第71話 白け
「ありゃりゃ、折れちゃった。
あはははは。
次ー。」
また姿を消す黒川。
以前見た高速移動は、
なんと言うかどう動くか簡単に読めた。
彼女の気質がまっすぐだったのか、
高速移動はそうなるのか、
直線的な動きだった。
いくら速くても次が予測できれば対応できる。
だが、今の彼女の動きは全く読めない。
突然止まって踊り出したり、
新聞を読み出したり。
まるで、
狼と鳥がおいかけっこするカートゥーンだ。
予測不能の光速行動。
攻撃の威力こそないが、恐ろしく厄介だ。
「これなら、どう?」
いつの間にか俺の真後ろで、
大きな剣を振りかぶる黒川。
たぶんダンジョン仕様の剣だ。
俺は首を横に倒して、肩当てでそれを受け止めた。
ごぉん、と鐘を突く様な音がした。
「おおおあおおさきししししびびびびび……。」
意味不明な声が聞こえる。
振り替えると、
剣を取り落として両手を掲げて悶絶する黒川がいた。
この身体はパワーとタフネスを重視している。
そこに、狂人たちの頑強な装備が載っている。
今の俺は高レベルのハンターでも、
“スキル”などの補助なしの腕力では傷も付かない。
俺はしびれ苦しむ黒川を見ながらため息をつく。
「まだやるのか?」
「あは、あはははは。
すごっ……。
ずっとしびれてる。
あはははは!」
またすぐ黒川は姿を消した。
振り返ると、
ふてくされたようにどこから出したのか分からないサンドイッチを食べる黒川がいた。
彼女は口一杯にサンドイッチを入れて、
口から中身をボロボロこぼしつつ話し出した。
「あはははは。
なんなんだよ、お前?
やる気ある?」
「ねぇよ、やる気なんて。
そもそも、
俺はカウンセラーでもネゴシエーターでもない。
アンタの前に立って死なないから。
それだけが理由で呼ばれてんだ。」
本当にそれだけで呼ばれた。
俺自身、べらぼうに不服だ。
だが、それをおしてもポーションは欲しかった。
ポーションを研究所に持ち込めば調べられる。
今の俺に効果が見込めなくても、
ガーネットやネルに使用してもいい。
「報酬分は働くが、それ以上はしない。
まぁ、お互いに運が悪かったってことだ。」
「なにそれ。
あはははは。
バッカみたい。」
本当にバカみたいだ。
俺は侮蔑の顔をする黒川に同意する。
「じゃっ、そいつら殺そーか?」
黒川は部屋の角の研究員たちを指差して無邪気に笑う。
研究員たちが悲鳴を上げる。
「どうぞ、ご自由に。」
俺は心底呆れた。
そんなのが俺に通じるわけがない。
本当の黒川なら、それを重々承知だった。
だが、目の前の黒川は心底腹を立てて言う。
「それが“ヒーロー”のやること?!」
「俺は“ヒーロー”じゃないって、
いつも言ってるだろう。
俺が自分で“ヒーロー”だ、と
名乗ったことすらない。」
黒川は洋画の吹き替えのように言う。
「呆れた。
それが貴方の言い訳なら、
私はアメリカの大統領よ。」
「そもそも、そこのやつらは犯罪者と共犯だ。
死んで喜ぶ人の方が多い。
それに、俺は見ず知らずの人の生死にまで責任を持つ気は毛頭もない。
俺の仲間と友達以外が死のうがどうなろうが、
べらぼうにどうでもいい。」
はっきり言いきった俺を見て、
部屋の角の研究員たちは青ざめる。
「お前こそ、どうなんだ?
黒川さん。」
「まったくもって、同意だ。」
黒川は俺の真似をしてそう言った。
「同意か。
なら、何故“大和桜”の仲間も殺した?」
「え?
何言ってんの、コイツ。
救急車呼ぼうか?」
どうやら黒川は、
自分が殺した相手のことすら認識できてないようだ。
俺に対するこの攻撃も、たぶん認識できてない。
攻撃をしてるつもりがないから、
殺意もなにもない。
「これはまったく意味がない問答だ。
黒川さん、そろそろ帰りましょう。
俺も暇じゃない。」
「嫌だ!
