トイレ神父 VS エイドヘッドデビルシャーク

柏望

暴風神父 対 八岐大鮫

 et nunc, et semper,et in saecula saeculōrum.

 原初にあり、今にあり、世に限りなく

 

 十字架の前に集った人々は祈りの最後にこの言葉を神に捧げる。


 Āmen.

 そう在れかし


 洗礼名はVitalis。俗名は御手洗清。ひざまずく姿は彫刻のように美しさを保ちながら乱れなく。捧げられた祈りの声は穏やかながらも力強い。三日間の断食により顔色こそ悪いが、立ち振る舞いには一瞬の揺らぎも存在しなかった。


 御手洗・Vitalis・清はカトリックの神父だ。神と人々への奉仕という使命を果たすため、司祭としてとある教会を管理している。役割に対して年が若いという点を除けば神父としては平均的な神父だ。

 たった一つ。悪魔を祓うことができるエクソシストだという点を除けば。


 そして、この場所にはもう一人エクソシストがいる。


「御手洗の祈りは日本語でもホレボレしマース」

「ありがとうジェイコブ。無事に用を終わらせたら、スペイン語でのお祈りもここの方々に聞かせてほしい」

con mucho gusto喜んで! 晩のお祈りまでには帰りまショウ」


 穏やかに微笑む御手洗へ大きく口を開いて笑う神父がいる。体格は御手洗より一回り高く、二回り太い。浅黒い肌に大きな目鼻。外国人らしい彫りの深い顔を愛嬌たっぷりに動かす彼の名はジェイコブ・グテーレス・サンド。洗礼名はヨセフ。


 暴風神父の通り名を持つメキシコ・シティのエクソシスト。ルチャによる空中殺法を得意とする武装神父であり、御手洗の救援として日本へ派遣されている手練れだ。


「目標にしたいが焦りも禁物だな。なにせ相手は」


 禁物という言葉の選択はジェイコブには難しすぎたか。


 御手洗は口を噤んで言いなおそうとする。日本語の練習がしたいというジェイコブの要望に付き合っているが、二人で会話するときは基本的に英語かラテン語だ。

 ジェイコブの日本語の上達は目覚ましいが、単語単語で詰まるところがないわけでもない。言い換える言葉を探す御手洗の心配は杞憂に終わった。


「ヤマ、タ、ノミ、ズチ。言い方は合ってマースか。辞書で調べてもケントウがわからないデス。なんデスかコイツ」

「ヤマタ、ノ、ミズチ。八岐大鮫やまたのみずちがより正確な呼び方だ。断言できないが、頭が八つある鮫じゃないか。とは思う」

「Eight Head Devil Shark。日本のUMAもなかなかユニークデース」


 なるほど。日本の妖怪はメキシコにとってはジャパニーズUMA。文化の違いをひょんなところで意識した御手洗は驚いた。もっとも、八岐大鮫やまたのみずちは悪魔であって妖怪ではないのだが。


 鐘楼の鐘のような笑い声をあげながら、ジェイコブは御手洗と肩を組んで歩く。二人の後姿は荒野を探索する少年たちのようでもあり、試練へ臨む高潔な使徒のようでもあった。


 エクソシストによる悪魔祓いは基本的に単独で行われる。神の子はレギオン討伐を単独で成し遂げた。先例に習うのも理由の一つだが、現代においては主たるものではない。


 現代ではエクソシストが貴重になったのだ。神の存在を信じ、神による奇跡を信じていても、悪魔を信じない者は増えている。聖職者も例外ではない。

 一世紀前に比べて聖職者の数は増えたが、エクソシストの数はむしろ減っている。悪魔祓い一件に複数のエクソシストを派遣するのは異例の事態だ。


 なぜ八岐大鮫やまたのみずちの討伐にメキシコから応援が派遣されているのか。単独で行う悪魔祓いでは貴重なエクソシストの生命が危ういと教会は判断したのだ。


 御手洗が悪魔祓いを終了するまで、悪魔から彼を守ることができる強靭な肉体と鋼の信仰を備えた人物はエクソシストしかいない。大司教が白羽の矢を立てたのは御手洗とともにエクソシストの訓練を収めたジェイコブだ。


「就寝前の祈りまでには戻ります」

Que Dios te acompañe神とともにあらんことを. ありがとう。ごはんはおおもりで」


 それぞれメモを一枚ずつ残して、二人は教会を後にした。


 御手洗が管轄する教区の外れに大司教が指示した座標がある。教会から電車に乗って一時間ほど。バスに乗車して三十分。バス停を降りてからはこれまでと同じ時間をかけて歩き続けた。

