人間ていいな

「紅白で大バズり。矢野しずくの正体とは!?」

1月某日に集報社から出された雑誌の表紙に書かれた見出しの1つだ。私はそれを知るなりコンビニに向かった。そしてそれを、雑誌コーナーから「引っこ抜き」レジに向かう。こんな気持ちで自分が休職中である出版社の雑誌を購入するなんて…悪夢か何かだ。


本当の事や憶測、私しか知らないはずのことなどが「ツラツラ」と書かれていた。

「なんでこんなときに…」

そしてトドメはその記事の担当が、あの「前田」さんであるということであった。


部長に電話した。「前田も仕事だからな。それは理解してくれ」と言われた。

前田さんにも直接電話して話した。「俺には家族がいて、一家の長として金を稼がないといけない。決して柏木や矢野しずくを貶めようとしているわけではない。ただ発行部数が増えれば増えるだけインセンティブが入って息子や妻が幸福な時間を過ごす事ができる。そしてその光景を観ることで俺も一緒に幸せになれる。これ以上話すことがあるかい?」

優しい口調ながらに、こんな冷酷でシビアな内容を次々と話せるこの人は悪魔なんじゃないか?そんなふうに感じると同時に、しずくの思いを踏みにじった「ニセ音楽教室」や前田さん達の事を絶対に許せないという確固たる思いがよぎり始める。

そして私が感じていた、あの会社にあったであろう優しさなんてものは本当はなかったんだという絶望が私を襲う。大人になったことに酔いしれ、大人という概念を勝手に構築して期待していた私が大馬鹿者だったのかもしれない。


「いい大人なんて、いない」


今の私はもう、世間的に何が普通な事なのかを考えると消えたくなる。

私はもう、ココまでならしても良い、これ以上は良くないという概念を世間と擦り合わせる事をしようとすると吐き気がしてくる。


望先生に相談するべきだ。

でももう、それも面倒くさい。


私はとある平日の夜遅く、前田さんの自宅に向かうために電車を待っていた。カバンには何故か学生時代に使っていた彫刻刀のセットを忍び込ませて。こんなんじゃ人は死なないかもしれない。脅しにもならないかもしれない。そんな「甘っちょろい武器」かもしれないけど。でも私はあなた達に抗議の気持ちを「見せつけてやりたい」。


「急行電車が通過します。ご注意ください」

無機質な接近アナウンスとチャイムが誰もいないホームに響き渡る。そして各停を待っていた私はなぜか立ち上がりホームの縁をじーっと見ていた。


すると…「ぐっ!!」

いきなり誰かに腕を掴まれた。

それは高橋望だった。

彼女は私を強く抱き寄せた。

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