第3篇 渇いた慟哭

「本当にここで見つけたのか?」


威圧的に言われ、骨と皮ばかりの落ち窪んだ目で男を見上げた少女は、かすれた声を上げて頷いた。


「どこにもねぇじゃねぇか!」


怒号と共に殴り飛ばされ、少女は悲鳴をあげて倒れ、狭い洞窟の壁に頭をぶつけ、そのままズルズルと崩れ落ちた。


「チッ、役立たずが……!」


吐き捨てた男だったが、ライトを洞窟の壁に向けて停止した。

そこには、銀色の上半身を岩に半ば同化させたマネキン人形のようなモノがあったのだ。


「ひえ……」


男は息を呑んで後ずさった。

しかし、その「人の形をしたモノ」に動く気配はない。


「な……何だ、あるじゃねぇか……」


引きつった声を発しながら、手に持っていたツルハシでそれを叩く。


「こんなに壊れがねぇジェノサイドロンは久しぶりだな。これは」


そこで、男の声が失くなった。

瞳を真っ赤に明滅させた銀色のマネキンが、目にも止まらない速度で腕を振り抜いたのだ。


辺りに人間だったものが汚らしい音を立てて撒き散らされる。

ギギ……という機械音をたてながら、マネキンは血まみれの腕で、自分を拘束している岩を叩き割った。


そしてゆっくりと地面を踏みしめ、地面に転がっている「人間だったもの」を見た。

岩で傷ついていた箇所がゆっくりと塞がっていく。


「おはようございます。私の型式はスティーブン三百五十三号機。眼前殲滅対象を破壊しました。続いて索敵に移ります」


機械音が、マネキン人形の開かない口の奥から漏れる。

「それ」は、洞窟の床に倒れたまま動かない少女に近づくと、その顔を覗き込んだ。


「おはようございます。私の型式はスティーブン三百五十三号機。あなたに『救済』は必要ですか?」


少女はかすれた視界で「それ」を見た。

その口元が緩み、小さく彼女は笑った。



少女の名前は、シェリーと言った。


スティーブンと名乗った機械は、彼女を殺さなかった。

結果的に、シェリーはその殺人ロボットに救助され、シェルターに運び込まれた。


そこで治療を受け、彼女は保護を受けた。

不思議と、恐怖は感じなかった。


大戦時代に人間を殺して回った殺戮兵器、ジェノサイドロン。

まだ動いている個体に保護されながら、シェリーは数年を暮らした。


スティーブンと名乗る殺戮兵器は、シェリーと数々の話をした。

戦争のこと。

今まで彼が戦ってきたモノとのこと。

血なまぐさいものだったが、シェリーはスティーブンに関しては、一度も拒否をしなかった。


ただ、分からなかったのは、彼がどうして自分を殺さなかいのかということと。

そして、どうして保護してくれているのか、ということだった。



更に数年が経ち、シェリーは病に冒された。

不治の病だった。

遺伝子レベルでの組織崩壊。

そして意識の混濁、記憶障害。


徐々に動けなくなり、シェルターの中で寝たきりになったシェリーは、天井を見上げながらぼんやりとスティーブンに言った。


「ねえ、スティーブン」

「何でしょうか?」


食事の用意をしながら、スティーブンは答えた。


「もしも、ねぇ、もしも。私が死んだら……」


スティーブンの手が止まった。


「あなたは、それからどうなるの?」


だいぶ長いこと、「それ」は沈黙していた。

そしてポツリと言う。


「シェリー。あなたは、救われていますか?」

「私……」


シェリーはぼんやりとした思考の中で、彼に言った。


「救われてるよ。近くに、スティーブンがいてくれるから」

「そうですか」


モーター音を立てながらまた食事の準備に戻り、スティーブンは続けた。


「では、それでよいのではないでしょうか?」

「そうなのかな……」


シェリーは小さく咳をして、押さえた手に血が転々とついているのに気がついて、慌ててそれを隠した。


「私はね……」


シェリーはスティーブンに背を向けて横になった。


「あなたと、ずっと一緒にいたいな……」



薬が、足りなかった。

シェリーの症状を緩和させる薬が。


私は、近くのヒトの集落を襲った。

沢山の抵抗する人間達を殺し。

目的の薬を手に入れて、シェルターに戻る。


それだけのはずだった。


戻った私が見たものは。

燃え盛るシェルターと。

それを取り囲む、武装した人間達の姿だった。


焦っていたのだ。

いつもはもっとシェルターから遠いところを襲撃していたのだが。

拠点を先回りされて叩かれた。

それはもはや、私が行っている「殺戮」ではなく。

恐怖からくる「報復」それそのものだった。


「あそこだ! ジェノサイドロンがいるぞ!」


私の手に持っていた薬のアンプルが、地面に落ちて割れた。

シェリー。

炎に包まれている中、彼女は逃げられない。


助けなければ。

シェリー。


シェリー、シェリー、シェリー、シェリー。


言葉にならない絶叫が迸った。

手近な人間を千切り飛ばして燃え盛るシェルターに突入する。


燃え盛り、崩れたシェルターの中には。

既に事切れたシェリーが転がっていた。


ああ。

手の中に抱き上げた、力を失った軽い肉袋の重み。


ああ。

どんなに抱きしめても。

どんなに声をかけても。


もう、彼女は動かない。

もう、彼女を救えない。


スティーブンの目が赤く明滅した。


「おはようございます。私の型式はスティーブン三百五十三号機」


彼はいつの間にか、機械的に言葉を発していた。

崩れたシェルターを踏みしめるように立ち、「それ」は言った。


「『残存人類』を発見しました。これより、彼らを『救済』します」



それはバグなのか。

システムが起こしたエラーなのか。

何かが歪んで起こした、きまぐれだったのか。


それを知るのは神だけだ。

神がいればの話だが。


スティーブン型ジェノサイドロン。

それは、「人間」に「死」という「救済」を与える機械。


救済とは何なのか。

それは、彼はいまだに分からない。


分からないが、彼は。

崩れ去ったシェルターの下に埋めたシェリーに今日も会いに来て、そして。


天を仰いで、声にならない慟哭をするのだった。

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