 鬱蒼と茂る森林のただ中に静かな水面を湛える淵がある。のどかな景色でジェイコブは淵を覗いて水面下を伺い、御手洗は直立不動のまま辺りを観察している。


「御手洗。小魚一匹見つかりまセーン。日が暮れてしまいそうデス。いっそ飛び込んじゃいマスか」


 大きな岩の上に立ったジェイコブはお気に入りのルチャドールのポーズを取りながら眼下の御手洗に問いかける。ルチャドールは場所を選ばず華麗に舞うことができると言わんばかりに。


 断食の結果として栄養失調に陥っている御手洗を気遣っての態度だったが、正常な判断でもある。悪魔祓いは二人一組で行うが、儀式が終わるまで御手洗は断食を終えることができない。自分たちは長期戦になるほど不利なのだ。

 悪魔に地の利を譲ってでも短期決戦を挑むのも戦術といえるだろう。


「ジェイコブ。武装神父のやり方で祓えるなら二人でここまで来ることはないんだ。気長に待とう」

「¿Recibiste el oráculo神のお告げですか?」


 思わず飛び出た母国語も気にせずジェイコブは問いかけた。

 特殊な感覚や強靭な肉体を持たずとも御手洗は悪魔に挑み続けている。信仰心のみを武器として祓いつづけた彼へと神がついに祝福を与えたのか。十字を切って神に感謝を捧げようとしたが、御手洗の返答はなんともあっけない。


「まさか。私にその手の能力はないよ」


 見るべきものを見て。疑わしきを疑う。経験と知識とひらめきをもって悪魔を見つけ、儀式の場へと引きずりだす。現代のエクソシストはそこに至るまでにも果たすべき義務が山積みになっている。


 現代のエクソシストがまっさきに行うべきことは、悪魔が本当に潜伏しているか見抜くことだ。


 カトリック教会は悪魔の実在を認め、悪魔祓いによって数多くの悪魔を祓ってきた。紛れもない事実だが、同時に少なからぬ悲劇も起こしている。


 エクソシストたちの敗北もあるが、まったく異なる事象を悪魔の所業と捉えてしまったことが大半の原因だ。治療が必要な人々を不必要に苦しめ、修理すれば無害な物を壊してしまった。


 バチカンはこれまでの過ちを深く反省している。御手洗も現代を生きるエクソシストとして果たすべき務めを忘れていない。


 エクソシストにとっての悪魔と同じように。悪魔もエクソシストを恐れない。やつらにとっての自分たちは血の滴る生肉。千の金塊が詰まった金庫。殺して命を奪ってもよし。信仰を折りこちら側へと転ばせてよし。地獄の主への供物なのだから逃げもしないし逃しもさせない。


 飢えた獣が獲物を襲うのはいつだろう。御手洗は知識を働かせ想像を巡らせて布石を打つ。


「ジェイコブ。悪魔は名前に縛られるだろう。最後に倒した悪魔のは覚えているか」

「マンモスマンデース」


 御手洗は自分の耳を疑った。独特のイントネーションを差し引いてもだいぶ耳慣れない単語だ。既に悪魔の攻撃が始まっていたのかもしれない。忠告をしなくてはと顔を上げたが、ジェイコブの表情もどこか困惑しているようだった。


 どうやら正常に聞こえてはいるらしい。職業柄、聖職者であるにも関わらずエクソシストは信用されづらい。悪魔の存在を信じてもらうことは難しいからだ。マンモスマンのように名前からして突飛なのだから。


