前世ルーレットの罠
kou
前世ルーレットの罠
夜の山は、漆黒の闇に包まれた静寂の世界だ。
風がそよぎ、葉っぱや枝がざわめく。その音は不気味な響きを持ち、まるで山の精霊や妖怪たちが夜の中を歩き回っているかのような錯覚を与えた。
山深い場所に林業小屋が建っていた。
林業小屋とは、山の林業作業に従事する作業員の詰所兼休憩小屋のこと。
その中で一人の青年が、LEDランタンを天井に吊り下げていた。
青年の名前は
仕事は林業作業員であり、年齢は28歳でまだ若い部類に入るだろう。
そんな彼が一人、真っ暗な小屋の中で何をするでもなく居たのは工具の窃盗被害を防ぐ為の宿直だったからだ。
(もう、こんな時間か……)
圏外になっているスマホを見ると、すでに日付が変わる寸前だった。
普段ならとっくに就寝している時間帯であるにもかかわらず、今夜に限って寝付けない理由は自分でもよく分かっていた。それは先日の合コンに起きた出来事が原因であったのだ。
未だに彼女が居ない亮平の為に、友人がセッティングしてくれた場であった。
だが、思いの外会話が弾まない。
すると女子陣の一人がスマホを使った人生ゲームをすることを提案する。ゲームをしながら会話に華を咲かせていると、ゲームの項目に前世を決めるルーレットがあった。
ちなみに亮平の出した結果は《殺人鬼》。
突拍子もない前世に、一同大爆笑に包まれる結果となった。
しかし、一人だけ違う反応を見せた人物がいたことを覚えている。
夜の様な深く昏い眼をした美女だった。
◆
亮平は夢を見た。
霧の深い街。
日本ではない。
ヨーロッパだろうか? 石造りの建物が並ぶ街並みにビクトリア建築様式に似た建造物がある。
そんな街中で亮平はナイフを手に女性を殺していた。
女性は悲鳴を上げながら必死に抵抗するも亮平は喜々として、その凶器を振るっている。やがて女性が動かなくなると、死体を解体し始める。
そして、肉を切り分けていくうちに視界が赤く染まっていく……。
目が覚めた時には冷や汗でびっしょりになっていた。
夢の中で見た血の匂いまで漂ってくるようなリアルな夢。
夢?
本当にあれは夢だったのか? 亮平は自分が殺人を犯したのではないかという恐怖に、あの日以来、苛まれた。
そんな中、事件は起こった。
山に人の叫び声が響く。
こんな時間に何故と亮平は思ったが、ただならぬ気配にすぐに小屋を飛び出した。
外に出ると遠くから聞こえてくる叫び声を頼りに山道を駆け下りる。そこで目にしたものは信じられない光景だった。
黒塗りのバン。
側には、倒れた若い女性を取り囲む4人の男達の姿。その手には木刀や鉄パイプなどの武器を持っている。
女性の頭部は割れており、額から流れた血が顔の下半分を濡らしていた。ピクリとも動かない様子は明らかに事切れているのが分かる。
理由は分からない。
だが女性を囲んで撲殺を行った連中がまともな訳がなかった。
怒りが込み上げてくる。
この時、どうして自分はこんなことをしたのか分からなかった。もしかしたら自分も気が狂ってしまったのかもしれないと思うほどに異常な行動だと言えるだろう。
それでも、この時の亮平には、それ以外の選択肢などなかったのだ。
気付けば手にチェーンソーを握って、その場に居た。
スターターロープを引くと一発でエンジンが始動した。
排気口から大量の白煙が噴き出し咆哮を上げる。
男達は自分達しか居ないと思っていただけに、闇の中に立つ亮平とチェーンソーの存在に化け物に遭遇でもしたような顔をする。
亮平がスロットルレバーを引くとガイドバーの周囲をソーチェーンが高速回転し始め甲高い金属音を奏でる。
そして、亮平は一気に加速して距離を詰めると男の首目掛けて振り下ろす。
血と共に男の絶叫が上がり、切断された首が落ちる。
1人目。
残り3人の男は逃げ出す。
だが、亮平は追い冷静にチェーンソーを振るう。
2人目の腹を裂く。
3人目の脚を切断した。
残るはリーダー格と思われる男のみ。
男は懐からS&W M19を抜き亮平に銃口を向けるが、亮平は構うこと無く男の脳天に高速回転する刃を振り下ろすと、そのまま頭蓋を砕いて命を絶った。
◆
その後のことは、あまり覚えていない。
街を亮平が歩いていると、眼の前に合コンに居た美女がいた。
「お目覚めね」
女の言葉に亮平は反応した。
「僕に何をした」
女は薄ら笑いを浮かべて答える。
それが、お前の本性だと。お前こそ切り裂きジャックなのだと告げるのだった。
【切り裂きジャック】
19世紀のロンドンに現れ売春婦を次々に残虐に殺害し、忽然と姿を消した謎の殺人鬼。
彼が行ったとされる犯行は五件だが、関係を疑われる事件も多く、それらも本人の犯行と仮定すれば約8人から20人を殺害していると言われる。
「僕の前世が殺人鬼……。お前は誰だ」
その問いに女は答えた。
私こそが、世界の災いを招く女なのだ、と。
女の姿は風化するように消えていく。
最後に聞こえた言葉はこうだった。
あなたの活躍を楽しみにしているわ……。
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