第31話 調査

「連。行ってくる」

 パソコンを操作していた連が、振り向いて愛を見遣った。

「了解」


「兎兎。行くよ」

 特殊バンのドアを開いた愛よりも先に、僕はドアから飛び出した。

 外に出た愛は、ドアを閉めると、僕を追い掛けてくる。


 繁華街にある喫茶店の席は、8割くらい埋まっていた。


 テラス席に座った愛は、アールグレイの紅茶を飲みながら、僕の情報を待っている。


 僕は愛の足元で香箱座りをして髭を波打たせ、店内を映す防犯カメラと、テラス席が映る近くの防犯カメラを、ハッキング中だ。


 連が聞き出した、通報してきた日時に、スマートフォンで電話をしていたのは、1人の女性だけだった。偶然にも僕たちが今座っているテラス席だ。この情報を含むハッキングデータは全て、皆に共有で保存されている。


 保存されたデータに目を通した愛が、喫茶店という状況の配慮から、小声で指示を出した。

「連。通報者と思われる人物を特定。彼女の身元を調べて」


「了解。ひとまず佐藤優太の件は中断し、通報者の件、共有保存されたデータを確認し、身元を調べます」

 結菜たちにも報告する連の、落ち着き払った声が聞こえてきた。


「了解」「了解」

 返事をする結菜と宏生の声が聞こえてきた後、愛が謎めいた言葉を口にした。

「彼女?」

 僕は胸騒ぎを覚えながら見上げた。


 愛は無表情だが大きく見開いた目で、テラス席先の歩道を凝視している。


 急いで僕は、テーブルの上に飛び乗った。愛が見詰める先を確認する。


「こっちに来るのは彼女?」

 問い掛ける愛は、本物かどうか、僕に確かめている。


 そうだ。まぎれもなく防犯カメラに映っていた通報者と思われる彼女だ。


 僕は予想もしない偶然という奇跡に浮足立ちながら、確かに防犯カメラに映っていた彼女だと、首輪状のデバイスに通信の指示を出した。これも共有されるため、愛だけでなく皆のデバイスに送られた。


 通信を読んだ愛は、テラス席前で立ち止まっている彼女を見詰めた。


 彼女はこっちを見ていない。喫茶店の入り口に置かれている木製のスタンド看板を見ている。


「連。通報者と思われる彼女と遭遇した。接触を図る」


「了解」

 連の声はクールを装っているが、僕の耳は微かに震える声調を捉えていた。連は少し恐怖を感じるような驚き方をしている。


「まじ?」

 興味心にあふれる結菜の声が聞こえてきた。


「鴨がねぎ背負しょって来るってやつか?」

 愉快そうに茶化す宏生の声が聞こえてきた。


「そうかもしれないですし、そうではないかもしれないです」

 連はうれえている。


 そんな彼らの声を耳にしていると、止まっていた彼女がテラス席の中に入ってきた。まっすぐ、僕たちの方に向かってくる。


 僕たちの隣のテーブルは空いている。そこに彼女は座ると思ったが、意外な行動を見せた。


「かわいいウサギさんですね」

 彼女が声を掛けてきた。


 体を硬直させた僕は、テーブルの上に乗っていることを思い出した。


「ありがとうございます」

 愛は彼女に向かってお辞儀をしたが、ばつが悪そうな演技をしながら僕を抱きかかえると、足元に僕を置いた。


「ここに座ってもいいですか?」

 テーブルを挟んで愛と対面する椅子を、彼女は指した。


 失態を犯した僕だが、いい具合になったとほくそ笑んだ。


「どうぞ」

 愛は微笑みの演技をしながら、左手を差し出し彼女に勧めた。


「私は里琴りこ

 椅子に座った彼女は、よろしくと言うように、愛を見詰めて微笑んだ。その目には、親しみがこもっている。愛情さえも感じる。


「愛です」

 愛も彼女を見詰めて微笑みの演技をした。だが、その目には、親しみもなければ感情もない。


「里琴さん。不躾ぶしつけですが……」

 いきなり愛が本題に入った。


 驚き慌てた僕だが、里琴の動作に首を傾げた。

 愛を見詰める里琴が、口元に人差し指を当てたのだ。


 その意味は、一般的に言って、沈黙だ。


 愛もそう理解したのだろう。

 問い掛けようとしていた愛の口は閉じられた。


 静かに待つ愛は、里琴の出方を待っている。

 僕は里琴をこっそり観察する。

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