 うんうんと頷いて、御手洗は信じていると態度で示す。一番ツッコミを入れたいのは本人なのだ。黙って話を聞いてくれる相手が必要だろう。


「モスマンを知ってマスか。よくいるUMAにマンモスの鼻が、いや蝶の翅で空を飛ぶ赤い目をしたマンモスの。やめまショウ。頭がこんがらがりマース」

「名前に性質が引っ張られる、とだけ思い出してもらえればいい。八岐大鮫やまたのみずちだって鮫は鮫だ。油断した獲物がいたら襲うのはいつだと思う」

ahoritita今だ!」


 言うが早いが。御手洗の耳に音が届くより速く。ジェイコブは空中へと飛んだ。狩人は獲物が油断した時を狙うものだから。


 一瞬遅れて背後の淵から水柱が上がる。


 天に向かって流れる瀑布。衝撃と区別のつかない轟音。砂利や小枝を吹き飛ばしながら真横に吹き付ける暴風雨。


Quéなんと! 」


 ジェイコブは天地がひっくり返っても及ぶまいというほど困惑した。


「現れたな。悪魔」


 吹き飛びそうになる身体に力を込めて御手洗は水柱の先を睨みつける。


 八つの頭を持ち暴食をもって地上を荒廃させる悪魔。八岐大鮫やまたのみずちがここに出現した。


 上昇が止まり落下していくジェイコブに向かって鮫の姿をした悪魔が飛翔する。


 八岐大鮫やまたのみずちが打ち上げた水柱が崩れるより早く御手洗は悪魔の観察を始める。獲物の反撃に備え裏返った白い瞳。荒れた岩のような表皮。八つの頂から覗くギザついた歯は微塵より細かく獲物を引き裂くだろう。


 頭を含めた全長は八メートルほど。ずいぶん大柄だが構造そのものは鮫そのままらしい。八つの頭のそれぞれに蠕動するヒレを見て御手洗は結論づける。

 ジェイコブが御手洗と同じことに気づけるか、勝利の鍵はそこにあった。


「ゴングとしてはいい趣味してマース」


 派手な水柱の中からの登場。これが気に食わないルチャドールはいない。ジェイコブにさえもパフォーマンスには相応以上の受け答えをしたいという欲がある。


 しかし、ジェイコブはエクソシストだ。視界の端に映る御手洗は鮫の出てきた淵へ向かって全力で走っている。我が身もなすべきことをなすのだ。


 自分へと向かう八つの鮫の顎。幾重にも重なった乱杭歯のむこうはぽっかりと穴が開いたようになにも見えない。獲物を絶対に逃さない。そのかわりに無防備だ。悪魔の腹の中に向けて聖水を叩き込んでやると聖水のアンプルを手に収めた瞬間。


 八つの鮫頭が同時に消えた。


 天地が交互に入れ替わる視界。咄嗟の受け身で迎えたにもかかわらず痛み痺れる全身。アンプルは地面に受けて墜落していき、9㎜拳銃弾ほどは余裕をもって防げる特製のカソックが見る影もなく引き裂かれた。


 コマのように回りながらジェイコブは悪魔の姿を追いかけた。八岐大鮫やまたのみずちは聖水を抱え込んでいる自分を食べるのを諦めたらしい。無力化した獲物のトドメは重力に任せ、水辺で仕切りなおしてから残った方を捕食することにしたのだろう。


 鮫にしては頭がいい。いいや、野生の習性がそうさせるのか。どちらであっても感心するが、ジェイコブが笑う理由はどちらでもない。


「御手洗はそんなに甘い男じゃありまセーン」


 八岐大鮫やまたのみずちが飛び込もうとする淵にかすかな波紋が広がる。そよ風が起こすよりも小さなさざ波が水面全体に広がったとたん、鮫は逃げるかのように身を翻して天へと登っていく。


「頼んだぞジェイコブ」


 悪魔が水面から飛びあがった瞬間、御手洗は淵へ祝福を施し聖水を投入した。穢れを祓われた水辺はもはや悪魔の住処ではなく、立ち去るよりほかはない。退路を失った悪魔が上空で落ちるがままになっているエクソシストから先に狙うのは当然で。

 今も空を舞う暴風神父を見上げる御手洗の顔に不安の表情は欠片もなかった。


 御手洗が聖水を投下してから、八岐大鮫やまたのみずちが再び自分を狙うまでの十秒足らず。ジェイコブにとっても一瞬といえる時間だが、態勢を立て直すのには十分だ。


 八岐大鮫やまたのみずちが再びぶつけてきた尾を落下の勢いもつけて思い切り蹴りつける。ウェイト差はトン単位。不意をついたとしても悪魔に傷一つつけられない。準備をしていたはずのジェイコブのほうが空高く花火のように打ち上げられる。


 地上にいる御手洗が豆粒よりも小さく見える高度。文字通りに足の踏み場もない空中を自分めがけて悪魔が襲い来る。打つ手がないなら必死の状況。しかし、ルチャの魅力は空中殺法。

