第25話 探索と邪魔者
学園が終わり、俺とイグニアは一旦解散したあと、再びランタン邸のそばで集合した。
「すまない、待たせたか?」
「いや、今来たところだ」
待ち合わせの時間ちょうどに現れたイグニアは、騎士団の鎧を身に纏っていた。
騎士団員には、国から武具が支給される。その中でも鎧は相当質が高いらしく、驚異的な防御力を持ちながら、装着者の動きを阻害しないよう工夫がなされていると聞いた。
「どうした? ……そういえば、貴様にこの恰好を見せるのは初めてだったな」
「ああ、想像以上に似合っててびっくりしたよ」
「ほ、本当か⁉ そうか……似合ってるか」
イグニアは、嬉しそうにニヤニヤし始めた。実際のところは知らないが、最年少騎士というだけで、周囲から色眼鏡で見られることもあるのだろう。なんでもない言葉で喜んでいるイグニアを見て、俺はわずかに同情した。
「……っと。話し込んでいる場合じゃなかったな。あまり遅くなると、屋敷の方に迷惑になってしまう」
「早速行くか?」
「ああ、そうしよう」
そうして俺たちは、ランタン邸に向けて歩き出した。
一応、フランとエレンを近くに待機させている。俺が合図を出せば、すぐに駆け付ける手筈になっている。
ランタン邸は、俺の実家と同じくらいの規模だった。手入れの行き届いた庭を進み、玄関のベルを鳴らす。
「……聞くところによると、ランタン夫人は金遣いが荒いらしい。財産を湯水のように使っていたという噂だが……ダケットが犯罪に手を染めた原因は、そこにあったのかもしれないな」
「気の毒だな……そいつは」
なんて会話をしながら待っていると、メイド服を着た黒髪の女性が扉を開けた。
年齢は三十代くらいだろうか? 少々擦れた感じはあるが、かなりの美人だ。
「……どちら様でしょうか」
「私、騎士団のイグニア=シュトロンと申します」
「はぁ……」
「殺害されたダケット=ランタン様について気になることがありまして、不躾なのですが、彼の部屋を調べさせていただけないでしょうか」
「……申し訳ございません。その要請にはお応えできかねます」
そう言いつつ、メイドは何故かジッとイグニアを見つめている。
事情を察した俺は、どうしたものかと考え込むイグニアの肩を、肘で突いた。
「ん?」
「イグニア、あれを見せなきゃ」
「……ああ、そうか!」
イグニアが懐からペンダントを取り出すと、メイドはひとつ頷いた。
「ペンダントを持つ者を部屋に上げよと、ダケット様から仰せつかっております。どうぞ中へ」
ホッと胸を撫で下ろすイグニアと共に、俺はダケットの屋敷の中へ足を踏み入れた。
長い廊下を進み、突き当りの部屋まで来たところで、メイドは足を止める。
「こちらでございます。私は紅茶をご用意して参りますため、ご自由にお調べになってくださいませ」
「ありがとうございます」
一礼したメイドを見送り、俺たちは部屋の中へ入る。
部屋の中には、数多の本棚があった。壁の近くには、ダケットが騎士団時代に使っていたと思われる盾や剣が飾ってある。ずいぶん年季が入っているところを見るに、彼も新人時代は真面目な剣士だったのかもしれない。
「さて、ダケットが見つけてほしいものって、なんだろうな」
「何か大きな証拠だといいのだが……すまない、こっちは私が探すから、アッシュは机の周りを探してくれ」
「分かった」
言われた通り、俺はダケットのデスク周りを探ることにした。デスクの上は何かの書類で散らかっていて、ダケットの性格が見て取れる。それらを整理しながら確認してみるが、特に情報らしいものはなかった。
続いて、デスクの引き出しに手をかける。デスクの上と同じく、引き出しの中も、よく分からないものがグチャグチャに詰め込まれていた。
「ん……?」
その中にひとつだけ、俺の目を惹くものがあった。
それは、一枚のカードだった。表には〝ベリアル〟と書かれている。どうやら〝
他のガラクタに比べ、このカードだけやけに新しく感じられた。それだけで情報と断定するのは無理があるが、一応懐にしまっておくことにした。
「……特に何もなかったな」
本棚に本を戻しながら、イグニアがそうつぶやく。
あれからしばらく探していたが、他に情報らしい情報は出てこなかった。
「アッシュのほうは何かあったか?」
「……情報かどうかは分からないけど」
そう言いながら、俺は先ほど見つけたカードを見せる。ベリアルという名前を見たイグニアは、困惑した表情で首を傾げた。
「酒場の名前か……聞いたこともないな」
「俺もだ。もしかすると、ダケットの行きつけの店だったのかもしれないな」
「ああ、一応聞き込みに――――」
そのとき、俺たちの会話を遮るように、部屋の扉が勢いよく開かれた。
「――――おやおや、まさかこんなところで再会することになろうとは」
ニマニマと笑いながら、その老人――――ブルトン=アーモンドが部屋に入ってくる。
「やはりお前は我々を探るネズミだったか、アッシュ=シュトレーゼン。自ら夜会に飛び込んできたのも、そのためか?」
「……はて、なんのことでしょう」
俺はすっとぼけた表情で、そう言葉を返す。
こいつが現れたということは、やはりここにはマフィアにとって不都合なことがあるのだ。きっとこいつの目的は、その情報をこの世から消し去ること。
「貴様、何者だ」
腰の剣に手をかけつつ、イグニアは問いかける。
「おっと、騎士団長の娘様もご一緒でしたか。他人の屋敷で逢引とは、あまり関心しませんな」
「あ、あああ、逢引などではない! これは騎士団の調査の一環だ!」
「おや、そうだったのか。本当に逢引であれば、
ブルトンが部屋に入ってくる。すると、そのさらにうしろから、筋骨隆々の男が姿を現した。
男は何かを引っ張っていた。その何かが視界に入った瞬間、俺たちは息を呑む。
「失礼、道中邪魔だったもので」
ブルトンがそう言うと、男は〝それ〟を床に放り投げた。
〝それ〟は、先ほど俺たちを案内してくれたメイドだった。首がおかしな方向に曲がっており、目から光が消えている。彼女は、間違いなく屍と化していた。
「貴様……!」
「レディがそう怖い顔をするものではないぞ? こう考えるといい。彼女
「たち、だと……⁉ まさか、屋敷にいる者を皆殺しにしたのか⁉」
「騒がれると面倒だったからな。全員黙らせておいたのだ。ほら、きちんと意味のある死だろう?」
「……ゲスめ」
イグニアが剣を抜き放つ。それに合わせ、俺もそっと背中の銃に手を伸ばした。
ここまで来たら、戦闘はもう避けられない。
「さて、精々もがいてもらおうか。うちの可愛いペットの猛攻に、一体どこまで耐えられるかな?」
ブルトンが指を鳴らすと、後ろにいた大男が前に出てくる。
大男は鼻息を荒くしながら、俺たちを見つめた。
「こいつは〝ヴィゴーレ〟という。数多の薬品投与と魔法実験によって、人体を容易く破壊できるだけの力を身に着けたバケモノだ。知性はほとんどないが、どうやら玩具遊びが大好きなようでね。よければ
「ヴォォォォオオオオオ!」
再びブルトンが指を鳴らすと、ヴィゴーレは雄叫びを上げながら拳を振り上げた。
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