第70話 面白
埼玉県、県庁のそばにある埼玉県警察本部。
そこにあるハンター用留置所に、俺は案内された。
警察官も“防人”も皆沈痛な面持ちで、俺を案内する。
警官の一人が頭を下げて話し出す。
「大変申し訳ありません。
櫻葉さんのお身体の事は承知していますが、
“彼女のためにも”貴方を呼ぶのが一番だと判断してました。」
大きなため息を吐き出し、
俺は車椅子から立ち上がる。
俺はすぐさま“触手”のスーツを身に纏い、
その上から研究所の新しいアシストスーツを着る。
今度のアシストスーツは腕やら足やらのパーツが別個独立しており、
身体の形を変えても対応可能にしてくれた。
見た目は結構ゴツいが、付けると軽い。
全て揃えて付けると、
機動戦士の赤いアーマーっぽい見た目だ。
「ここから先は、我々も近づけません。
本当に申し訳ありません。」
「何度でも言いますが、私から“攻撃”はしません。
今の私の身体では戦闘は無理です。」
「はい。
ネゴシエーションだけで、結構です。
自衛隊が藤堂さんに武器を貸与してますので、
用意でき次第、合流して貰います。
緊急時は彼と一緒に離脱してください。」
俺は何度もため息を吐く。
報酬にポーションを出すと言われたから、
仕方なく俺は“大和桜”に協力することにした。
報酬に目が眩んだのは認めるが、
納得はしていない。
理由は明確だ。
ここのところ、
何をやっても約束の報酬がもらえないからだ。
無駄骨、徒労もいいとこ。
負債しか積み上がらない。
俺はそばにいた“防人”の隊員に文句を言いたくなった。
「そちらの“魔法使い”にやらせればいいのでは?」
「無理です。
勝てませんし、制圧なんてもっての他です。
どうにも、本部はそのつもりで動いてますけど。
現場の判断は、
満場一致で貴方によるネゴシエーションしか効果がないと。」
まったくもって、
どこまでも迷惑をかけてくれる。
誰も彼も、怪我の間くらい放っておいて欲しい。
「この奥に黒川アカネ氏と人質がいます。
ネゴシエーション、よろしくお願いいたします。」
彼女による犠牲者はもう数えられないらしい。
死体は全て口を左右に切り開いてから、
殺害されていた。
その犠牲者の大半は、
ここに留置されていた国の研究所の所員だ。
先日の遺体取り替え騒動について、
聞き取りのために彼らは一旦逮捕、留置されていた。
俺はずんずん建物の奥へ進む。
「無線のテスト。
こちら、櫻葉。」
「研究所、聞こえたっス!」
「こちら、藤堂。
聞こえた。
俺は準備にもう少しかかる。
櫻葉、お前先に行くのか?」
「すこし話してみるだけだ。
藤堂、後から合流しよう。」
人がいなくなってきたので、
俺はガーネットとネルを呼び出した。
ネルに追随して具現化したミタニさんと軽く打ち合わせをする。
「黒川さん、やっぱりダメみたい。
調べたけど、
財前さんの葬儀のときには“大和桜”内で身柄を拘束されてたって。
昨日まで暴れたりしなかったけど、
誰かが財前さんの遺体の件を話しちゃったんだって。」
「回復魔法は身体的なものは治せますが、
精神的なものは無理です。
鎮静魔法も、麻酔薬的な用途ですし。」
黒川の凶行。
ミタニさんが、
警察からもらっているデータの一部を抜粋して読み上げる。
「死体は主に例の研究所の関係者複数名と、
止めようとした警官八人。
後から来た“防人”五人、
説得を試みた“大和桜”のメンバー三人。」
「クランの仲間も、か。
見境がなくなってるな。
藤堂、弾丸より動きが速い相手だ。
でっかいトリモチとかの方が効果がある。」
原因は、
国の研究所による財前吾朗の遺体の取り替え。
そよ風と共に耳に楽しげな笑い声が入ってくる。
「笑い声?」
「彼女がずっと笑ってるそうです。
財前さんの亡くなった次の日から、ずっと。」
遠くから聞こえる、
聞き覚えのある聞いたことがない笑い声。
俺はスライムヘルムを被る。
政府関係者の目が多いため、
三人には姿を消してついてきて貰う。
財前を探し回る彼女を、誰も止められなかった。
電話で安西は、そう涙ながらに言っていた。
笑い声はどんどん大きくなってゆく。
「あ!
櫻葉さん、お疲れ様!」
いつのも調子で、声をかけられた。
だが、彼女の両手には鋭利なもので切り裂かれた死体が二つ抱えられている。
どれも、苦悶の顔で口を左右に切り開かれていた。
「この人たち、
吾朗の居場所を教えてくれないんだ。
てめぇら、えぇ加減にせぇよ!
ナマゆうてたら、ギャン言わしたるからな!