 この高度を待っていたのだ。技を仕掛ける時間も発揮される威力も申し分ない。


「Āmen」


 ジェイコブは八つそびえる鮫の頭へと飛び込んだ。ストラを巻きつけ、鼻先を掴み足で脳天をつぶす。あらぬ方向に曲げられた悪魔の頭が別の頭を締め付けた。


 八つの頭をたった一つの身体で抑えつける。尋常ならざる鍛錬あっての成果だが代償も大きい。針山のような鮫肌で掌がすりおろされる。耳元でガチガチと鮫の歯がうなりを上げる。ねじ折れそうになる骨と逆方向に曲がる関節を筋肉でむりやり抑えつける。


 想像を絶する苦痛を味わうジェイコブだが、悪魔を抑えつける力は瞬間ごとに増していく。誰であろうとエクソシストは忍耐がなければ務まらないのだ。


 結果として勝負の天秤が傾いた。


 鮫はヒレを自分で動かすことができず、動いていなければ呼吸不全に陥ってしまう。ジェイコブにホールドされている今の状況は、八岐大鮫やまたのみずちにとっては無酸素の真空状態へ放り込まれているに等しい。


 ジェイコブに固められた八岐大鮫やまたのみずちが落下を始める。加速度に従って勢いを増していく風圧と悪魔の抵抗する力に全力で抗いながらも、ジェイコブの顔は晴れやかだった。


 御手洗が自分が落とした聖水のアンプルを回収している。落下地点である足元に聖水を撒き、大地を祝福して退避。どれもが即座に行われ無駄がない。


「El descenso de Santa Jacob聖ヤコブの降臨


 セコンドも実況もいないリングだからこそ、あらんばかりの声でジェイコブは叫ぶ。着地の衝撃も利用してジェイコブは空へと飛び上がった。


 八岐大鮫やまたのみずちが聖水を撒いた地面に落下したことで、悪魔祓いの儀式の第一段階である聖水の散布が執行されたのだ。


 立ち込める土煙が揺らいだ瞬間、御手洗の視界に八つの鮫の頭が現れる。魚雷もかくやという速度で迫りくる悪魔を前にしてもエクソシストは動かない。不意を突かれたわけでも恐怖で動きが止まったわけでもない。


 悪魔祓いの儀式はまだ終わっていない。聖水の散布。聖句の詠唱。十字架の掲揚。すべてを終えるまで御手洗は一歩も動きはしないだろう。エクソシストはもう一人いるのだから。

 悪魔とエクソシストの間へとジェイコブは華麗な着地をきめて現れる。


Plancha空中殺法は大好きですが、Golpe打撃戦も大得意デース」


 ルチャドールのする華麗なポージングとは打って変わった無骨な構え。視線に対して水平に掲げられている両掌には黄金に輝く金属具が嵌められている。


 聖なるメリケンサック。ラテン・アメリカ最大最古の大聖堂であるメキシコシティ・メトロポリタン大聖堂。三百年ものあいだ多くの信仰を育んできた歴史的建造物が改築される際に回収された十字架がある。

 南米キリスト教史における記念碑ともいえる貴重な十字架へ特殊合金化を施し、悪魔を祓う兵器として再び鍛造した逸品。銃火器や刀剣類の扱いに厳しい日本へジェイコブが持ち込んだ唯一の聖遺物だ。


 八岐大鮫やまたのみずちの牙とジェイコブの聖拳が唸りを上げて激突する。耳をつんざくような金属音の中で悪魔祓いの第二段階であるベネディクトの祈りが始まった。


Crux Sānctī Patris Benedīctī.

聖ベネディクトの十字架よ


 八岐大鮫やまたのみずちの口は背後を除いたすべての範囲から獲物へと襲い掛かる。鋼板すら喰いちぎるだろう牙の雨をジェイコブは一打で顎ごと打ち砕く。御手洗が一節を唱え終わる前に悪魔は八度顎を打ち砕かれた。


Crux Sācra Sit Mihi Lūx.

聖なる十字架が私の光


 悪魔の勢いは増していく。砕けた顎は再生し、折れた歯を突き破って新しい歯が生えてくる。ジェイコブは焦ることなく拳速を上げて対応し、重機関銃もかくやという連打がさらに激しくなっていく。


Nōn Dracō Sit Mihi Dūx.

虚なものが私を導かぬように


 ジェイコブの視界の端にチカチカと火花が映る。衝撃と摩擦熱で熱せられた聖なるメリケンサックが肌を焦がし肉を焼く。甲高い衝突音により御手洗の祈りの声は遮られ、鮫の牙と聖拳で視界が埋められた。


Vāde retrō Satāna,nunquam suāde mihi vāna.

