第5章「決戦/札伐闘技フダディエイト」
第30話「ネットロア/転送→滅」
5/
——終わる間際。私はつい、抗った。
まだ足りぬ、まだ満たされぬと。
人類の終着点を見るという執着は。
やはり薄れぬこともなく、
私に最後の手段を取らせた。
最後に残った手札のカード。
もはや空の器と化したあの男に——
私はそれを、突き刺したのだ。
【前回までのあらすじ】
限界を超え、精神すら燃やし尽くした
だがその代償に、カイリの精神も星に還ってしまう。
残る
運営者を兼ねていた吉良の死により、最早戦う理由も戦う必要もなくなりつつあるカザネだったが、精神の燃え尽きたカイリの体から一枚のカードが現れ、事態は新たな局面へ移ろうとしていた——。
◇
——壮絶な戦いが私の目の前で繰り広げられ、そして終わった。
千年の時を暗躍し続けた怪人と、それに打ち勝った人。
私は、私はこの戦いの後に、何を成せるのだろうか?
黒幕亡き今、この儀式に続行の道はあるのか?
最早、事態はそんな領域に突入しているように思えた。
道に迷いを抱き始めた私は、立ったまま沈黙を貫く剣守社長へ歩み寄ろうとして、カナタの手に阻まれた。カナタは、怪訝そうな表情で剣守社長を見ていた。
「——カザネ。待て、剣守カイリの体からカードが生えてきている。何か、様子がおかしい」
「カード……え、あれって——」
札闘士の視力ならば、10メートル先のカードを判別することは容易だ。だから私は、社長の胸から生えてきているカードを見て、戦いがまだ終わっていないことを目の当たりにした。
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『
AP0
条件:入れた。
効果:転送→滅
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そこに記されていたのは意味不明の記述。タチの悪い夢のような文面。支離滅裂、意図不明、詳細不明のじっとりとした嫌な質感のテキスト。あれを見ているだけで心がささくれ立つかのよう——
「カザネ! それ以上あのカードを見るな! 魅入られるぞ……!」
「————!」
カナタの言葉で我に帰る。あれは——あのカードは、あるだけで危険なカードだ。【
あれは誰の心象具現?
私の問いに答えるかのように、剣守社長が蠢動する。痙攣? 違う。
あれは——笑っている?
「ク。——クク、クックック……黒センチネル。
深淵、執着、管理、羨望、畏敬、ククク……色々と、色々と多種多様に混ざりあってしまったものだなこの
胎動する鼓動、デッキと共に鳴動するダレかの渇望。
——クラッシュする結界。決壊する理性と理想。
その果てに、はて。違うな、今は未だ今だ。
オレは今、デフラグした本能を理性と差し替えて一つの確固たる自我を捻出し、素材の誰かが蒐集していた伝承が一つ、
——いや。待たせたね。そして、初めましてだ」
——意味が、わからない。
目の前の男は一体誰なの?
急に髪の毛が肩まで伸びて、シャツもはだけさせて、髪色は金から白黒に変貌していって。まるで別人——いや、事実別人になったっての……?
「……ヤツの言い分から察するに、吉良が最後に持っていた手札。あれに精神エネルギーを可能な限り溜めて剣守カイリに投擲したんだろう。
普通ならカイリの精神に弾かれて失敗する行為だ。だが——カイリの精神が燃え尽きていたのなら、話は変わってくる」
カナタの推理もかなりぶっ飛んでいたけれど、状況から鑑みると外しているとも言い難い。ていうか事実、剣守社長は、何か別の存在に変貌してしまった。
あれはつまり——
「じゃああれって、さっきまで戦っていた二人の、精神の残滓が融合した状態——ってこと?」
「……信じ難いが、カードの性質も合わせて考察すると、その可能性が高い」
カナタと、眼前の異常光景をどうにか分析していると、件の男が目を見開き、そして口を大きく三日月めいて吊り上げて、口を開いた。
「いやはや。最近のガキは存外理解が早くて助かるよ。
——我こそは、深淵に積もり積もった歴代札闘士の精神のカケラ……その凝縮体。
誰でもなく、誰にも戻れないゆえに、新たな一つの自我を得た、『名もなき何もかも』だよ——おっと。これも、誰かの記憶の残滓から掬い取ったワードかもしれないなァ」
尚も何かぶつぶつと呟き続けていたそいつは、「あ」と言った後、天を仰ぎ、
「あーーーーーーーーーーーーーーーじゃあ、そうだな。オレのことは『無我』とでも呼んでくれ。無我という名の自我。意味わからんが、オレとてオレ自身が何もわからん。吉良とかいうカケラが敷いた運営ルールも最早綻び出して、元からあった札伐闘技の殺し合いしか原型がなくなっているあたりからも、もうオレがメチャクチャな精神構造のモミクチャ生物なことを理解してほしいね」
言われて気がつく。
戦意を持った札闘士が揃っているのに、儀礼結界が展開されない。
——最悪だ。
このクソ儀式、一番最悪な壊れ方しやがった……!
「じゃ。オレはちょっと肩慣らししてくるから。肩甲骨をほぐすように、適当に、この肉体の元々の持ち主の居城? 本社ビル? まあいいや、そこなら札伐闘技の技術流用のオモシロ・イベントもあるかもしれんから、そこでウォーミングアップでも、しようかナ」
そう言って無我は、異常な脚力でビルからビルへと跳躍してツルギモリコーポレーション本社ビルへ向かって行った。
「なんなのよアイツ……」
「同感だ。だが——あれを放っておくと、いよいよ芸都がメチャクチャになってしまう。
——どうする、カザネ」
「どうするもこうするも、今更ないでしょ、迷う余地なんて」
「だいぶ流れに乗らされてないか?」
「それでもよ。私の願いは『このクソ儀式を全部ぶっ壊す』ことだから」
正直、この状況に戸惑いだってある。そして今でも、札伐闘技で誰かを殺すことに割り切りなんてできないでいる。でも——それでも私は。
「私はさ。こんなクソ理不尽なもんに、もう誰も巻き込まれてほしくないから」
ただただ、この儀式に参加した時から抱き続ける想いを、改めて口にした。
これが、この戦いにおける私の願いにして、確固たる決意表明なのだから。
「——そうか。いや、愚問だったな。
俺はお前の願いを否定しない。お互いに願いは異なるが、それでも最後の最後で俺たちが戦うまでは、少なくともそれまでは——俺はカザネの味方だ」
目を逸らさずに、カナタが私にそう言った。
彼はまだ私に願いを教えてくれてはいないけれど、それでも今の彼の言葉は信じられる。今は、うん、今は、それだけで十分だ。
だから私は、
「だから私は、カナタのこと好きなんだよね」
その不器用な優しさに、改めて感謝して、ちょっとだけ——そう思いながら、彼に抱きついた。
「……カザネ。路地裏で人目がつかないからってな」
「——急がないといけないのはわかってる。だから、あと数秒だけ、このままでいさせて。それで、」
「——そうだな。それでカザネが落ち着くなら」
——それで、やっと足の震えが治ってくれた。
これでやっと満足に歩ける、走れる。
——息抜きは生き抜いた後で。
私たちは、決戦場へと走り出した。
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次回、『決戦Ⅰ/ジャストライブ・モア』
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