第53話 蛮勇

 テレビに写し出される、緑色のスライム。

テレビ局の撮影クルーがダンジョンに入って、

ハンターの事を説明している。

 俺についての報道は下火になってきたが、

インターネットでは今も活発に俺の事を持ち上げているらしい。

お陰で毎朝のランニングの時にパパラッチの追跡がかかるため、

べらぼうにうっとうしい。


「知ってるプロデューサー全員の弱みを使って、

民放全部揺すった。」


 黒川がそう言っていた。

なぜか怒髪天な彼女は、

他の“大和桜”のメンバーに簀巻きにされて研究所に来た。


「テレビ局に殴り込みに行くって騒ぐから……。

私たちじゃ止めらんなくって……。

ごめんなさい。」


 火薬の匂いが苦手と言っていた女性ハンターが、

苦笑いしてそう言った。


「おじさんが揺するより効果があったんだけど、

君は一体何を知ってるの?」

「相手が子供だと思って油断するのよ、大人は。」


 子役の黒川女史、黒いな。

“大和桜”の二人と一緒に来たおじさんすら苦笑いしている。


「許せるわけないでしょ。

相変わらず他人の人生を出汁に金を稼ぐクズどもが。

あんなの、笑い話にして良いわけないよ。」


 俺のために怒ってくれていたようだ。

俺はあのときの事を忘れた訳じゃない。

見ないようにしているが、常に視界に入る感じだ。

それを、黒川は正面からしっかり見つめていた。


「地域の皆で見ないフリをして、

警察や行政すら知っていながら、なにもしない!

挙げ句の果ては、“あんな風になっちゃいけません”?

ふざけんな、ババぁ!

 この世の全ての“悪”を小さな子供に押し付けて!

自分たちは被害者ぶりやがって!」


 どんどん声を荒げ、ヒートアップする黒川。

俺はため息を吐いて、

簀巻きにされている彼女の顔を覗き込んだ。


「“それ”は俺のものだ。

アンタのじゃない。」

「でも!」

「デモもへちまも、無いんだよ。

あんまり聞き分けないと殴りますよ?」

「なんで、そんなに落ち着いていられんの?!」

「それより、なんで私の過去を詳しく知ってるんですか?

貴女が受けたのは感覚と感情だけでしょ?」

「し……調べた。」

「アンタ、バカだろ。」


 感覚と感情に、悪い情報が補填されて、

自分の記憶と誤認してるようだ。

 ババぁ、はあれかな。

養父と産みの親に殴られ、

地面に叩きつけられる俺を指差して、

自分の子供にあんな風になっちゃいけません、と

言い聞かせてた通りすがりの近所の母親か。

 あの場合、あの人が俺を指さしてたのかどうかグレーな感じはある。

だが、黒川はそれすら俺へ対するものと判断したらしい。


「この様子なら、

藤堂と財前さんのも調べましたね?」

「……。」


 目を必死に背ける黒川。

これはドツボだ。

黒川は自らドツボにはまっている。

俺はあきれ果てて大きなため息を吐いた。

 ふと、思い俺はミタニさんに訊ねる。


「記憶を選んで消す呪いとかありますか?」

「あるけど、幸せな記憶とか、

大切な人との記憶とかしか消せないよ。

辛い記憶は、むしろ増長するものしかない。」

「ガーネット、ネル、良い案あるか?」

「頭部に電流を流す重い精神疾患患者の施術とかですかね。

ETCとか言うはずです。

 本来は躁うつとかの重い患者さんが、

薬でどうにもならない場合にするものです。

副作用が短期か長期の記憶障害なので、

これで消してしまえば良いのでは?」

「ガーネット様、

それだと本来の用途でないですし、

思い出した場合にフラッシュバックみたいになってしまいますよ。

やはり、一旦は薬で抑制していくのが良いかと。」

「嫌だ!

このままがいい!」


 黒川は芋虫のようにうねって抵抗する。


「なんで?!

なんで皆はなんともなんないの?!

私は...…!

私は、ダメなの?!」

「誰も貴女をダメとは言ってないでしょう。

そもそも、何がダメなんですか?

戦闘力とか実力ですか?

そこを具体的にしないと意味がない。

 ハンターの実力だったらば、

それこそ過去とイコールじゃありません。

辛い過去があるから、強いなんてのは、

作り話の中だけの話です。

順風満帆であることこそが、

強くなるために必要なものです。

 辛い過去のせいで、

精神疾患にかかっては、なんにもなりませんからね。

トラウマなんて、もってのほかでしょ。」

「でも!」

「ガキじゃないんだから、分かるでしょ?

