ストレージ――格納スキル持ち騎士が裏社会の帝王になるまで

実文 出砂

ロビン・ベイツと森の少女

 ロビン・ベイツはまばゆい陽の光に目を細め、無意識に木陰に足を踏み入れた。

 夏が近い。


彼は辺りを見回して深呼吸した。まるで緑の宝石のような森は、そこで深く息を吸うだけで身体が清められるようだった。

今が危険な任務の最中だということも忘れてしまいそうだ。

 ヘヴンズフォート王国騎士団・犯罪捜査局――それがロビンの仕事だ。


「随分緊張感がないですね。ロビン先輩」

彼に声をかけた小柄な女性はキャトリン・フィングルトン。

ロビンの後輩――つまり彼女もまた騎士団の一人だ。切れ長の目を引き絞り、嗜める声は鋭いがどこかまだ幼い印象が拭えない。


「少しは肩の力を抜いたらどうだ? 君みたいにいかにも騎士団様ですが? ってな圧を放ってたらこの森からみんな逃げだしてしまう」

「私! そんな風に見えてます!?」

キャトリンが詰め寄る

「……現に俺が今逃げたくなった」

 ロビンが冗談めかして一歩後ずさった。

「でもこの状況じゃ肩に力が入るのも仕方無いでしょう?」

キャトリンは押し殺した声で呟く。


「私達、いつ魔弾に貫かれるかわかりませんから」


「狩りの狙いは亜人族だ。いきなり騎士団を狙うタマじゃないさ。……奴ら卑怯者は」

 ここまで終始ノンビリとしていたロビンの瞳に、隠しようもない怒りの色が浮かんだせいだろうか。キャトリンは気まずげに押し黙った。


亜人族が住むこの美しい森で【狩り】が行われるようになったのはつい最近のことだ。

 最初は野生動物の狩猟に亜人族が運悪く巻き込まれたものだと考えられていた。だが二度、三度と彼らが魔法による凶弾の餌食となったことで、これは亜人族を狙った事件として認定された。

そしてその捜査を担当しているのが、王国騎士団の犯罪捜査局であるロビン達のチームだ。


「来ますかね……」

「来るさ。亜人相手だからお遊びで狩りの対象にする。そんな奴らが慈悲の心や自制心を持ち合わせてるわけがない。自分の快楽に抗えずにまた狩りに来るさ」

ロビンはそう吐き捨ててギュッと拳を握り込んだ。


今や表立っては誰も口にはしないが、亜人族は一般の人々・社会から低く見られている。

ロビンはそのことを思うといつも胸が苦しくなる。だが根本からの解決策がなければ、いくら正義を訴えたところで人一人変えられない事は痛いほどわかっていた。何も出来ない歯がゆさに日々身悶えするばかり。そこに起こったのが今回の事件だ。


