがこんな小さい時から見て来た。そりゃあ良い子たちだったよ。それがなんてこったよ」
不審の目線が自身に向けられていることを今になって知る。ジムはずっと庭番として、二人が子供の頃から見知っている使用人だ。信頼関係が築けていると信じていたのに、なぜ。
「お話を伺っても良いですか?」
「最近この屋敷にやって来てるお嬢さんだがね、見るに堪えないボロボロの服を着せられ、食事も満足に与えられてなかったようで、この菜園にまでベリーを摘みに来てたくらいだ。メイドらも冷たい態度で、執事の指示でそうしていたって。ってことは若様や嬢ちゃんの言葉ってことだろ。何があったか知らねぇが、そりゃないだろ、情けねぇったらないよ」
下級の使用人がこうまで言ってしまえば解雇されてしまってもおかしくない。それなのに腹に据えかねて言葉にした、そして心当たりが多分にあった。責められても仕方ない。それとジムはラファのことを詳しく知らないらしいことも解った。
「行き違いがあったことは認めます、私の不注意でした。今は改善しているということもお伝えしておきます。以後はこのサブリナが全責任を負っているので、二度とそのような真似はさせません」
じっと見つめていたジムが背を向けてしゃがみ込む。本来彼は滅多にしゃべることが無いのだ、それなのにそんなことを言わせてしまった自分が辛かった。サブリナは身近なことは上手に出来ているとずっと思っていたから。
別邸へと戻ると屋敷内を見回す、これといって変化はない、清掃も行き届いている。二階へと上がっていくと中央の部屋――ラファの私室前に立つ。ノックをして声をかけようとしたところ中から声が漏れ聞こえて来た。
「どうしてそう姿勢が悪いのですか、そちらのドレスでは似つかわしくない行為です。王都では恥かしい行為ですよ」
「そうなのですか? 気をつけます」
「イゼラのいう通りです。貴族の令嬢であるのでしたら、マナーはしっかりと身に着けておくべきではないですか? ましてや婚約をするならなおさらです」
小さく深呼吸をするとサブリナは「お嬢様、サブリナが戻りました」声をかけた後に少しだけ間を置いてから扉を開ける。部屋の中にはイゼラとルチナ、そして雑用メイドが部屋の片隅に一人立っている。ラファは椅子に座って小さくなっていた。
「ただ今帰着したことをご報告致します。廊下まで声が漏れておりましたが、何かございましたでしょうか」
目を合わせようとしないイゼラとルチナ、歩み寄りラファのすぐ傍にまで進むと、左後ろに陣取り二人を視界に収める。ラファが着ているドレスはブルボナ伯爵が贈った品で、装飾品は殆どつけていない。口を閉ざして俯いているだけで返事がない。
「宝飾はお気に召さなかったでしょうか? 好みをお教え頂ければ適切な品をご用意致します」
「いえ、そんな! 素敵な品ばかりで、気に入らないだなんて。今まで身に着けたことが無かったので、よくわからかっただけです」
当人が解らずとも構わない、その為に侍女が居る。相変わらず二人は視線を合わせようとしない、メイドは目を閉じて顔を下に向けている。
「イゼラとルチナが準備をされたのではないのですか」
「その……いえ、何でもありません」
明らかに何でも無くなさそうな様子を見て確信する。つい先ほどまでは庭師の信頼を得ていたと信じ込み、その後にはもう改善したと断言すらした。それなのに、こうも足元を疎かにしていたのは自身の失敗だと強く後悔する。
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