3話  あなたには幸せになって欲しいの。

「セフィル、おろして。わたくしの体に触れないで。サイロを呼んできてちょうだい」


「何故ですか?俺がそばに居て看病します」


「結構よ。婚約解消しようとしているのにどうして?優しくしないで」

 わたくしは大きな声で「サイロ!」と叫んだ。


 少し離れたところで護衛をしているサイロ。彼はどうしたものかと距離を置いて見守っていた。


 どうみてもわたくし達が仲睦まじくしているようには見えないだろうに、婚約者であるセフィルを立てて見守ってくれていたようだ。


 ーーこんな時だけ変に真面目なんだから。


「お嬢様、どうぞこちらへ」


 そう言ってサイロが生真面目な顔をして両手をわたくしに差し出して来た。

 ーーー絶対これセフィルを煽ってる。

 サイロはわたくしの護衛騎士として長年そばに居てくれる兄のような人。


 そしてわたくしの恋心を知っている。だからなのかわからないけど、いつもセフィルに対して揶揄うことばかりしている。


 わたくしは幼子のようにサイロに両手を伸ばした。セフィルは「なんで……」と悔しそうに呟いた。だけどわたくしを抱き抱えていた力が抜け、サイロにわたくしの体を委ねた。


 サイロはわたくしをお姫様抱っこすると「お嬢様、帰ります?」と態と耳元で聞いてきた。

「ええ、お願い」そう言ってサイロの首に手を回しサイロに体を預けた。


 セフィルに振り返ることなく彼の前を去っていく。


 ーーこれでいい。

 セフィルにサイロとの仲を勘違いされてもいい。わたくしが気まぐれで婚約解消したがっていると思われるのが一番だもの。

 でもまさかあんなに抵抗するとは思わなかった。喜んで解消すると思った。


 公爵家の騎士団長より王立騎士団で出世する方が身分も地位も安定すると思うのだけど。

 我が家の公爵の地位はお兄様が継ぐことになるだろうし、わたくしの婿になったら公爵家が持つ余っている爵位をもらうことになるだけ。いいように利用されるのは目に見えているわ。


 それなら愛するリリアンナ様と結婚出来る方を選べばいいのに……わたくしに情でも湧いたのかしら?お情けで結婚なんて惨めでしかないのに……


 サイロが馬車に乗せてくれた。


「お嬢様、顔色がかなり悪いです。屋敷についたらすぐに医者を呼びましょう」


 そう言って先に馬を走らせて去って行った。


 侍女のウエラが少しでも移動中、楽になるようにとクッションを引き詰めてくれたおかげで、屋敷までなんとかだるくてきつい体を誤魔化してやり過ごすことができた。


 だけど自力で馬車から降りることが出来ず、先に帰り待ち構えていたサイロが抱き抱えて部屋まで連れて行ってくれた。


 すぐにお医者様が来た。


「みんな部屋から出て行って」


 わたくしの一言でウエラもサイロも部屋を出て行った。


 お医者様が溜息を吐いた。

「無理をしましたね?あなたの体は無理ができない。本当は動き回るのもキツイはずです」


「わたくしの病はとても珍しいもの。少しずつ体が弱っていき最後は静かに眠りにつく……お母様と同じ病気……黙っていれば他人には気づかれないわ。だから先生、静かに見守って欲しいの」


「あなたのお母様も同じことを言ってお亡くなりになりました。誰にも知られず最後まで普通に過ごされて……わたしの力では助けることが出来ない。だが今もなんとか助からないかと治療法を探しています。最後まで諦めないでください」


「ありがとう、だけどいいの。わたくし、生きていても誰にも必要とされていないのよ?」


 先生が眉根を寄せて悲しそうな顔をした。


「先生、そんな顔をしないでください。わたくしは殿下に婚約破棄をされた女よ。そして今また愛する人がいるのに無理やりわたくしと婚約させられたセフィルを、飽きたと言って捨てようとしているの。わたくしが死んでも悲しんでくれる人はいないわ」


 ーー別に卑屈になってなんかいないの。


 華やかな容姿は冷たい人として見られ、公爵令嬢として自らを律して生きて来たわたくしには友人という者がいない。そして、心許せる人もいない。わたくしを心配してくれる人もいない。


 そうただそれだけ。


 だから心残りはない。あるとすれば……セフィルには幸せになって欲しい。それだけなの……








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