結局、虐められた人間は一生傷から血を流して苦しむ。

虐めていた人間は、

やんちゃした分、加減を覚えて成功する。

万事世の中、そんなものです。」


 俺は何度目かわからないため息を吐く。


「私の持論ですが、この世は運です。

どこに、誰から生まれ、どう育てられたか。

誰にも選べません。

 それを端からどうこういえるのは、

“幸せな他人”だけの特権です。

因果応報も、

天罰もないこの世界で“不幸話”はただのエンタメ。

対岸の火事どころか、

どこかにあるけど全く知らない、

まさに画面の向こうの話です。」


 黒川は憎らしげに唇を噛む。


「だからっ!

なんで本人が一番落ち着いてるの?!」

「これが私の“日常”なので。」


 その俺の一言で、黒川の顔色が変わる。

みるみる青ざめる顔は、

俺の言葉をちゃんと理解している顔だ。


「うそっ……。

そんな……。嘘だよね?」

「事実です。

他人が勝手にあの事件を持ち出して、

面白おかしく脚色したり、

おどろおどろしく脚色したり。

ありもしない虚構をでっちあげられるなんて、

私には日常の一コマです。

 それらを勝手に見聞きした更に関係ない他人に、

後ろ指を指されたり、勝手に憐れに思われたり、

笑われるまでがセットです。」

「私がいるのは、

そう言うことを迅速に処理するためさ。

涼治君だと、殴っちゃうしね。」

「いつもお世話になってます、藤堂弁護士。」

「いいよ、専属契約だし。

お金ももらってるし。」

「じゃぁ、もっと追加報酬を受け取ってくださいよ。」

「んっふっふっふっ……。」


 相変わらず、笑ってごまかされた。

俺は深いため息を吐いて、黒川に向き直った。


「アンタが今まで幸せなのは、

アンタの周りの大人が必死にアンタを護ってたからだ。

今までなんの心配もなかったのは、

周りの大人たちがアンタのために頑張っていたからだ。

 今、アンタはそれらを全て無駄だと言って、

捨てようとしている。

それがどれだけの事か、

アンタ自身は本当に理解してるのか?

 もし、理解せずにいるのなら、俺はアンタを殴る。」


 黒川は両目一杯涙を満たし、

だが、こらえて言い返す。


「でも!

今の私じゃダメなの!」

「べらぼうにまどろっこしいな、もう。

ガーネット、寝かしてさしあげて。」


 ガーネットも俺と同様にあきれた顔で

睡眠の魔法を黒川にほどこした。

簀巻きにされて眠る黒川の目からは、

涙が溢れた。


「……なんか、本当にごめんなさい。

黒川さん、財前さんがああなってから、

なんか一人で抱え込んでしまって。

自分で自分を追い込んでて。」


 黒川を連れてきた女性ハンターが、

俺たちに謝罪してきた。


「まぁ、今回は無関係じゃないんで、

連れてきてくれて良かったと思ってますよ。

 今度、うちの研究者が臭いの少ない火薬も作ってるらしいんで、

試験の後に試作を一つ差し上げます。」

「嬉しいけど、なんか素直に喜べない……。」


 急激にメンバーが減った“大和桜”。

だが、今もメンバー同士の結束は固い。

新規メンバーも随時加入しており、

日本最大のクランは現役だ。

 だが、それを引っ張っていた財前が実質引退状態。

黒川もこんな具合なら、

不安になるメンバーもいて当然。

むしろ、不安になった黒川が暴走してるのか。


「“大和桜”には、“大和桜”の強みがあるんですよ。

私にはないものがたくさんあります。

黒川さんも、

それに気づいてそれに注力してくれればと思うのですが。」

「黒川さん、意固地になっちゃってますからね。」

「おじさん思うのですが、

やっぱ個人の強さってのは魅力的に見えるから。

だから、昔からヒーローモノのお話が沢山あるんだよ。

彼女はそれに気づいてしまって、

それを欲してるんだろうね。

 こう言うのって男の子の病気だと思ってたけど、

性別は関係ないのかな。」


 なるほど、中二病と揶揄されるあれか。

それにつける薬はないな。

“大和桜”の女性ハンターが呟いた。


「黒歴史になってから、苦しむヤツだ。」

「あ。

君も心当たりある?

 おじさんの頃は、

そう言うのヤンキーとかチーマーとかって呼ばれてたかな。

女性だからスケバンかな。

この単語、コンプライアンス的にアウト?」

「おじさん、古すぎません?」

「おじさん、おじさんだもん。」

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