第3話

落合おちあい雪羅せつら (主人公)side








 流石というか何と言うか。


 俺が今いる 『怪異ホラーより恐ろしいホラーな私はオキライ?』の世界では、ホラゲでは珍しい事に飲食の要素がある。


 その方が死因が増えるからだ。


 そのため、飲食物がそれなりの頻度で隠されているが、喜びは一切ない。それは現実となった今でもだ。


 なぜならそれらの大半は、邪智暴虐の制作陣が我らに用意した初見殺し。


 『黄泉戸喫よもつへぐい』が発動するのだ。


 この微妙に有名な日本神話をパクったデストラップは即効性こそないものの、徐々に衰弱させ死に至らしめる事と、例え死ぬ前にトゥルーエンドの条件を整えても現世への帰還をほぼ不可能にするという悪意の塊のような罠だ。


 けれど、俺のような訓練されたプレイヤーならば罠なしの食事を選ぶ事など造作ぞうさもないため、脅威など無に等しい。


 ならば何故、今さらこんなことを思い返すのかと言うと────




「うひゃひゃひゃっ

 雑魚ども、掛かってきやがれですわ!」



「紅を見ると落ち着きますよねぇ。少し暗くて、よく見えないのが残念です」



「ふむ、この世界では全体的に魔法や霊術の効果が上がるのか。下級魔法で頭蓋を砕けるのは驚きだな」




 初期装備もない主人公勢が無双し始めたからである。


 え、ちょっと待って。なんでそうなるの?


 ゲームじゃ武器を装備しないと攻撃出来ない仕様だから知らなかったけど、主人公勢こいつ等素手だとこんなに強かったの!?


 しかも主人公以外もサイコパスになってんじゃん。あれか? 現実になった今、SAN値ゲージが削れるとああ・・なるのか!?




「誤算にもほどがあるだろ……」




 追い付かれた(別に追い掛けられてはいない)ストレスで禿げ上がりそうな頭を抱え、思わずぼやく。


 今の俺に出来るのは、戦闘運動で腹を空かせた彼女らが『黄泉戸喫よもつへぐい』を筆頭とした初見殺しで死んでくれるのを祈るだけだ。


 と、ここで壁から滲み出るように敵が現れた。


 安全確認を怠らなかった甲斐があるというものだ。気持ちを戦闘へ完全に切り替えた俺は向き直った。




「火を貸してくれませんか?」




 現れたのは『肉吸い』。


 俺や主人公と同年代に見える美少女だが、騙されては行けない。


 ゲームでは戦闘の前に選択肢を掲示され、先程のセリフに対し『はい』を選択すると味方の内、一人が人魂を奪われた挙げ句、肉を吸い尽される。


 これにより、数少ない蘇生手段が使用不可になるのだ。


 『いいえ』を選べば、どこぞのクレイジー・サイコ・レズビアンが躍り出て、逆に『肉吸い』を餌食にする。




「……こいつは大当りだな」



「あの、何か?」




 おっと呟きが聞こえてしまったようだ。


 危ない危ない。不審に思われて逃げられては元も子もないからな。


 こいつはゲーム時代あからさまな罠すぎて引っ掛かる方が難しく、ゲーム進行に極めて役立つ報酬のユニーク雑魚エネミーである。つまり、超大当りなのだ。


 問題は蘇生不可以外に、遭遇率の低さと選択肢で『はい』を選んだ後に成功率100%の逃亡をする事にあった。




 「いいえ、何でもないですよ。それより、申し訳ないのですが火の持ち合わせが無いのです」




 決して逃がしてはならない。


 故に、これ以上の違和感を感じさせないよう会話を進める。


 こいつには致命傷を能えるその時まで自身を狩る側だと思い込ませたままにするのだ。




「ふふふ……

 いいえ、誰でも持っているのでご安心を」



「おや、それは何でしょう」




 次のセリフの後に攻撃が来る。


 ゲーム知識で知っている俺は元から手に持っていた包丁を強く握った。


 大丈夫、大丈夫だ。こいつは攻撃する時、形態変化で僅かな隙が出来る。そこを狙えば安全に……………ってヤバ!


 『肉吸い』が見た目にそぐわぬ妖艶な仕草で不自然に変色した壁に手をついた時、本能の命じるまま床に伏せる。


 その直後だった。




「それは魂ギャァァァァァ」



「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」




 ソレ・・はこちらへ流し目を送っていた『肉吸い』に風穴を空け、俺の頭上を通り過ぎ、壁へ突き刺さった。


 『肉吸いバカ』が手を置いた壁は遺跡やダンジョンなんかでお馴染みの毒矢が出るトラップだったのだ。


 まさに一瞬の出来事で、2つ3つの罠が同時に発動する所など、このゲームらしい悪辣さだと思うのだが……




「嘘だろ……」




 罠があるのは分かっていたので『肉吸い』が、それを利用して攻撃するのは予想の範囲内だったし、ヤツが使わなかったら自分が使う可能性すら考慮していたが、コレは予想外だ。


 自宅(?)でトラップに引っ掛かるコイツは正しくバカと言える。そして、そんなバカに獲物認定された俺は一体どれだけバカに見えたのだろうか。甚だ遺憾である。




「たっ、たすけっ、助けてっ」




 傷もそうだが特に毒が辛いのだろう、俺など足元にも及ばないほど頑強なお嬢様でも死ぬ毒だからな。


 腐っても怪異で生命力の強い『肉吸い』は即死出来ずに、まるで日光に晒されたミミズのようにのたうち回っていた。


 それが酷く哀れに感じるが、それ以上にこんなの・・・・を先程まで命を賭して戦うべき敵だと思っていた自分が惨めになる。


 やっぱり俺はバカにバカと思われるほどバカなのかもしれない。




「もぉ、殺してぇ」


 


 と、俺が悲嘆に暮れてる間に『肉吸い』が死を懇願していた。


 拷問って本当に「助けて」から「殺して」になるんだな。いや、拷問してないが。


 冷めた目のまま包丁でとどめを刺すと『肉吸い』は安らいだ表情となった。




 「ありが、とぅ……」




 そんな未練を解消された悪霊のような反応をされる覚えはない。絶対に。


 『肉吸い』は青い粒子を発したかと思えば解けるように肉体が消え去り、本性である2メールほどの白骨死体となった。




「……まぁ、いっか」




 解けた青い粒子が俺に纏わり付き、新たな力が増えたことを実感する。もちろんチートと言うほどではないが、超役に立つスキル能力だ。


 まぁ、アレを倒して得た報酬だからゲーム時代と違ってゴミになってる可能性も否定できないが。 




「そう言えば、さっき戦ってる時もカスの声がしてましたね、やっぱりこの辺りに居るようです。


 二人共、気を付けて下さいね。1匹みつけたら30匹いるんですから」




 誰がゴキ◯リじゃボケ!


 超高校級の聴力で向こうの声を拾った俺は思わず心中でツッコミを入れながら主人公勢彼女達の観察に戻った。










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肉吸いは伝承にアレンジを加えました! 勿論、知能もアレンジです(笑)

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