あはははは!」
話すだけで疲れる。
こんなのと辛うじて意志疎通できてるだけで、
仕事は達成したと思おう。
俺は無線機に話しかける。
「こちら、櫻葉。
帰還する。
やっぱり、カウンセラーを呼ぶのがいい。」
「こちら、藤堂。
そのカウンセラー、
背中に翼付けて空飛べる人じゃないと死ぬよ?」
「そのカウンセラーなら、俺も会いたい。」
「そんなん、俺も会いたいって。
一応、俺は近くでスタンバってるから、
何かあったら呼んでくれ。」
突然、至近距離に黒川の顔が現れた。
黒川の目の焦点があってない。
俺を見ているようで、見えてすらない。
「帰るの?」
「帰りますよ。」
「じゃぁ、邪魔する!」
黒川はそう言って、
数十本の投げられたナイフと入れ替わりに消える。
雨のように降り注ぐナイフ。
だが、どれも普通のナイフだ。
たとえダンジョン仕様のナイフでも、
この程度なら俺の身体どころか、
アシストスーツの装甲にも傷は付かない。
俺は棒立ちでナイフを受ける。
ナイフはどれもこれも、
俺にあたって刃先がかけていく。
スライムヘルムに触れたナイフは弾き返されて床に落ちていく。
「あはははは。
本当になんともないね!
ふざけんな!」
顔こそ笑っているが、怒った声で叫ぶ黒川。
俺はうんざりしながら言い返す。
「攻撃したいならロードローラーどころか、
バケットホイールエクスカーベーター位持ってきてください。」
「なにそれ?」
認知度、低いのか?
バケットホイールエクスカーベーター。
大きな車輪で地面を抉る超大型の掘削重機。
世界最大の自走機械。
ただし、最高移動速度は時速六百メートル。
俺が不思議に思っていると、
背後からミタニさんが声をかけてきた。
「アルジ君、それ超マイナーだよ。」
「燃えるしゃれこうべが乗ってたら分かるか?」
俺は思わず訊いてしまう。
ネルが笑って言う。
「それでも伝わりませんよ。
あの俳優さん、
雰囲気がちょっとアルジ様に似てますけど。」
近くで見てたのか、
藤堂も無線越しにツッコミだす。
「ネルちゃん、
ホラーのチェイサーを壊せるやつじゃん、それ。
ガーネットちゃんから、なんか言ってやって。」
「本気で検討すると、
藤堂さんが乗ったらいけそうですよ。
バケットホイールエクスカーベーター。」
マジか。
思わず俺は振り返ってガーネットを見た。
藤堂も興奮して声を上げる。
「マジで?
じゃ、俺が乗った乗り物の車輪、
燃やせないとダメじゃん。
てか、日本にあるの?
バケットホイールエクスカーベーター。」
「ドイツにあるそうです。
今も無事かわかりませんが。」
すこし残念に思いながら、
俺は黒川に向き直る。
「櫻葉研究所が、アップを始めました。」
「それは俺でも、さすがに止めるぞ。」
無線から久々に聞こえた緒方さんの声に、
俺はツッコミをいれた。
ふと、気づく。
いつの間にか黒川笑顔が、
自然なものからお面のような張り付けたものに変わっていた。
「殺す。」
そう言って、黒川が攻撃を再開する。
俺か誰かが、
何か彼女の気に触ることでも言ったか?
相変わらず動きに一貫性がなく、読めない。
辛うじて分かる出現ポイントだけ目で追いつつ、
対応策を考える。
「殴るか。
捕らえるか。
捕らえるとしても、
“防人”に引き渡した途端に逃げられるな。」
時折、ダンジョン仕様の武器で攻撃されるが、
特にダメージにならない。
装甲にも傷すら付かない。
もう、黒川は攻撃に工夫したりすることもできないのか。
「なんだか、
時々私たちに攻撃をしようとしてますけど。
ガーネット様のバリアは抜けませんよ。」
「そもそもネルの幻術を見破れてないから、
全て空振りですね。」
振り返って見ると、
三人がいるかも、と言う辺りに攻撃をする黒川が時々見える。
「ネゴシエーターとして呼ばれたんだし、
捕らえるだけ捕らえておけばいいと思うよ。
引き渡した後の事は“防人”の責任だしね。
私と私たちとしては、思うところはあるけど。
アルジ君はどうなの?」
どう、か。
俺自身、黒川についてそんな意識もしていない。
仲間とも思っていない。
知り合い程度だ。
俺の過去の件もあったので、
今の状態もさもありなん、と言う感じだ。
「一つだけ、質問があります。」
俺がそう言うと、
黒川は俺の目の前で止まった。
「黒川さん、
“悲劇のヒロイン”になれた感想を教えてください。」
俺はそう言って、黒川の顔を見た。
彼女の笑顔が突然、
水をかけられたメイクのように崩れていく。
みるみるうちに、
笑顔の裏から悲痛な慟哭が現れた。
黒川は悲鳴のような、
でも、怒りすら感じる叫び声を上げる。
“スキル”のコントロールも突然不安定になり、
オンオフの切り替えすらままならない。
色んな物にぶつかり、つまずき、
転びながら彼女は建物から逃げ出してしまった。
「……これは、失敗したか?」
俺は頭をかしげながら、
去っていく彼女の背を見て呟いた。
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