7話。  リリアンナ様の突撃。

 やっとベッドから起き上がれるようになった。


 その間、サイロがセフィルに対応していたらしい。

『セフィル様が何度も来られてお断りするのが大変でした』と、めんどくさそうに話してくれた。


 家令はわたくしのことには興味がない。お父様がわたくしを嫌っているし、特に殿下との婚約破棄から屋敷の使用人達の態度はさらに悪くなった。


 巷で悪女と呼ばれるわたくし。

 使用人達にすら嫌われている。唯一わたくしのメイドとして動いてくれるウエラ。


 16歳の少女でわたくしの悪い噂を耳にしても変わらず主人としてわたくしのために働いてくれる。

 サイロとウエラのおかげでこの屋敷でなんとか暮らしていけている。二人がいなければかなり辛い日々が続いていただろう。


 セフィルと会うことを断っていたというのになぜか今、目の前にはリリアンナ様。


 我が家の客室でお茶を飲んでいる。


 これは家令がわたくしに断りも入れずリリアンナ様を態と屋敷に入れたのだ。




「お忙しいところ申し訳ありません」


 可憐な可愛らしい笑顔。

 もしわたくしが男ならこの笑顔に一瞬で落ちるのだろう。


「何か急な御用がありましたか?貴女が来られるとは聞いておりませんでしたが?」


 わたくしは、なんの先触れもなく来たリリアンナ様に一言嫌味を言ってみた。


「急用?」不思議そうな顔をしてコテンと首を傾げた。


「ええ、先触れもなく突然来られたので」

 わたくしの言葉に「ああ、ごめんなさいね。ブロア様にお話ししたくて」と上から目線で返されてしまった。


 それも初めて会って話すのに、公爵令嬢であるわたくしの名前を許可なく呼んだ。


「バクスタ様、わたくし貴女に名前を呼ぶ許可を与えてはおりませんが?」


「許可?」またキョトンとした顔をした。


「セフィルはいつも『ブロア』と呼んでいるわ。だからわたしもそう呼んだの。どうして怒られないといけないの?」


 わたくしのせいで傷ついたと涙ぐむリリアンナ様。他の人たちが見れば彼女の姿に庇護欲が唆られ、わたくしが悪女のように見えるだろう。


「はああ」

 わたくしは思わず大きな溜息をついた。


「わたし、今日はセフィルのためにここに来たんです。セフィルを早く解放してあげてください!婚約解消の話が出ているとセフィルの屋敷の使用人が話してました!毎日ここに来て解消の話を進めようとしているのにブロア様が拒否していると聞きました!」


「貴女がセフィルの代わりにわたくしに頼みに来たのかしら?」


「頼み?違うわ!ハッキリと教えてあげに来たの!セフィルは悪女の貴女と婚約させられてとても困っているの。優しくて真面目なセフィルは悪女の貴女を突き放せなくて我慢していたのよ。やっと婚約解消できそうなのに、貴女がセフィルの邪魔ばかりするから!我儘もいい加減にしてください!もういい歳なんだから、将来有望なセフィルにしがみつかないで、後妻にでもなったらいいんじゃないですか?」


「……………」


 わたくしが目が点になって固まっていると壁際から大きな笑い声が聞こえてきた。


「ぶっ!わはははは」


 サイロがお腹を抱えて笑い出したのだ。


「サイロ、笑うのはおよしなさい。バクスタ様に失礼よ」


「ぐっ、ははっ、申し訳ありません」

 サイロが笑いを堪えながらリリアンナ様に謝ると、リリアンナ様が真っ赤な顔をしてプルプルと震えていた。


「なに、この騎士?失礼にも程があるわ!公爵家の騎士がこんなだと、品格も落ちるんじゃないかしら?ちゃんと床に頭をついて謝って!」


 ヒステリー気味に怒り出した彼女にサイロは笑うのをやめて床に膝をついた。


「サイロ、部屋から出なさい」


 サイロはわたくしの言葉を無視した。そして床に頭をつけようとした。


「サイロ、命令よ!謝るのはやめなさい!謝ったらわたくしが許さないわ」


 サイロはわたくしの顔をじっと見た。


「サイロが笑ったことはわたくしが謝るわ。だけどわたくしを馬鹿にした発言に対しては貴女の家に対して抗議させていただくわ」


「わたしが悪いと言いたいの?悪女でみんなに嫌われている貴女になにができると言うの?」


 リリアンナ様は見た目は可愛らしく見えるけど、中身はなかなかの性格。

 甘やかされて育ったのか常識すらない。


「わたくしの護衛騎士が貴女に対して笑ったこと、わたくしがお詫びいたします。ですが今日のところはこれでお引き取りください」


 わたくしは怒りを抑えながら低い声で扉を指さして帰るように促した。


「あんたなんか、この社交界では相手にされないんだから!また醜聞が増えたわね!みんなに今日のこと話してやるんだから!」


「どうぞご自由に」


 わたくしは扉を開けた。


 リリアンナ様はわたくしとサイロを睨みつけて帰っていった。



「お嬢、すみませんでした」


 サイロは項垂れたまま謝った。


「なんであんなに馬鹿にされないといけないんですか?俺は床に頭をつけて謝るのなんて平気なのに、お嬢に謝らせてしまった……」


「わたくしが嫌なの。大切な貴方にそんなことさせたくないの。わたくしの悪い噂なんて一つや二つ増えても困らないわ」


 だってサイロはわたくしのことを思ってくれる唯一の家族なんだもの。






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