友達

デビューするための準備を進めていくうちに初めてしずくさんと対立した。しずくさんは既存の割とクラシカルな曲に私の歌声を乗せたいと言う。「歌ってみた」動画のようなものでも良いと。逆に私はオリジナルの曲でデビューするへきだ、と思っており少し口論っぽくなった。

私は自分が目立つためにオリジナル曲を作りたいわけではない。彼女が引き立つような曲をどうにか用意したいし、歌い手がピアニストを引き立てる様な、過去にない新しい形をイメージしていた。ただ心のどこかで、流石にそんな上手くはいかないと思う自分がいたのも事実だった。

そしてここからは非常に紛らわしい。その曲作りの難易度と「歌ってみた動画の利点」に対する意識や意見の相違が口論の火種なのだと私は思っていた。が、そこではないところで議論をしたいと思っている彼女の思いに全く気付かない私に対し、しずくさんは不満を感じながら、もどかしく少し不機嫌になった。それに何度も気付かない私が繰り返し火に油を注いでしまった、というところだろうか。


彼女の真っ直ぐな心はどこまでも真っ直ぐだ。例えるなら1ミリのブレもない直線。対して正反対な私は、全ての衝撃を吸収してしまうスライムのような心の持ち主なのかもしれない。悪いことが起きそうな雰囲気があっても、結局究極に悪いことは何も起きない、みたいな人生がずっと続いてるように思う。3ヶ月在籍した出版社で少しは例えが上手くなっていると良いのだが。


ただ根底にある人間性は一周して…きっと同じだと思う。だからこそ彼女の最後の時間を一緒に過ごすことになったのだろう。


二人で演奏と歌唱の練習をしているうちにすぐに仲直りした。そしてその流れでしずく邸に初めて泊まることになった。

私自身、誰かの家に泊まる事があまりなく、遠い記憶の中では高校生の時以来だ。


白いテーブルクロスが「キッチリ」敷かれたテーブルで夕食をとる。そもそもここは彼女の父の家らしい。私にとって家というかもはや城なのだが。


彼女の母は日本人。父はとある外国の少し有名な血筋の出らしい。その国に行き名前を出すと、血が繋がっているというだけで握手を求められるくらいの。なので「向こう」にいるときはお姫様扱いだったそうだが、母が若くして病により他界。その後父の再婚と同時に(再婚相手も日本人)来日したのだという。そしてこの豪邸を建てたそうだ。


産まれは日本なので国籍は日本にあるが、本格的に日本に戻って来てよかったことが2つあるらしい。1つは他人との距離感が程よく、過ごしやすいこと。そしてもう1つがネームバリューだけでちやほやされないことだそうだ。そもそもこの話を他人にするのは初めてらしい。それを聞いて、とっても幸せな気分で食事をしている時、彼女の絶対音幹を象徴する会話があった。


「わたしね、今の話の前と後のあなたの使うフォークの音が別物に聞こえるの」

「どう違うの?」


気付けばお互いに敬語を使うのをやめていた。

そして二人の「さん」付けもなくなった。


「音の高さが違うの。今聞こえたのは幸せの高音。ただ怒ったり、怒りの感情の時に発せられる音も高音ではあるから、細かいニュアンスは私にしかわからないと思う」

「いや、言ってる意味はなんとなくだけど伝わるよ。私もそうなれたりしないかなぁ」

「人に教えたことはないし、教えようと考えたこともない。でも小音にならしっかり伝えれるかもって思う」


「やってみる?」=「教えてほしい!」


同時に喋ったがちゃんと伝わった。

これまでの人生の中で「今が一番青春しているかも」って冗談じゃなく思う。


次の日から遂に矢野しずくによる「絶対音幹レッスン」が始まった。

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