第2話 初めての男の子

「今日も綺麗な卵焼きだこと。この綺麗さはやっぱ数こなさなきゃなのかね」


「じー」


「砂糖入れるとすぐ焦げるし、いっそ蒸す?」


「じーーーーー」


「まあ甘いのが好きってわけでもないけど」


「じーーーーーーーーーー」


「……」


 めんどくさいことは極力回避していきたい俺は、自分からめんどくさいことに頭を突っ込んだりしない。


 だから絶対にめんどくさいことが起こる『視線』を無視し続けているけど、あちらも引く気はないようだった。


「なに?」


「やっと気づいてくれた!」


 隣で俺を綺麗な碧眼へきがんで見続けていた森谷もりやさんが満面の笑みで言う。


「いや、気づいてたよ? 無視してただけ」


「え、酷い! もしかして私のこと嫌い?」


「別に好きでも嫌いでもないかな。森谷さんはうるさくないし」


 基本的に人に興味のない俺だけど、嫌いな人種はもちろんいる。


 それが周りのことを考えずに馬鹿騒ぎするやつら。


 話すなとは言わないけど、教室全体に届くような声で話す必要性を感じない。


桐崎きりさきくんはいつも寝てるもんね」


「俺を知ってるんだ」


「なんで? クラスメイトなんだから当たり前じゃない?」


 森谷さんが「何言ってんのこいつ?」みたいな顔をする。多分口調は違うが、本当に不思議だったのだろう。


 でも俺からしたら、ただのクラスメイトが休み時間に何をしてるかなんて興味がないからこっちの方が不思議でならない。


「あ、でも桐崎くんがここでご飯食べてるのは知らなかった」


「そうだろうね。そういう場所を選んでるわけだし」


 森谷さんのことだから、俺が教室でお昼を食べてないことぐらいは知ってるだろうけど、さすがに場所まで知られていたら軽く引く。


「森谷さんはこんなところでまで大変だね」


「ん? あ、告白?」


「そう。人生で何回目?」


「んー」


 森谷さんが律儀に両手を使って数を数え始めた。


「うん、いいや」


「そう?」


 両手の指を立て終えて、その指を折り出したのでさすがに止めた。


「毎回こういうところに呼ばれるの?」


「うん。お手紙とか、友達からとかもあるけど、休み時間に呼ばれるのが一番多いかな。ここに呼ばれたのは初めて」


「お疲れ様です」


「褒められたー」


 森谷さんの感情と呼応するように亜麻色の髪がふわふわと揺れる。


 別に褒めてないのだけど、森谷さんが嬉しいのならそれでいい。


「告白お断りとかしないの?」


「私に告白してくる人って、みんな断られるの前提だからしたいんだけど、ちょっとね」


「まあ印象は悪いか」


 森谷さんが告白されるぐらい人気なのは周知の事実だけど、だからって「私は告白を受け付けません」なんて自分で言ったら自意識過剰で調子に乗ってると思われる。


 だから森谷さんは告白を毎回受けて全て断らなければいけない。


「森谷さんは誰かと付き合いたいとかないんだ」


「今のところはないかな。よくわかんないし」


「そう、それでさっき俺を見てたのはなに?」


「あ、そうだ!」


 少しだけ気まずそうな顔になっていた森谷さんだけど、パッと笑顔になった。


 そしてそのまま固まる。


「まさか?」


「……なんだっけ?」


「天然かぁ……」


 なんとなく察してたけど、森谷さんは聞いてたイメージと結構違う。


 顔立ちが整っていて、綺麗で可愛いのはわかる。


 だけどもっと真面目でお堅いのかと思っていたけど、実際は天真爛漫なおとぼけキャラ。


「なんか安心するけど」


「え?」


「なんでもない。それより俺はお昼を──」




 ──ぐぅ




 食べようとしたら、どこからか可愛らしい音が聞こえてきた。


 紳士ならきっと聞こえなかったフリをするのだろう。


 だけど残念なことに俺は紳士ではない。


 それに──


「お腹すいたぁ」


「なんかほんとに安心するよ」


 隣で森谷さんがお腹をさすっている。


 その青い瞳は俺の弁当箱にしっかり向いている。


「ちなみに森谷さんお昼は?」


「まだ」


