第4章「その虚無を見ろ/アカシック・ゲイザー」
第23話「レインコール/ロストテール」
4/
——問答は終わった。
私が直々に、刈り取るとしよう。
◇
ゴールデンウィーク初日。
シトシトと降り始めていた雨は既に、正午を目前に大雨となっていた。
元々の予定では、私はカナタとアウトレットモールに繰り出す流れだったんだけれど、
はしゃぐ気にはなれなかったし、なんなら家の近場ですら遊びに出かけられる心境でもなかったけれど、カナタに「少しは気分転換をした方が良い。してくれ」と言われた以上、それも無碍にはできない私なのだった。
それで、今は昼食にしようと私が提案して、喫茶店に来ていた。父さんのところではない。なんかまだ、イチャついてるところは見られたくない気持ちがある。そういう感じなのだ。
「カザネ。このサ店だが——」
カナタが壁のロゴを指差しながら続ける。そのロゴは、母さんが働いている会社——ツルギモリコーポレーションのものである。
「つまり、家族割引か?」
「まあそうね。……お昼のお金出してくれるんでしょ? ならせめてそれぐらいはさ」
「どうでもいいことで気を遣わなくて良い。俺は一緒にいたくてカザネを誘ったんだからな」
あまりにもド直球なので、どう足掻いても顔が赤くなる。ほんとにカナタってさ、あ、だめだ。なんか上手く冷静になれない。
「……急にそんな言わないでって。ハズいじゃん……」
「そうか。すまん。これぐらいは言っておいた方が良いものとばかり思っていたんでな」
「あ、いや別にね?! 嫌とかじゃないんだけど! ただその、ね? 照れるっていうかね……」
などと言っていると、店員さん——めっちゃ可愛い女の子。たぶん同年代——が飲み物とパスタを運んできてくれた。アイドルとかすごい向いてそうなどと勝手に思ってしまった。……あれね。メンタル疲弊してるから癒しを求めているのかも。
「お待たせしました♪ こちら『バーニングレモネード』お二つと、『レッドパスタ・アビス』、『レッドパスタ・ベリアル』ですっ! えぇと……どっちがどっちでしたっけ?」
「私が『アビス』で、彼が『ベリアル』頼みました」
「助かりましたぁ♪
……あ、それとお客様。もしかしてカップルでいらっしゃいます?」
店員さんが手際良く卓上に料理を置きながらそう尋ねてきた。
「えぇまあ、そうですけど」
「何かキャンペーンでもあるのか?」
「おぉ! それはなんともラッキーですよ!
いやぁ実はですね、今ちょっとマーベラスなキャンペーンやってましてぇ。
……この場でハグ、していただきますと、10%オフ、やらしてもらってまして」
むせそうになった。いや急にキスとかそう言う流れだったら本当にそれどころではなかったのでまだギリギリ助かったところあるけどマジか。
「どうですか? やりませんか?」
わりとグイグイくる店員さん。これあれだわね、そもそも話しかけるためにわざとアビスとベリアルどっちだっけトークを展開したわね。手際が良すぎる。手回しも良すぎる。
「えぇー、どうしよっか、ナー」
なんて若干棒読みで言いながらカナタの方を見ると、
「ハグか。やるか? 減るもんでもないしな」
情緒もへったくれもないのか?
カナタこういうところあるからナー。そういうドライなところも好きではあるんだケド……。
「おぉ! 彼氏さん結構積極的ですねぇ! あたし的にも撮れ高って感じでテンション上がってきましたよぉ!」
撮れ高言うな。写真は撮らさんからな。恥ずかしいので。
「じゃあ、やるか?」
などと言って即座に席から立ち上がるカナタ。本当に風情も何もないわね!
「え、私まだ覚悟も何もできてないんだけど!」
「いいだろう別に。今更ハグぐらい」
「ワァ! お客さんたちそれ以上はちょい待ちで!」
「ハグぐらいってこたぁないでしょ! ハズいもんはハズいんだって!」
「わーーーーーーー! お客様ぁ! お待ちになってお客様ぁ!」
わーきゃー騒ぎのドンチャン騒ぎ。たぶんこのままではそうなってしまいそうな、なんかそういう行けそうな感じ。ってなってきた。店員さんもう止めきれずに若干冷や汗かいてるし。でも私もなんか溜まっていた疲労だとかストレスだとかが決壊しかけているため止まるに止まれないみたいな状況になりかけており、このままではそこのカップル痴話喧嘩をやめいとか言われそうな感じ——
「えぇい! うるさいぞ貴様ら! 店長は何をしている! 何? 昼時なので分身してもなお処理しきれない? ならばわかった俺が出よう!
——俺は、ここのオーナーだッ!」
——突如、隣の席から金髪のお兄さんが乱入してきた。
オーナー!?!?!?!?!?!?!?!?!?
……いやちょっと待って、オーナーってことはつまり——
「あ、あなたもしかして、剣守社長ですか?」
「……そうだが、それがどうした?
——月峰カザネ?」
「……! 母の、職場がツルギモリコーポレーションでして。……あの、私の母、私の写真とか見せてたりするんですか?」
警戒して私の前に立つカナタ。それを目で追いながら、剣城社長は、
「会うのはプレゼンの時ぐらいだからな、そんな機会はまずない。
——そうだな。なら、これで答え合わせと言うことで良いか?」
「————! うそ……」
「……やはり、お前もか」
剣城社長が顎で指し示した隣席、その壁側の席には、穂村カレンが座っていた。
「……昨日ぶりだね、月峰せんぱい」
雨は、まだ降っていた。
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次回、「決闘、僕らの都市」
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