41話。 これはもう意地でしかないのかもしれないわ。
宿で知り合った女の子、ミリナは何故かわたくしに懐いてしまった。
一緒にずっと話をしていた。
可愛い女の子、わたくしが失ってしまった笑顔を持った少女。
次の日には旅立つと言ったら何処に向かうのかと興味があるのか聞いてきた。
「わたくし、海を見てみたいの。ミリナはまだ小さいけどたくさん旅をしたのなら見たことあるかしら?」
「わたしの住んでいる家は海の近くにあるの。ブロアさんは何処の海を目指しているの?」
「わたくし……?何処なのかしら?」
考えてみたら知らないわ。体調が悪くて何処にいくかなんて聞いていないもの。全て先生とヨゼフにお任せしていたわ。
「えっ?わからないのに目指してるの?」
「ふふふっ、ほんとそうね。先生に聞いてみましょう」
先生はわたしとミリナが話している間、別のテーブルでミリナの父親と話していた。
「先生」
声をかけるとこちらを向き「どうした?」と返事が返ってきた。
離れた場所の先生に大きな声で聞くのも嫌なので席を立とうとした。
だけど足がガクッとして力が入らなかった。そのまま床に崩れるように倒れ込んだ。
「ブロア様!」
先生が慌ててわたくしを抱き起こして椅子に座らせてくれた。
「ごめんなさい、ずっと座っていたから足に力が入らなかったみたいなの」
最近は薬のおかげで歩く時もふらつくことなく歩けるようになっていたのに……傷も随分治ってきて、このまま海までなら難なく行ける気がしていた。
まさか……突然こんなことになるなんて……心の中は動揺していたけど、ミリナの前では平気な顔をした。事情のわからない彼女の前で辛そうな顔はできない。
まだ少女のミリナにはわたくしの事情なんて知る必要はないし、言う気もない。
可愛い少女の笑顔のまま、お別れしたい。
「ブロアさん、大丈夫ですか?服が……血が……」
ミリナの言った言葉に周りが驚いてわたくしをみた。
わたくしのお腹の辺りから血が滲んでいた。
傷は治り始めていたのに……転んだから?
先生が「部屋に戻りましょう。急いで治療をしよう」と言った。ミリナは青い顔をしていた。
ーーこんなひどい姿を見せてしまった。
ミリナの父親がわたくしを抱きかかえて部屋へと連れて行ってくれた。ベッドに寝かされるとすぐに部屋を出て行った。
先生が診察用の鞄を抱えて部屋に入ってきて、服を脱がされ傷に当てているガーゼを取って……
「また血が滲んで、出血していますね。転んだ時に傷口が開いたのだと思います……それに足に力が入らなかったのだろう?」
「ええ、どうしたのかしら?さっきまで歩けていたのに……」
「薬の副作用で今まで押さえ込んでいたのが反発を始めてしまったのかもしれません」
「副作用?」
「ブロア様のよく仰る苦い薬は、効果は期待できるのですが副作用が出やすいのです」
「言っていたわね……確かに」
「こちらの宿で数日過ごされてはいかがですか?」
「わたくしの命は海に行くまで持つのかしら?」
先生はしばらく答えなかった。
そして……
「約束は出来ませんがあと一月持てばいいかと……」
先生がわたくしから目を逸らした。今までそんなことしたことない人、わたくしの病気にも真摯に付き合ってくれた。
なのに目を逸らした。
「………わかったわ…先生、あの苦い薬をちょうだいできるかしら?」
「もうかなり飲んでいます、やめておきましょう」
「駄目よ。今飲まなければ行けなくなるわ。約束したでしょう?みんなで海を見ようと……」
先生は悲しそうにわたくしをみた。
「先生、わたくしの死を心配するよりも海へ行くことを考えてちょうだい。ここまできたら意地よ。絶対に見て死んでやるんだから」
わたくしの言葉に先生は悲しそうにただ微笑んだ。
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