25話 わたくしの最後のわがままなの。
先生はすぐにわたくしを馬車に乗せた。
「息子に手紙を書き置きして、必要なものを揃えたら追いかける。ヨゼフ、ここへ行け」
ヨゼフは乗って来た馬車を先生の屋敷に置き、先生の所有している馬車にわたくしを乗せてすぐに出発した。
あの屋敷に残されたサイロとウエラのことを思うと辛い。ネックレスも取り戻せなかった。
だけどわたくしの命は……そんなに長くはない。元々短かった命。さらに短くなってしまった。
二人はわたくしについて来てくれると言ってくれた。だからこそ連れていけない。
家令がわたくしを刺した時点で彼は犯罪者。ならば尚更連れていけない。ずっと冷遇されて来たのは二人も同じ。家令が居なくなれば公爵家での二人の立ち位置はもう少し良くなるはず……お父様には頼むつもりはないけど、お兄様に手紙を書いた。
家令が公爵家のお金に手を出していたことを。
元々家令を放っておくつもりはない。だけど、ぐちゃぐちゃになるまで放っておくのもいいのではと思いそのままにしていた。
でもわたくしがいなくなったら二人のために居心地のいい職場にはするつもりだった。ヨゼフ達庭師や陰でわたくしに良くしてくれた使用人達にも。
お兄様がわたくしの願いを聞き入れてくれるかわからない。屋敷を出ていくわたくしに少しでも同情してもらえるように手紙を書き留めた。
それが届く頃、わたくしはこの国にはいない予定だ。サイロは恨むかもしれない。
でも彼らにはまだ長い人生がある。
わたくしのために犠牲になってはならない。
ヨゼフのことは……先生に頼むしかないかしら。先生は薬草の栽培をしているのでヨゼフなら雇ってもらえるだろう。
「ヨゼフ、ごめんなさい。少し眠ってもいいかしら?」
そろそろ麻酔が切れ始め、痛みがひどくなった。そして熱も上がってきた。
二人に結局迷惑をかけてしまった。一人でなんとかしようなんて所詮無理だった。
眠りにつきながら………
「みんな……ごめんなさい……」
意識が朦朧となり何度もうわ言を呟いていた。
目が覚めた時………先生が近くにいてくれた。
「……せ…ん…せい」
「やっと目覚めたか……かなり熱は高いしこのまま死ぬかと心配したんだ」
「神様は……まだわたくしを死なせてはくれなかったのですね」
わたくしは少し体を動かそうとしたが、まだ思うように動かなかった。
先生が体を支えてくれてクッションを背中にあてて起こしてくれた。
「………ここは?」
「わたしの別荘だよ。ブロア様はジェリーヌ様の故郷に帰りたいと言ってたけど本当は違うと言っただろう?だからとりあえずここで安静にして君の行きたいところへ連れて行くつもりだ」
「ご迷惑をおかけしました。わたくし、お母様が幼い頃話してくれた海を見てみたいのです。お母様の故郷にも行きたい。それは本音でした。
でも今のわたくしには二つの場所には行けそうもありません。ならば海というものを見てみたい。湖よりも大きく見渡す限り水しかないと聞きました。それも、水なのに飲むことができない、塩っぱいのだそうですね。
この国からはとても遠い。でも海を見てみたい………ふふっ……もうすぐ死ぬというのにこんな体で無理なのはわかっているの。わかっているからこそ行ってみたいの」
「貴女の体が持つか、それとも途中で……賭けですね」
「ええ、わかっているわ。こんな我儘サイロなら聞いてはくれないわ。サイロは過保護だから」
「主治医としても聞き入れられないですよ」
「そうね、だから黙って行こうと思ったの」
「ジェリーヌ様の日記ですね?」
「お母様も亡くなる前に一度でいいから見てみたかったらしいの。でも叶わなかったわ。だからお母様のネックレスを持って海へ行ってみたかった。ネックレスは返してもらえなかったけど、わたくし一人でも行って……お母様に教えてあげたい。どんなに綺麗だったか……」
「この国は内陸にあるので海を見ることはなかなか難しいですからね。みんな憧れて……でも海に行ける人はほんの一握りです。
わたしも若い頃海を目指しました。とても壮大で感動したことを覚えております」
「憧れだもの、夢を叶えてみたい。一度くらい……」
ーーセフィルとの結婚はできなかったけど一度くらい我儘を叶えたかった。
本当は、屋敷を出て頼んでいた護衛と海へ向かう予定だった。
護衛の人達には前金は渡していたから、約束を破ったけど……損はしていないわよね?
後日、先生にお願いして謝罪の手紙を渡してもらおう。
「まずは長旅ができるくらいしっかり治療しましょう」
「先生……ありがとうございます」
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