第5話 へそ調査(総合博物館)
雷様に取られたへそは何なのか?
今回のへそ調査は長くかかりそうだ。
AIでも、へそが何なのか、予測できないからだ。
似たような件も、過去の調査記録にはない。
「現場に着きました」
運転していた蓮が、こっちに入ってきた。
「よっしゃ。行くで」
ウキウキとソファーから立ち上がった宏生が、特殊バンの横開きのドアを開いた。その後ろを、ニコニコの結菜がワクワクしながら続く。徐に続く愛は、緊張した表情の演技をしている。彼らは手ぶらだ。手ぶらなのは個々のデバイスがあれば十分だからだ。
だが、なんで僕が置いてけぼりなんだ? その判断を下したのは愛だ。
今回の件は、今までとは全く状況が違う。
雷様対応室に通報してきたのは、博物館内の人間ではなく、その家族と来館者。
家族は、何の連絡も無しに帰宅しないと、心配している。
来館者は、休館日でもないのに閉まっていて、博物館の正面玄関だけでなく、警備員が常駐している職員用の出入り口まで閉まっていると、怪しんでいる。
中に入れず一切連絡が取れない博物館は、内部の様子を窺うことができず、推測が不可能。
謎でしかない。
特殊バンに残る蓮が、手首に装着している緑色のバングル状のデバイスに、分化の指示を出した。
何もない机上の三カ所から芽が出て、伸びて短い茎となり、それぞれの頂に葉を付けた。それらの葉が細胞分裂と細胞伸長で拡大し、パソコンと解析装置とモニターに分化していく。
急かすように机上を見詰める蓮のデバイスから芽が出た。芽は伸びて細い茎になり、蔓となってさらに伸びる。途中で蔓先は二股になり、一つの蔓先は耳介に近寄り、もう一つの蔓先は口元に近寄った。
耳介に近寄った蔓先から、愛の音声が聞こえてきた。
「これから、正面玄関のドアをこじ開け、中に入る」
「了解」
口元の蔓先に向かい、蓮は返事をした。
「ドアは開けておく」
「了解」
返事をした蓮のデバイスから伸びる画面が、根っ子から自然に抜けて床に落ち、速やかに枯れて粉々になっていく。それは、蓮の返事後、通信を終了するために、愛がデバイスから伸びる画面の根っ子を引き抜いたからだ。その引き抜かれた画面は、速やかに枯れて粉々になる。
「博物館の正面玄関を映せ」
蓮の声紋に反応し、分化したモニターに映像が表示された。
僕はピョンと机上に飛び乗った。蓮の邪魔にならないよう配慮して座り、モニターの映像を観察する。
僕の行動に驚いた蓮だが、僕の頭を撫でた後、モニターの映像を見詰める。
正面玄関のドアは、透明ガラスの両開きだ。
しばらくして、胸を撫で下ろした蓮が、緊張の顔をほぐし、にこりと僕を見た。
「スムーズに行ったみたいですね」
僕は左目で蓮を見ながら、右目では映像を観察し続けている。
正面玄関のドアをこじ開けて館内に入った愛達が、開け広げられたままのドアの奥へと進み、その姿が見えなくなった時だった。
異変に気付いた僕は、後足で机上を蹴って警戒音を鳴らした。
デレデレ顔で僕を見詰めながら頭を撫でていた蓮が、ビクリとその手を止めると、急いで映像に目を向けた。
「開けていたドアが閉まっています」
どういうことですか? 何が起こったのですか? と、焦った表情で見られた僕は、髭を波打たせてデバイスに通信の指示を出した。
蓮のデバイスから芽が出て、それが伸びて茎となり、その茎に一枚の葉が付いた。その葉が、細胞分裂と細胞伸長で拡大し、画面に分化する。
「愛達の姿が見えなくなった後、自動ドアみたいに閉まった」
画面に表示された文字を音読した蓮が、僕を見詰めて首を傾げた。
「情報では、このドアは自動ではありませんし、たとえ自動ドアであったとしても、中には入れないということでしたから、自動ドアの役目は果たせないはずです」
訴える蓮に、僕は髭を波打たせてデバイスに通信の指示を出した。
「僕は確かに見た」
表示された文字を音読した蓮は、口を一文字に結んで深く考え込んだ。
僕の長い耳が感知した。
蓮に活を入れる為にも、机上を勢いよく蹴って警戒音を鳴らした。
はっとした蓮が、デバイスから出た芽を見て、表情を引き締めた。それは、愛か結菜か宏生からの通信だからだ。
ドアの件は後回しにして、まずはへその調査を進めなければならないと、蓮は気合いを入れている。
だが、なぜかその芽は出た後、数秒で枯れて粉々になった。
「通信が途切れました」
蓮は動揺の表情になったが、すぐさま動き出した。
分化させたパソコンを操作し、デバイスにも指示を出してパソコンと連携させ、さっきの通信状態を調べていく。
首を傾げた蓮が、デバイスに指示を出し、愛や宏生や結菜に通信を試みる。
暫しして、見守っている僕に視線を向けた蓮は、溜め息をついた。
「通信不能です。愛のデバイスにも、宏生のデバイスにも、結菜のデバイスにも、繋がりません」
見開いた目で僕を見詰めた後、万策尽きたかのように肩を落とした。
どうすることもできない。
待ち続けるしかない。
僕と蓮はどのくらい待っただろうか――
モニターを見詰める僕の右目と蓮の両目が、正面玄関のドアから出てきた愛達を捉えた。
彼らが出た後、ドアは再び自動ドアのように閉まった。
愛達が無事に出てきたことに、僕と蓮は見合って胸を撫で下ろした。
だが、僕の右目が異変を捉えた。瞬時に、蓮を誘うように、見合っていた左目をモニターに移した。気付いた蓮がモニターを凝視する。
「どうしたのでしょう?」
こっちに向かって歩いていた愛達が、踵を返して正面玄関のドアに向かっている。
長い耳で感知した僕は、後足で机上を蹴った。直後、蓮のデバイスから芽が出た。芽は伸びて細い茎になり、蔓となってさらに伸び、途中で蔓先は二股になり、一つの蔓先は耳介に近寄り、もう一つの蔓先は口元に近寄った。
「これから、正面玄関のドアをこじ開け、中に入る」
愛の音声が聞こえてきた。
蓮の顔が強張った。彼の脳内は混乱している。
もうドアをこじ開けて中に入ったじゃないですか。
蓮の脳内で発する声を読み取った僕も、同じ事を思い混乱している。
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