コの命の生き先は

ヌヌヌ木

第1話 優しい呪い



 ーーーーーーーーーーーーーーーーやばい。

やばい。やばい。やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 今までの人生で苦労を知らない高校生の青年は、生まれてから初めて焦りを覚えていた。



 それはそうだ。何故なら、青年の身体は宙に浮かび、目下には荒々しい岩肌が見えていたからだ。

ーーーーーーーーその腕に大切そうに抱えられた、小学生程の少年と共に。ーーーーーーーー



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 青年は何をしても完璧にこなし、身長も高く顔も美形であった。しかしその最高のスペックに一切胡座をかかず、性格面まで完璧な所謂「完璧超人」だった。

 しかし青年には、一つの欠点があった。

それは、出来損ないの弟を持っていることだ。

 無論、青年はそんな弟を愛しており、軽蔑や差別などとは無縁だった。1人の大切な家族として見ていた。

 しかし周りはそうではなかった。青年の友人、先生、家族。周りからは「青年の足を引っ張る枷」と言われ、馬鹿にされていた。

 その声に対してだけは、心優しい青年は声を荒げ、その言葉を取り消させる。何故なら青年にとって、弟は大切な家族なのだから。能力が低いなど関係なかったのだ。

 しかし青年の両親はそうではなかった。将来有望な青年に対し、弟は完全な劣化品だった。何をしても兄に負け、顔の綺麗さも、兄と大して変わらない。

 青年と少年の両親にとって、弟は「要らない」のだ。何をとっても兄よりダメ。産んだのを心底悔やんでいるだろう。


 ーーーーーじゃなければ、あんな凶行に走らないだろう。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 青年と少年は落下する。もうすでに5秒は落ちている。しかしまだ落ちる。あと8秒もすれば、地面に着くだろう。



ーーーーーーーー死ぬ。



 青年はそう確信し、目を閉じる。


「兄ちゃん!!」


 声が聞こえた。腕に抱えられた少年ーーー弟のだ。


「安心しろ!!兄ちゃんがいる!!お前だけは絶対に死なせない!!目を瞑っていろ!!」


 力強く返事をする。弟は黙り込む。それでいい。兄の死体なんぞ見たくないだろう。


「ーーーーーーーーーーーーーー僕、これでいいのかな?」


 弟が訳の分からないことを言う。何を、と返事をしようとした瞬間ーーーーーーーー




 青年の身体は少年を下敷きにする形になっていた。

少年が身体を動かして、自身を庇う青年との立場を逆転させたのだ。要は弟が兄を庇う形になったのだ。





「ーーーーーーは?おい、他」





「兄ちゃん」












「大好ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー










 その日、天才の青年、田中遥人の弟の少年が崖からの転落で死亡したことが全国に報道された。

 死因は転落死。しかも即死だった。








「やっと死んだか」



「これで家族3人で仲良く暮らせるわね♪」










*********************







 「魔界」では、猛烈な雨が降っていた。しかもこの季節にしてはおかしい寒さに見舞われている。季節の変わり目かな、なんて思っている暇はない。

 『魔王』「デリエブ・シクサル」が死んだ今、魔族を保護する者がいなくなり、魔界は無法地帯と化す一歩手前だった。

 一方で、人間国家は、強盗、虐殺、拷問、あるいは奴隷。魔族を好き勝手出来る現状に置かれ、各国は大賑わいだった。それはそうだ。なぜなら戦争景気で仕事も増えて金も入るのだ。しかも労働力は魔族奴隷を使えばいい。

 デリエブは『勇者』「ハルト・タナカ」に討伐された後に、自身の財産を全て明け渡した。その代わりとして、1日の猶予を魔族達に与える事を約束させた。

 ハルトはそれを人間国家に寄付し、『勇者』の立場は絶対的になりつつあった。しかし、ウハウハな人間達にも唯一問題があった。


それはーーーーーーーーーー



魔王の息子がまだ生き延びていることだ。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」




 雨が降りしきる夜を、1人の少年が駆ける。その見た目は頭をフードで隠し、その少年が持つ黒髪ーーーーーーと髪に隠れる短い角を見せないようにしている。



 「彼」は逃げていた。

  全てを呑み込む闇から 降り止まぬ雨から

 鳴り止まぬ雷から 体から熱を奪う冷気から




 そしてーーーーーーー自分の命を狙う者から




「嫌だ 死ねない 死ねない 死にたくない…」



 「彼」は草叢に身を隠す。彼は怯えていた。

雷の音に 止まない雨音に 失われていく熱に




そしてーーーーーー死」を届ける声にーーーー




「おい!確かにこっちに行ったはずだよな⁈」


「ああ、だがもう見失っちまった」


「クソ魔族ごときが、ちょこまかと動きやがって」


 男の声だ。しかも二つ。そして、その声の主は自身の命を奪いに来た人間軍の追手だった。

彼は歯軋りしたい気持ちを必死に殺し、聞き耳を立てる。ーー決して、音を出さないように。

 