退け悪魔よ、虚しきことを囁くな


 掌の中で聖なるメリケンサックがついに砕けた。構わず打ち込み続ければ鮫にぶつけられた面が欠けて削れる。数打もしないうちに針金を巻いたようになってしまった武器を手放し、ジェイコブは掌底による破壊を選択した。


Sunt mala quae lībās ipse venēna bībās.

お前が与えるのは悪しきものだけ、お前自身が毒を飲め


 全身の感覚は既にない。聖職者の血肉を味わった悪魔は猛り、さらに攻撃性を増していく。ジェイコブは一歩も下がることはなかったが、身体の前半分は八岐大鮫やまたのみずちの口の中に入っていた。

 鮫の歯を片端から叩き砕いていた状況は、自らを呑み込ませないための防御へと変化している。絶命まで秒読みに入ったがジェイコブの拳は止まらない。

 窮地においてこそ信仰は試され、エクソシストの真価が発揮されるのだから。


 そして忘れてもいなかった。

 

 八岐大鮫やまたのみずちと、八つの頭を持つ地獄の鮫と、悪魔と立ち向かっているのは自分だけではない。背後に立ち続けて儀式を行う御手洗も悪魔を祓うエクソシストだということを。


 切り刻まれた掌底がついに弾かれる。外した打撃の威力は剛力であるがゆえにジェイコブの上半身を大きくのけぞらせた。一瞬の隙を悪魔は見逃さず、ジェイコブの体は宙に浮いている。


EIUS IN OBITU NRO PRAESENTIA MUNIAMUR

死の時において我らは彼と共にあるだろう


 ジェイコブの両脚が八岐大鮫やまたのみずちの胴体を挟み、軟骨で構成されている鮫の骨格を砕きながら締め付ける。鮫肌による摩擦さえも利用したホールドから全身をくの字に曲げて放たれる空中殺法。


 八つの頭を同時に地面へと叩きつけられた八岐大鮫やまたのみずちの体は塔のようにそびえ立ちながらも、微動だにしない。


 Āmen.

そうあれかし


 悪魔との戦いでKO勝利をなし遂げたエクソシストへ贈る言葉として、これほど相応しい言葉はないだろう。

 悪魔祓いの第二段階である聖句の詠唱。同時に掲げられた十字架は悪魔祓いの第三段階である十字架の掲揚がなされる。


 悪魔祓いの儀式はすべて執行され、八岐大鮫やまたのみずちは祓われた。


「ありがとうジェイコブ。君のおかげで悪魔を祓うことができた」

「お礼を言いたいのは私デース。一人じゃないエクソシズムは本当に貴重な経験デシタ」

「私もだよ」


 御手洗が地面に伏しているジェイコブを担いで立ち上がる。よろめきながらも支えあう二人の背後で八岐大鮫やまたのみずちの骸は音もなく崩れた。形を留めている骨や皮も自然の自浄作用で処理されていくだろう。


「フカヒレ。カンユ。食べてみたくなりました」

「君は教会管轄の病院に入院だ。しばらくは食べられないぞ」

「ラーメンは出ますか。トンコツ。ジロー。食べてないのがいっぱいありマース」


 自身の血で赤鬼のような見た目になっているジェイコブが呑気に問いかけてくる。見た目と裏腹な発言がなんとも滑稽で御手洗は笑った。いい意味にとったのかジェイコブも笑い、事前に指定してある合流地点へと二人三脚で歩いた。


 合流地点が見えたあたりでジェイコブは失神し、教会が派遣した救急車の赤色灯をみながら御手洗も失神した。


「まるでリゾートホテルデース。凄いデース」


 病院食に舌鼓を打ちながらジェイコブは唸る。栄養が添加されたオートミールを食べながら御手洗は小さくなった胃をさする。


「御手洗。ちゃんと食べまショーウ。早く治してフカヒレを食べにいかないとデース」

 

 搬送された病院で御手洗は先に目を覚ましたジェイコブとフカヒレを食べに行くという約束をした。懇意にしている中華料理店のオーナーに話を通せば難しい話ではないだろうが、まずは身体を回復させて退院しなくてはならない。


 教会では信徒たちや助祭たちを始めとした教会の家族が待っている。

 彼ら彼女らの顔を思い浮かべながら御手洗は大きな口を開けて、残った麦粥をまるごと吞み込んだ。

 



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