「でも普段ノンビリしてる先輩があそこまで熱くなってたのが意外っていうか」

「……これはただの捜査じゃない」


――騎士団による亜人狩りの本格的な捜査。

亜人を守るための捜査を強く進言したロビンが疎まれなかったかというと、決してそうではないだろう。

騎士団が亜人を守るという前例が出来ることは、組織に居座る古い世代の重鎮から不興を買ったに違いない。

それでもまだ良識を持った者が上の方にいたらしい。

この捜査が最終的に認められたことで、ロビンの胸中に騎士団への忠誠と誇りが俄然燃え上がった。

いや、燻るほどにまで小さくなっていた炎が再燃したというべきか。

「騎士団としての正義や誇りにも関わる……だろ?」


入団してもうすぐ3年目。

仕事では悪人を見事捕らえられる時もあれば、そうでない時もある。死力を尽くしてそれでも力が及ばなかったのなら、それはまだ仕方がない。

最悪なのは組織による【都合】や外部からの【圧力】によって、死力の「し」すら出す間もなく捜査が打ち切られることだ。

それは決して珍しいことではなかったし、騎士団の仕事を選んだからこそより目の当たりにするようになったと言える。


絶望の淵に立たされた被害者遺族が、耐えきれず命を絶ったこともある。

あとほんの少しの時間があれば捕らえられた明らかな犯罪者が、今も騎士団本部の近くで生活していたりもする。

そんな日々の中、次第に心のどこかで「騎士団も結局はただの事なかれ主義の役所だ」という諦観が芽生えたものだ。


だけどそうじゃなかった。


「正義……誇り……。はい。私も色んな『大人の事情』で悔しい思いをすることがありましたから でももしこの捜査が上手く行けば」

「ああ。変わるよ。色々なことが」


 今回の犯人を捕まえ罰することができれば、騎士団――ひいては王国が宣言する形になる。

 亜人の命は人々と同じ重さだと。


木漏れ日が天から希望のように差し込んでいた。

いずれ近い将来、古く偏見に満ちた因習が一新される萌芽を感じ取り、ロビンは公私を問わずこの森へ足を運んでいる。

「だから絶対に……」


 カシャリ

背後から落ち葉を踏みしめる音が聞こえた。


「キャトリン、警戒しろ」

「……っ はい!」

 亜人族なら何度か顔を合わせ、森の長からも「騎士団が警邏している」と皆に通達されているはずだ。黙って近づいてくるとすれば野生の動物か、或いは――


「ロビンにいちゃん!」

 背後の茂みからヒョコッと顔を出したのは、亜人の少女だった。


「なんだ、ノエミィか! いつの間に気配を消す達人になった? キャトリンお姉ちゃんより上手だぞ?」

「ちょ……先輩!? 」

「かくれんぼすき」


ノエミィは小さな体躯をめいっぱい伸ばしてロビンに抱きついた。

「わぁ、なんか力も強くなってるな? もしかしてお母さんを傷つけた奴ら、もう食べちゃったか? 俺の仕事無くなっちゃったな! 」

「たべてないもん! おいしくないもん!」

 ノエミィはくすぐったそうに笑ってようやく身体を離した。


二度目の亜人狩りの際、被害にあったのがノエミィの母だった。その捜査の際、娘であるノエミィに妙に懐かれて、今ではすっかり仲良くなったのだ。

「先輩……普段無愛想なくせに、妙に子供に好かれますよね?」

キャトリンの呆れたような声は、誉めてるのか貶してるのかわからない。

「そりゃ俺も子供だからさ。ああ……先週、ようやく物心が芽生えたところだ」

サラリと返すロビンに、キャトリンは今度こそ本当に嘆息した。


「ロビンにいちゃんあのね」

 ノエミィのなにやら真剣な眼差しに気づいて、ロビンは体を屈めて視線を合わせた。

「ノエミィ、おおきくなったら騎士団にはいる」

その熱のこもった言葉を聞いて、ロビンは胸中に温かいものと――同時に冷たいものが去来するのを感じた。


これまで亜人が騎士団に入った例は……


「ノエミィちゃん……あのね……?」

持ち前の真面目さから助け舟を出そうとしたのだろう。キャトリンが慎重に言葉を紡ごうとする。

 だがロビンはそれを遮った。

 深く息を吸って、ノエミィの目を真っ直ぐ見つめて言い放った。


「ノエミィなら……入れるさ」


「ロビン先輩……?」

 その言葉はノエミィに、そして誰より自分に言い聞かせているようだった。


「いっぱいご飯食べて、いっぱい特訓して」

 組織の【都合】や汚い大人たちの暗部を……



「いっぱい人に優しくすれば」

 そうだ。ズルズルと蔓延ってきた無意識の歪んだ視線を……



「きっとノエミィは立派な騎士団員になれるよ」

 俺達が変えないといけない。

いずれ彼女が堂々と胸を張って、騎士団の門戸を叩けるような世界へ。


今回の犯人を捕まえれば、その一歩が拓ける。


「ノエミィ、がんばる……!」

 ロビンはノエミィの頭を優しく撫でる。頭についた大きな耳が、嬉しそうに揺れた。

 

「だから、またノエミィに乗って? ロビンにいちゃん」

ノエミィが元気にお願いした。


「っ!? ロ、ロビン先輩!?」

 ノエミィが無邪気な顔で放った言葉にキャトリンは気色ばみ、その様子にロビンもまた大いに誤解されてると気づいて狼狽した。

「いや待て! 今の言い方に語弊があって……見てもらえば分かるんだ!」

「見ッ……? 何を見せるっていうんですか!? 見られて興奮するタイプですか!?」

 ああ……

 

 何やら揉めている大人二人をぽかんとして見上げていたノエミィに、ロビンは慌てて頼み込んだ。

「ノエミィ、このお姉さんに見せてあげてくれ!」

 ノエミィはニコリと微笑んで地面に四つん這いになった。

 

「え、いきなりそんな……! これは犯罪です! 騎士団に通報します! あ、私達がきし……ああもう! ダメッ」

 キャトリンは意味不明なことをまくし立てながら慌てて目を覆う。

 突然、ノエミィを中心に風が巻き起こった。

 流石に目を開けたキャトリンは眼前の光景に後ずさる。

「これは……私……初めて見ました」

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