「それは知ってる」


 俺は昼休みになってすぐにここへやってきたから、森谷さんがお昼を済ませているとは思っていない。


 俺が聞きたいのは食べ物を所持してるのかどうかだ。


「いつもお弁当?」


「違うよ。学食行ったり、購買行ったりかな。知ってる? 購買にとっても美味しい……」


 視線を逸らさずに話す森谷さんが口を閉じる。


「どしたの?」


「思い出した! 桐崎くんのお弁当が美味しそうって思ったの!」


「……」


 なんとなく察してたけど、飢えるハイエナのごとく、俺のお弁当を狙っていたようだ。


「半分食べる?」


「いいの!?」


 亜麻色の髪と一緒に、森谷さんの顔がバッと上がる。


「ちなみに今から買いに行くのは?」


「今からだと学食は少し時間足りないかもで、購買は売り切れてると思うの」


「なるほどね」


 どうやら告白の後に買いに行くつもりではあったらしく、可愛らしい花柄の財布を取り出した。


「相手が引かなかったのと、俺が無視したせいで時間がなくなったのか」


「桐崎くんは悪くないよ。いきなりじっと見られたら誰でも嫌だろうし」


 俺はともかくとして、他の男子なら別の理由で固まりそうだ。


「お金でよかったら今払うよ?」


「今日は俺が作ったわけじゃないからお金取るのもね」


 たとえ俺が作っていたとしてもさすがにお金を取ったりはしないが。


「じゃあ他に何かお返し考えるから、お願いします」


 森谷さんが土下座する勢いで頭を下げる。


「お返しか。じゃあ……やばい、頼みたいのが二つある」


 お返しできた方が森谷さんの気も楽になるだろうからと、少し考えたが、頼みたいことが二つ思いついてしまった。


 どちらも森谷さんにしかできないことだから悩ましい。


「二つならいいんじゃない?」


「なんで? お返しは倍返しとかいうのは女子が男子に言う言葉だと思うけど?」


「それなら私は桐崎くんに四個お返ししなきゃになるよ」


「俺何かした?」


 全然記憶にないけど、森谷さんの方は「忘れんぼさんめ」と嬉しそうに言っている。


「私が断りきれなかった時に助けてくれたじゃん」


「あれは森谷さんを助けるのが目的じゃなくて、俺の一人の時間を守るためで」


「結果的に私は助けられたの! だから私は桐崎くんに二回助けられてるのです」


 森谷さんがグッと俺の方に顔を近づける。


 今まで人と深く関わろうとしなかった俺だからフィクションでしか知らなかったけど、本当に女の子からは綺麗な香りがするようだ。


 森谷さんからは黄色い香り。多分柑橘系とか金木犀とかそういう感じの。


「あんまり綺麗な顔を近づけないで。俺の男の子の部分がでてきて照れる」


「あ、ごめんなさい。桐崎くん相手だと素が出ちゃう」


「素?」


「うん。教室に居る時とかは緊張からなのか力が入っちゃうんだよね。でも、森谷くんとお話してる時はリラックスできるの」


 森谷さんが胸の前で両腕を組んで「なんでだろ?」と首をコテコテとメトロノームのように傾ける。


「そういうの俺以外の男子に言ったら駄目だよ?」


「どうして?」


「多分死者が出る」


 さっきはいきなりのことで照れそうになったけど、俺は森谷さんに恋愛的感情を一切持っていない。


 だからこそこうして普通に話せているのだし。


 だけど森谷さんを特別視している男どもは、森谷さんとただ話すだけでも緊張して死ぬ可能性すらある。


「よくわからないけどわかった。でも私がお話したいって思ったのは桐崎くんが初めてだから多分大丈夫」


「だからそういうとこよ」


 多分言ってもわからないだろうからもういい。


 森谷さんの話が本当なら、俺以外の男子と話すのは緊張してまともに話せないだろうし。


「まあいいや。それより食べよう……か」


 もう昼休みも終わりが近づいていて、早く食べないと授業が始まる。


 お返しは食べながら話せばいいのだけど、一つ、大変なことが起こった。


 この場には箸がワンセットしかないのだ。

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