第17話 工具屋の青年の実演販売の話。

 皆さんこんばんは、夏目漱一郎です。

九月に入って、朝は少し涼しくなったんじゃないかと思います。いや、たまたま台風で海がかき混ぜられて一時的に海水温が下がっただけかもしれません。ちゃんと涼しくなるのはもう少し後になるかもしれませんね。


 ところで今回の台風、皆さんのところは大丈夫だったでしょうか?僕のところは幸いそんなに大事にはならなかったんですが、雷雨のせいで何回か停電になりました。 最近はPCを使っている事が多いので、停電になる度にPCがぶっ壊れたりしないかと心配になります。まったく、あれは心臓に悪いですよ。 それに、昼間ならともかく夜停電になるとそれこそ真っ暗闇になってしまうので、常日頃からそういう事態に備えて手頃な大きさのライトを用意しておかないといけません。スマホのライトはバッテリーが勿体ないしローソクだと火事の心配があるので、専用のライトを用意しておくといいかもしれませんね。


 実は、自動車の整備の世界でも、作業用ライトというのはとても重要なツールなのです。作業用のライトは手元を照らしながら作業をする為に、明るさや軽さはもちろんの事ですが、狙った所に光を当てたまま固定が出来る構造(マグネット等)。そして、落としても壊れない耐衝撃性(これは大事です。使用中、よく床に落とすんですよ)が求められます。そういう条件を全て備えたライトというのはあまり売ってないのですよね。


 僕が自動車ディーラーを辞めてから有限会社の自動車整備会社に転職して、数か月が経った頃です。


「夏目君、午後から工具屋さんが工具見せに来るから、何か必要な物があったら言ってね」

「えっ、もしかして買ってくれるんですか?」

「必要な物はね。だって、工具って高価たかいじゃない。個人で買うの大変でしょ? 会社で買えば経費になるから」


そんな事を、社長の奥さんが僕に言うのでした。 社長の奥さんは60代後半くらいで僕ら従業員の給料関係の計算や、電話の応対、接客をしてくれている人でした。

ディーラー時代は、工具なんて自分で揃えるのが当たり前でしたから、会社で工具買ってくれるなんて事はなかなか無い事でした。 そして、工具屋さんですが、店舗を構えている所もありますが、大抵は荷室に屋根の付いたハイエースや特殊なトラックに工具を積んで、自動車整備工場を回って工具を売っています。


 「作業用ライトの良い物があったら、欲しいんだけど」

と僕が言うと、工具屋の青年は『それなら、がありますよ』と自信に満ちた表情で言うのです。

そして、トラックの荷台にある引き出しから、細長い板状のLEDライトを出してきたのです。大きさ2x20センチ位のLED部分に充電式のバッテリーが付いたもので、軽くて大きさも手頃、そしてマグネットも付いていてしかも明るい。自動車の整備に使うにはなかなか便利そうなライトでした。

「へえ、なかなか使いやすそうでいいね」

「でしょ? しかも、んですよ!」

「え? それだけじゃないというと?」

僕も品質のいい作業用ライトを探していたので、そのままだったらそれを買っていたかもしれないのです。 あの工具屋の青年が余計な事を言わなければ。


「これ、から!」


いったい、何を根拠にそんな事を言っているんでしょうか、この青年は。

「いやいや、世の中に『絶対』なんて無いから。そんなライトがある訳ないでしょ」

「それが、あるんですよ。ちょっと見ていて下さい」

その青年はそう言うと、持っていたLEDライトをのです。

「ちょっと! 何してんの!」

いきなり商品のライトを地面に叩きつけるなんて、この青年は頭がどうかしてしまったのではないかと本気で思いました。しかし、それは青年がLEDライトを売る為のパフォーマンスマンスだったのです。つまり、と言いたかったらしいのです。青年は、そのライトを拾うとスイッチを点けて「ほら、壊れないでしょ?」と、得意そうな顔で言うのでした。それを見た僕は「これはスゴイね!」と、驚いて見せれば良かったのですが、僕は生憎その青年の、という行為にすっかり引いてしまい。そういったリアクションがとれないでいたのです。そうなるとその青年ものです。

 はっきり言って不愉快でした。物を修理する事を仕事にしている人間の前で、いくら商品を売る為とはいえ地面に叩きつけるなんて行為はするものではありません。見るに見かねて「もういいよ!」と、僕が言おうとした時でした。青年が叩きつけたライトが変な方向に跳ね返り、工場の前の道に沿って流れていたのです。


「あ・・・・・・・・・」


川の深さは、晴れている時ならせいぜい20~30センチ。川の高さ自体は二メートル位あるのですが、梯子を使えばライトを拾う事は出来ます。


「川に落ちちゃったけど?」

「え、ええ……まあ……」

二人で落ちたライトを見ていると、そこに様子を見にやってきた奥さんが合流してきました。

「アンタ達、なにやってんの? 川なんて見て」

「いや、川にライトが落ちちゃったんですよ」

「川にライトが?……」

そう言って奥さんはなんとも不思議そうな顔をして、川のライトを見つめています。

とでも言いたそうな表情でした。


「いや、あのですね……」

「とってあげようか?」

奥さんが親切心で言うものの、すっかり居心地が悪くなった青年は、もう、一秒でも早く帰りたい様子で荷物の片づけを始めていました。

「大丈夫ですよ、ライトの一つや二つ、在庫はいっぱいありますから」

そう言って、青年はそそくさと帰ってしまったのです。


工具屋が帰った後で、川を眺めていた奥さんが僕に訊きました。

「ねえ、夏目君。あのライト、もう使えないの?」

「いや、使えるんじゃないですか? なんたって、だそうですから」

「絶対壊れないライト? そんなものある訳ないじゃない」

「でも、あの工具屋がそう言ってたんですよ。絶対に壊れないって」

すると、奥さんは数秒考えたあとに僕に言うのです。

「まだ使えるんだったら、あれ取ってきてくれない? 勿体無いでしょ?」

「そうですね、わかりました」


僕もそれはちょっと気になっていたので、工場から梯子を持ち出して川に下ろし、落ちていたライトを拾いました。さて、LEDは点くのでしょうか?



スイッチを入れると、無事にLEDは点きました。耐衝撃性だけでなく、防水性の性能もなかなかのものです。さすが、青年が自慢するだけの事はあります。





但し・・・・・・・・・





さすがに、地面に何度も叩きつけたらそりゃ割れますよ。





何事も、限度というのは大事なんです。



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