42話  先生とミリナの父。

「ふー………」


 ブロア様の容態はかなり悪い。


 とりあえず止血剤と痛み止めで処置をして、睡眠薬を使い眠らせた。


 下の食堂へ行くと、ミリナちゃんと父親のエイリヒが待っていた。


「ブロアさん、大丈夫なんですか?」

 泣きそうな顔をして聞いてくるミリナちゃんになんとか平然とした顔を作り「旅の疲れが出たみたいでね、今はもう眠っているよ」と伝えた。


「よかった……」

 ホッとした顔がまだまだ幼い。


「心配かけたね、そろそろ子供は寝る時間だ。明日目が覚めたらブロア様に会ってあげて欲しい。喜ぶと思うから」


「はい!」

 わたしとエイリヒの頬にキスをした。


「父様、おやすみなさい。先生もおやすみなさい」


 そう言うと安心したのか自分の部屋へと向かった。




「ブロアさん……いえブロア様はお身体が悪いのでしょう?」

 エイリヒは聞きづらそうに話を振ってきた。


「………まぁ、どう見ても誤魔化せませんよね」


「うちの者達が酔って絡んでご迷惑をおかけしたのも要因ですよね?あいつらにはしっかり罰を与えますので……申し訳ありませんでした」


「まぁ多少ストレスを与えてしまったことは否めないとは思いますが、今日もし悪くならなくても明日なっていたかもしれません。まだ宿の中で体調を崩してくれたので、わたしとしては助かりました」


「……本当は事情をお聞きするつもりはありませんでした。このまま明日お別れをするつもりでしたので」

 エイリヒは流石にいろんな国を回っている商会の当主だけある。

 聞いていいこと、聞かない方がいいこと、相手の空気を読んで話を振ってくる。

 わたしは、先ほどまで彼に海のことを聞いていた。世間話の一環として聞いていたのでブロア様の容態のことは話してはいなかった。


 でもあのブロア様の姿を見て仕舞えば、どんな人でも思わず心配してしまうだろう。


 か細い体、脇腹からの出血、真っ青な顔。そして倒れてしまった。何かあったはずだと思われてしまう。




 ブロア様を連れて行こうとしていたのは、友人が住んでいるブラン王国の海。


 わたし達が住んでいる国からは馬車を飛ばして2週間以上かかる場所にある。だが突然公爵家から姿を消してしまっている。


 あの公爵家のことだ。ブロア様のことなんて探すこともなく放っているかもしれない。


 だけど、もし探しているのならできれば足取りは知られたくない。


『ジェリーヌのようにブロアが同じ病に倒れないか定期的に検査をして欲しい。病に効く薬も探し出して欲しい』


 公爵がジェリーヌ様のことを心配しながらもどんどん歪んでいく様子を見てきた。目を逸らし他の女に手を出して、家庭を顧みない。


 ブロア様に対しても父親失格な態度しか取らない公爵が病のことだけは心配をしていた。検診のあとは報告書を必ず提出していた。


 ブロア様が病を発症した時も本来なら真っ先に公爵に報告するのが当たり前なのに、わたしは雇い主からの命令に背き、ブロア様のお願いを優先した。


『先生、お願い誰にも言わないでください』


 病気のことを告げた時、ブロア様はそう言った。


 自分の死を怖がるどころか、簡単に受け入れてしまった。生きることを諦めている姿が忍びなくて、わたしの方が辛かった。


 そんなブロア様がジェリーヌ様の日記を手渡すと嬉しそうに微笑んだ。


『お母様の日記……』


 ブロア様は愛に飢えていた。


 父親からは冷たい態度を取られ続けていた。兄からも助けてもらえるどころかやはり放っておかれた。


 6歳だった少女にとって屋敷での生活は辛いものだっただろう。


 報告書には必ずブロア様の健康状態とは別に屋敷での生活についても書き添えていたが公爵は興味すら持ってはいなかった。


 ブロア様は家令や使用人達からの嫌がらせに対しても諦めたように怒ることもなく、淡々と過ごす人だった。


 みんなブロア様を冷たい人だとか無能だとか、悪い噂ばかりしているが、本当は素直で優しい子だ。ただ人との接し方がわからない不器用な子ではあった。


 誤解されやすい。それは仕方ないことだと思う。王太子妃教育を厳しく受けさせられ、学校にも通えず友人を作る暇すら与えてもらえない。早くから執務まで行い、眠る時間すらまともに与えてもらえない。

 まともに人との接し方すら教えられていない、知らないのだ。


 知っているのは大人相手に執務を行うこと。


 過酷な状況で過ごしているのに、無能扱い。


 わたしにもっと力があればブロア様を助けられるのにわたしのような低位貴族ではいくら医師をしていてもなんの力もない。助けることすら儘ならない。


 幼い頃から見守ってきたブロア様の最後の願い。わたしは公爵に逆らいブロア様を最後まで看取ると決めた。


 だが今の状態ではわたしと年取ったヨゼフ、御者だけではブロア様を最後まで守ることができそうもない。


 この目の前にいる商会の当主に頭を下げてブロア様を助けて欲しいと頼むしかなかった。








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