あはははは!」
明らかに様子がおかしい。
笑顔で死体に話しかけている。
「もぉ、困った人。
そろそろ、話してくれても良くない?
口、割っても話してくれないんだよ?
ウケるー!
あはははは。」
一言ごとに、“人”が違う。
知り合いと話すように振る舞い。
大阪弁のヤクザのように振る舞う。
恋人のような口ぶりで振る舞い。
ギャルのように振る舞う。
「櫻葉さん、
貴方からも何かおっしゃってください。
らちがあかなくて困っています。」
笑顔で事務的に振る舞う。
でも、妙に接し方の距離感が近い。
部屋の角に集められた他の研究員たちが、
怯えて震えている。
「ねぇー。
おにぃ、もう飽きたー。
ふざけんな!
さっさと話せ!
吾朗はどこだ!」
妹のように振る舞い。
ヒステリックな上司のように振る舞う。
恫喝された生き残りの研究員たちは悲鳴を上げた。
「多重人格、じゃないな。
“黒川さんがいない”んだ。」
俺は思わず、
感じたことをそのまま言葉にした。
根拠はない。
でも、それ意外に言語化できない。
「いやだぁ、もー。
あたしは、ここにいるじゃない。
困った人ねー。
あはははは。」
そして、長年連れ添った伴侶のように振る舞い、
その顔はずっと狂った笑顔を絶やさない。
俺は思わず頭を抱えた。
「これは、ネゴシエーションなんて無理だ。」
俺の装着しているアシストスーツには、
カメラが複数個ついている。
うちの研究所がリアルタイムで見ているのに、
無線は完全に沈黙している。
俺からは研究所は見えないが、
あのうるさい狂人たち全員が絶句しているのだろう。
ガーネットがおずおずと声をかけてきた。
「アルジ様、攻撃しますか?」
「これで殴って報酬にポーションをもらうのは、
さすがに悪い。
ガーネット、とりあえず俺にバリアを頼む。
三人はすこし下がっていてくれ。
格好だけでもネゴシエーションしよう。」
ガーネットとネルはテキパキとバリアを施してくれる。
ミタニさんは真剣な顔で黒川を見ている。
「俺自身、壊れてる自覚があるが。
自覚がないとああなるのか。」
「自覚の問題じゃない。
アルジ君は、
確かに物事の認識とか認知に問題があるけど。
まだ自我には影響が薄い。
あの娘は、自我に大きなダメージがあったの。
私と私たちに覚えがある。」
壊れ果てた先で、
復讐に走った彼女らが言うならそうなんだろう。
俺はとりあえず黒川に近寄る。
黒川はたくさんの服をでたらめに着ていた。
ダンジョン仕様ではないものもあるようで、
所々焼け焦げている。
しかも、良く見ると着方がでたらめだ。
タイツスーツの脚のところへ腕を通したり、
バルドリックを腰に巻いたりしている。
それなのに、彼女のセンスのなす技か、
前衛的なドレスを着ているように見える。
いつか話をしていた、
ウエディングドレスのように見える。
とりあえず、俺は話しかけてみるとこにした。
「黒川さん。
お久しぶりですね。
うちの研究所に簀巻きで来た以来ですか。」
「そだったかな。
なんか、もと最近もあた気がするね。
でもさぁ、今は忙しいの。
見てわかるでしょ?
あれだ、櫻葉も手伝ってよ。」
片言になってみたり、
気難しい上司のようになってみたり。
掴み所がないなんて話じゃない。
これは、高速で回ってるコマか何かだ。
「手伝い?」
「そそ、コイツらから吾朗の居場所を聞き出すのさ!
なかなか話してくれないから、
物理的に口を割ってるけど。
本当に、いい加減うんざりしてきた。
どうなの?
もう皆の口を割いて切り刻んだ方が速いのかしら?」
研究員たちにそう言う素振りは、
戦隊ヒーローものの女幹部のようだ。
「財前吾朗は、死にました。
遺体はどこにもありません。
そこの人たちが、
どこかへ紛失したそうです。」
俺は静かにそう言った。
これで黒川の反応を見極める。
「なに言ってんの?
吾朗は生きてるよ。
あはははは。」
俺は安西から聞いている。
黒川が財前の遺体をあの現場で確認したことを。
どうやら認識も記憶も歪んでいる。
狂気の笑顔で彼女は笑い声を上げた。
「もぅ、なんでそんなィヂワルぃぅの?
アカネ、困っちゃぅ。
そうだ、殺そ。
あはははは!」
コマ落ちした古い映画のように、
突然俺の目の前に黒川が現れる。
まっすぐ高速で大きいナイフが俺の胸へ振りおろされる。
だが、ダンジョン仕様でないそれは、
俺に触れたとたんに砕けた。
俺は大きなため息をついて、呟いた。
「ババを引かされた。」
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