第2話


         ※


「ふぅ~ん、いろいろあるのねえ、銃器って」


 ……呆れかえって何も言えない。強いて言えば、当たり前だろ! って感じだ。

 現在俺は、自分がこの部屋に運び込んだ銃火器を全て広げ、どれを携行すべきか思案している。


 今回のような閉所での戦闘や、人通りの多い市街地戦。それらを想定すれば、この街のように人口密度の高い場所での戦闘には拳銃がベストだろう。

 敵が防弾ベストなどを装備していてもきちんと始末できるような、やや大型の自動小銃も欲しい。

 念のため、暗視スコープや手榴弾、コンバットナイフも。もし、装備できそうなら。


 いろいろ考えたい。それなのに、対面からの視線を感じてなかなか上手くいかない。


「っつーかさ」

「何?」


 俺は後頭部を掻きむしりながら、その場で屈みこんでいる七原と向き合った。


「どうしてお前の選択肢に対戦車ロケット砲があんの?」

「え? だって強そうじゃん!」

「強そう、って……。ああっ、たく……」


 七原の銃器に関する知識は、まさにザル同然。

 自分も銃火器を持ちたい。そう言って七原が並べた銃火器の中には、確かに対戦車ライフル、熱線追尾ミサイル、そして件のロケット砲などがある。だが、こいつらがいかに使いづらい代物なのか、想像できないのだろうか?


「あのなあ、派手にドンパチやるわけにはいかねえだろ? 俺たちは昔のハリウッド製アクション映画の主役じゃないの。脇役に徹して、いざって時に敵を精確に排除する。それだけ」

「そんなあ! でも、あたしだって習えば撃てるんでしょ?」

「いやまあ、そうだけど。でも誰に習うってんだ?」

「……」


 俺を凝視するな、俺を。俺はお前の教官じゃないし、実戦部隊の隊長でもない。

 まあ、好奇心いっぱいの視線に晒されるのは悪い気はしない。とりわけ、コイツの真ん丸な瞳の前では。……って。


「何を考えてるんだ、俺はあああああああ!!」

「うわっ! ちょ、どうしたのよ?」

「任務に私情は持ち込むべからず! だよな、七原!」

「そ、そりゃあ、そうでしょ?」

「ぐあ……」


 いや、これは私情というより煩悩だ。

 別にやましいことを考えていたわけじゃない。異性とこうやって交流する機会が、俺の人生では極端に少なかったという話だ。

 え? 家族? まあ、いてくれりゃあそれはそれで楽しかったのかもしれないけどな。


「どうしたの? 顔、赤いけど?」


 俺の顔を覗き込もうとする七原。対する俺は、羽虫を追い払うようにシッシッと手を振るう。その手を額に当てて、がっくりと項垂れた。

 そうか。戦闘モードにスイッチが入っていないと、こういう弊害があるわけか。


「さ、早く選んで頂戴。あたしも少しは運ぶの手伝ってあげるから」

「そいつは有難いな」


 そう言って、俺は肩を上下させた。

 俺の嫌味な溜息は、しかし通用しない。なんで俺は、こんなヤツと共同戦線を張ることになったんだか。


 まあ、それはさておき。

 どうあがいても、この部屋でドンパチがあったことは隠せない。すぐに警察の知るところとなるはず。さっさと出立するに限る。


「それじゃあ――」


 俺が選んだのは、拳銃二丁(二十二口径、三十八口径)と弾倉二つずつ、米国製の最新式自動小銃と弾倉三つ。閃光手榴弾二つに、コンバットナイフを一丁。


「結構持つのねえ」

「他人事じゃねえぞ。お前にだって持ってもらうんだからな」

「はいはい。拳銃二丁?」

「ああ。もし戦闘が始まったら、どっちでもいいから俺に寄越せ。お前、射撃下手そうだし」

「大きなお世話!」


 バシン! と背中を叩かれ、俺は勢いよく顔面を床に強打した。


「おい何すんだよ!? 俺たちこれからバディなんだから、お互い大事にしなきゃ駄目だろ!」

「バディ? え、いつから?」

「ああ……」


 俺は自らの失策を悔いた。自己紹介は不要としても、敵か味方かははっきりさせておくべきだった。


「最初に言っときゃよかったな。俺は葉崎絢斗。防衛省陸上自衛隊、特殊戦部隊第六係所属。階級は三等陸曹長だ」

「ふむふむ。……あ、あたしの番ね。名前は七原薫。警視庁特殊戦略作戦科、実働部隊所属。階級は警部補。よろしくね、絢斗!」


 は? 名前呼び? 別に嫌ではないが……。


「名字で呼んでくれ。中途半端に友好的だと作戦時に支障が出る」

「そんな~、仲良くしたっていいじゃない!」


 その一言に、俺の脳内は一瞬で沸騰した。


「ふざけるな!!」

「っ!」


 許せないという思いが、足先から脳髄を貫く。

 八つ当たりだとは分かっている。分かっているんだが――。

 こうなっては、俺に自制は利かない。無理なんだ、この感情を押さえ込むのは。

 怯んだ七原に向かい、思いっきり腕を伸ばす。今度は俺が彼女の襟首を引っ掴み、ぐいっと引っ張り上げた。


「俺たちがやってることは、人を傷つけることなんだ! 生きるか死ぬか、生かすか殺すか、その重責を俺たちは背負ってる! そうやって、俺たちが手を汚すしかないんだ! 仲良しごっこしてる場合じゃねえんだよ!」