ーーーーーここで音を出せば、確実に死ぬ。

自分には、戦うスキルがないのだからーーーー




「何で……何でこうなったの?お父さん……悪い事した?」



誰にも聞こえないような静かな声が漏れる。その声は、虫の羽音にすら及ばないような、弱々しい声だった。




*********************



ーー人魔大戦から1日が明けようとしていたーー


 第13代魔王で、『愛の魔王』「デリエブ・シクサル」の死亡から1日、魔界は大混乱に陥っていた。

 逃げ惑う魔族たち、半壊した魔王城。それは最早デリエブが創りたかった国とは程遠い、悲鳴と土煙が湧き上がる地獄絵図だった。


「ライン様、貴方はお逃げください」


そう言ってきた女性は、デリエブが組織した魔族の役職、<四天王>の1人、<慈愛>のキーラだ。

 「彼」ーーーラインからすれば、先生的存在かつ、忙しい父に代わる母親代わりのような人だった。


「だ、駄目だよキーラ、ぼ、僕も戦うよ!」


 そう精一杯の虚勢を張るが、彼女は優しくにっこりと笑いーーーギザ歯なので少し怖いが

     ーーーーーーラインを抱きしめた。


「ーーーーそれは、命令ですか?ライン様」


「あ、ああそうだ!僕も父さんーーデリエブの息子だから、最後まで戦ーーーーーーーーー」


 「ライン様、足が震えていますよ」


「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーあ」


 この時ほど、自分の身体を憎んだことはない。駄目だった。死への恐怖に、勝てなかった。屈服した。

否ーーーーーー最初から屈服していたのだーーーーーー


「ライン様、私は、死ぬのは怖いですよ?」


「………………え」


 そんな訳がない。そうなら、彼女は逃げる準備をしている筈だ。しかし、彼女は完全武装し、戦う気しかないようだ。


「私は、貴方を置いて先に逝くのが、何よりも怖いのです。貴方はまだ幼い。それなのに、これほど辛い目に遭わなくてはいけないのか。私は世界を憎みそうです」


「ーーーーーー」


「ですが、私は安心しました。貴方は逃げることを選んでくれた。戦うことと比べて、生存確率は格段に高い。」


「ーーーーーーキーラ」


「はい」


「ごめんね 本当にごめん」


「いいのですよ。私はーーーーーーーーーーー


 その時、扉がバン、と大きな音を立てて開き、全身筋肉なゴリマッチョ魔族が入ってきた。四天王の1人、<万力>のゴレアスだ。


「おいライン様!キーラ!!敵来るぞ!!急いで脱出しねぇと!!」


「………………ライン様、これを」


 そう言ってキーラが渡したのは、バックと袋だった。袋には、赤や青などの様々な石が入っている。


「ーーーーーーこれは、魔石か?」


 「はい、高純度から低純度のものまで。低純度のものなら明かりや熱として使えます。高純度のものは、売ればかなりの額になるでしょう」


 実はこの魔石、今回の人魔大戦の人間軍の目的でもある。魔界には魔石の鉱脈が広くあり、しかも高純度のものが大半を占める。父デリエブはこれを人間国家との交渉材料にしたが、鉱脈の所有権をめぐり争いが起き、これを理由に「魔族は人間を誑かそうとしている」という難癖をつけられ、戦争に至っている。


 目の前で父が亡くなったことのしょうもない原因を見て、ラインが苛立っていると、ゴレアスが呼んだ。


「ライン様、気持ちは分かるけどよ、絶対アンタの役に立つ筈だから持っていってくれよ。」


「ゴレアス、絶対という言葉を使うな。貴様の脳では計算は無理だ」


「なんだとテメェ!!もういっぺんいってみろ」


「やめんかお主ら。ライン様が怯えるじゃろうが」


 と言って、メガネをかけた男と、ローブを纏った老婆がやって来た。この2人も四天王、<不壊>のゾルテウスと<星詠み>のラウスだ。ゾルテウスは智略家、ラウスは占い師である。


「ライン様、私の計算の結果、貴方が逃げ延びられる確率は約20%です」


「なんだよゾルテウス、そんだけしかないのか?」


「黙って聞けゴレアス。ーーーーーーこの数値は、我々<四天王>が、一切抵抗しなかった場合の数値です。」


「ーーーーーーーーーーーーえ?」


 ラインが呆けた声を出した時、残り3人は静かにーーーーーーゴレアスはデカい声で答えた。


「なんだ、そういうことは最初に言いなさい、ゾルテウス」


「ハッ!そんだけかよ!じゃあ、一丁やっか!!」


「ゴレアス、お前は絶対強制だぞ」


「知ってるわ…ってテメェゾルテウス!!今テメェも絶対って使ったじゃねぇか!!ぶん殴るぞ!!」


「お前はどうせ暴れるだろう」


「そうだけどよ!!ッチ!!何か腹立つ!!」


「まあ、言わずもがなよな。ワシも本気を…」


「………………ってちょ、ちょっと待って!みんなは逃げないの?僕は大丈夫だから!みんなで逃げようよ!そうすればーーーーーー」


「ーーーーーーライン様、悪い、俺は今日初めて、アンタの命令に背くぜ」


 と、ゴレアスが言った。他の3人も否定しない。

ーーーーーー完全に、逃げる気がないようだ。


「ーーーーーーそんな」


 絶望した。逃げる時は自分1人で逃げなくてはならないのだ。何よりーーーーーー


「ーーーーーーみんな、死ぬ気なんでしょ?」


 4人は何も言わない。ただ、こちらを見て、やる気と少しの悲しみを表した笑顔を浮かべるだけだ。


「ーーーーーー。ーーーーーーーーーーーー。ーーーーーーーーー分かった。逃げてくるよ」

 僕も覚悟を決める。裏口に進み、ドアに手をかける。


 「「「「ライン様!!!!」」」」


 4人から声をかけられる。そしてーーーーーー


 「ーーーーーー愛しています」

 「ーーーーーー愛してるぜ」

 「ーーーーーー愛しております」

 「ーーーーーー愛していますじゃ」




 ーーーーーーーー優しい"呪い"を、残された。






*********************




ーーーーーーこれは、人間とほぼ変わらない魔族として生まれた主人公「ライン・シクサル」の物語であるーーーーーー

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