第27話 へそ調査(出版社)出動

 クッションの上でくつろぐ僕の嗅覚が甘い香りを捉えた。急いで飛び起きて降りると、後ろ足で床を連打して、けたたましい音を鳴らした。


 ソファーで居眠りしていた連が気付き、急いで机に向かう。

 机上の中央辺りに、深紅の花が咲いている。


「雷様対応室から出動命令が来ました」

 椅子に座った連が、僕に向かって微笑みながら親指を立てた後、バングル状デバイスに指示を出した。

「愛と結菜と宏生に文字通信」


 連のバングル状デバイスから芽が出て、茎となって伸び、その茎に一枚の葉が付いた。その葉が、細胞分裂と細胞伸長で拡大し、画面に分化した。

 連は画面の下部に表示されているキーボードで文字を入力していった。


 机上では、咲いていた深紅の花が枯れ、新たに出た芽が短い茎となり、その茎に一枚の大きな葉が付いた。その葉が、細胞分裂と細胞伸長で拡大し、画面に分化した。

 画面には現場の名称と地図が表示されている。この地図は、運転席にあるカーナビゲーションにも送られている。


 次々と皆が公園から戻ってきた。


「現場は?」

 最後に戻ってきた愛が、特殊バンのドアを閉めて振り向いた。


「出版社です」

 椅子から立った連が、自発的に運転席に向かって行く。


「出版社か~~~。面白そ~う~」

 ソファーの背もたれに寄り掛かった結菜が、どんなへそが取られて、どんな怪奇現象がおきているのかと、想像している。


 ソファーに座った愛は、瞑想するかのように目を閉じて動かなくなった。

 宏生はいつものように、バングル状デバイスから伸びる蔓状イヤホンで音楽を聴きながら、ソファーに座ったままリズミカルに上半身を動かしている。


「現場に着きました」

 運転していた蓮が、こっちに入ってきた。


「よっしゃ」

 ソファーから立ち上がった宏生は、やる気満々に足を屈伸させ、軽く飛び跳ねた。

 僕はクッションの上で前足と後ろ足を伸ばして筋肉をほぐした。


「一番乗り~~~」

 張り切る結菜が、特殊バンのドアを開いて外に出た。宏生が軽やかな足取りで続く。


「連。行ってくる」

 軽く手を上げた愛が、緊張した表情の演技をし、開いたままのドアから出て行った。僕は追い掛けて行く。

 特殊バンは出版社のビル横にある駐車場に止めている。


「雷様へそ調査チームです。リーダーの愛です」

 愛が出版社の受付で名乗った。


「どのようなご用件でしょうか?」

 受付の女性は怪訝顔だ。


 悠長に尋ねてきた彼女に、結菜は不満気だ。

「雷様が落ちたと通報があったの」

 結菜としては苛立ちを抑えた声だ。


「少々お待ちください」

 受付の女性は怪訝顔を崩さず、内線電話をかける。


 暫くして、女性の上司と思われる眼鏡を掛けた中年女性が、困惑気味に出てきた。

「弊社に雷様は落ちておりませんが……」


「でも……」

「貴社の社員からの通報だと聞いています」

 捲し立てようとした結菜を、愛が遮った。


 中年女性は首を傾げた。

「通報者の名前を教えていただけますか?」


「記者の佐藤優太さんです」

 愛の返答に、中年女性の顔が青ざめた。恐怖に襲われたのか、声が震える。

「佐藤優太は亡くなっています」


 助けを求めるように見詰めてくる中年女性に、愛は柔和な表情の演技をしながら頷いた。

「ならば、この通報は、佐藤優太さんの名前をかたった悪戯いたずらですね」


「そうですか」

 安心したように中年女性の口元が緩んだ。


「お騒がせしました。失礼します」

 頭を下げた愛は踵を返した。


 立ち去って行く愛を追行する結菜は、意外な展開に面食らっているのか、何も発せず、黙々と歩いている。


「虚偽の通報か……初めてのことじゃな」

 結菜の後ろを行く宏生が、足元に並んで飛び跳ねて進む僕を見下ろした。

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