 俺が怒鳴り散らしている間、七原は何も抵抗しなかった。ただ、さっきと同じ真ん丸な瞳、それを覆う瞼を吊り上げ、信じられないものを見るような視線で俺を串刺しにしていた。


「……ふん」


 俺は軽く突き飛ばすようにして、七原を解放した。数歩後退り、七原は体勢を整える。

 すっと視線をずらすと、そこでは佐々木が気絶したまま行儀よく寝かされていた。負傷した足には包帯が巻かれている。もちろん、七原の仕業だ。


 さて、そんなこんなで準備は整ったし、俺は両頬をぱちんと叩いて自分に気合いを入れた。


「行くぞ、七原。早くここから――」


 と、言いかけて、俺ははっとした。ドアの向こうの廊下の先、メインエントランスの方が騒がしい。まさか、もう警察が? しくじったな。ここから脱出するにはどうしたらいい?

 すると、七原がぐっと唾を飲んでからこう言った。


「あたしに任せて」


         ※


 ドォン、という衝撃音。

 七原が、凄まじい勢いで壁面に鉄拳を見舞ったのだ。


「うわ……」


 さっきの壁面破りも、この鉄拳によるものだろう。七原は長い息を吐いて、すっと右腕を引いた。

 壁に空いた大穴から漂ってくるのは、海を間近にした時の感覚だ。

 海生生物の生臭さや、臨海コンビナートの夜間照明。行き来する船舶を見ていると、また新たな空気が引っ張って来られるような雰囲気が漂う。


 まあ、当たり前か。ここは臨海都市であるどころか、そもそも街全体が海に浮いているのだ。いわゆるメガフロートというやつで、通称ヘキサゴン。今この瞬間も、東京湾に浮かんでいる。


 元々、海洋経済の発展を目指して造られた超巨大建造物。――だったのだが、立地の問題で不法移民や犯罪組織の巣窟となってしまっている。

 せっかく研究施設を移転させてきた大企業も、貴重な人材を危険に晒すわけにはいかない。結局、残ったのは悪党ばかりだ。


「……」

「葉崎?」

「ん、ああ」

「どうしたの? そんな怖い顔して」

「怖い顔? 誰が――ってうわっ!」


 急に視界がぐるりと回転し、ずいっと七原の顔が近づいてきた。

 バッ、ち、近い近い近い!


 どうやら俺は、お姫様抱っこをされているらしい。屈辱的なことに。

 七原から離れようと腕を振り回す。と、片腕が何かに触れた。柔らかくて弾力のある何かだ。

 俺はそれが何なのか、すぐに察した。と同時に酷い頭痛を覚えた。

 ……こんなところでラッキースケベをやっている場合じゃねえだろうが。何が悲しくて、多感な(のか?)少女の胸に手を当てているのか。

 さっき自分で見た通り、そこそこボリュームのある――。


「ねえ葉崎。ここから叩き落としてあげようか?」

「いや、お前の握力ならこのまま俺を圧殺できるんじゃないか?」

「そう、だね。あはははは!」

「お、おう! こういう時は笑うんだよ! だはははは!」

「んなワケあるかい!!」

「うわーーーー!!」


 次の瞬間、大きな風切り音がして、同時に身体が宙に浮いた。

 しかし、自分が地面に叩きつけられる気配はない。どうやら俺を抱っこしたまま、七原が飛び下りを決行したようだ。


 そこまで考えが及ぶ間に、七原はしっかりと着地していた。

 ヒュンヒュンと警報音が鳴っている。どうやら駐車場の車を一台、クッションとして踏み潰したらしい。

 車の所有者に、損害賠償請求は警視庁へ、とでも伝えておくべきだろうか。


 って、そんなことを考えている場合じゃない。


「七原! 大丈夫か?」

「ん? なんともないけど。葉崎こそ、平気なの?」

「あ、ま、まあ……」


 高さ二十三、四メートルはあったぞ。コイツの身体、一体どうなってんだ?


「あ、そうだ葉崎」

「何だよ?」

「……いい加減、あたしの胸から手を離してくれないかしら?」


 あ。こりゃ失敬。

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