6話  『ふざけんな!』サイロはわたくしにとって兄みたいな人なの。

 セフィルから毎日のように会いたいと連絡があるものの、体調が悪いと断りを入れた。


 あの不味い薬は本当に不味い。

 体のだるさやキツさはとれる。だけど……不味すぎて食欲がなくなる。


 おかげで違う意味で体調が悪い。


 先生が毎日往診に来てくれた。

 これは家令には関係なく、お父様からの直接の命令で、幼い頃から定期的に来てくださるので、わたくしのことが嫌いな家令も拒否できない。

 たぶんお父様の命令ではなければ、先生にも断りを入れていただろう。幼い頃にわたくしに酷い虐待をしていた侍女のサマンサが仕出かしていたことも見て見ぬ振りをしていた一番の張本人。


 彼が筆頭に見て見ぬ振りをするから使用人達はそれでいいと思っていたのだ。幼いながらにサマンサと家令に嫌われていることはわかっていた。


 だから敢えてお父様には、家令のことは言わなかった。

 どうして?

 自分でもよくわからない。

 たぶんあのお父様に伝えたところで、助けてなどくれない。さらに罵倒されるのがオチ。ならば普通に生きていけるのだからあの人に言う必要などないと思った。



 今日もベッドで横になっていると、サイロが顔を出した。


「お嬢、体調は?」


 二人っきりの時のサイロは全くわたくしを敬わない。敬語はどこかへ消えてしまう。


「うーん、まあまあかな。そろそろ動かないといけないとは思っているの。ねえ?準備は出来てるかしら?」


「弁護士には婚約解消のための書類はもう渡したよ。あと公爵家を除名してもらうためのサインを書いた書類も渡してある」


「うん、わたくしの宝石は売れたかしら?」

 サイロが持っていけば泥棒と思われてしまうので、我が家に出入りする宝石商の人に予め声をかけておいた。だからサイロが持って行ってもきちんとした金額を査定して銀行へ入金してもらえることになっている。


「ここにいくらで買い取ったか書いた紙を置いとくよ」


 そう言って枕元に紙を一枚置いてくれた。


「サイロ、貴方はやはり此処で働いたほうがいいと思うの。わたくしは一人でこの屋敷を出ようと思うの」


「お嬢、今更何言ってるんだ。貴女の計画に乗った時から俺はついて行くと決めたんです。貴女が死ぬ時まで俺は貴女の護衛騎士として過ごすと決めたんです。だから今更置いていくなんて言わないでくれよ」


 わたくしが死ぬことを知っているのは先生とサイロだけ。


 サイロには偶然先生と病気の話しをしている時に聞かれてしまった。


『先生、わたくしの余命は?』


『あと一年もてばいいところでしょう。早く病が進行してしまえば半年持たないかもしれません』


『誤魔化さないで伝えてくださってありがとうございます』


 こんな会話をしていた時だった。

 サイロが急ぎで持ってきた手紙をわたくしに渡そうと部屋を訪ねてきて、聞いてしまったのだ。


 サイロはどんなことでもヘラヘラ笑いながら上手にこなしてしまう。怒ったり笑ったり感情を表に出したりはしない。


 そんなサイロが先生の服を掴んで

『ふざけんな!お嬢が死ぬ?そんなことあるわけがないだろう!』と怒鳴った。


『お嬢はやっと幸せになるんだ!そんな嘘絶対言うな!』


 サイロが泣きながら怒鳴るのをわたくしは何も言えず俯いて………死ぬことは悲しくて怖いはずなのに、わたくしが死ぬことを認めないと言ってくれるサイロに感謝した。


 わたくしが死ぬことを悲しく思ってくれる人もいるのだと……






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