閑話“悲哀”
家に帰って、
車椅子を室内用に乗り換える。
普通の人ならヘルパーか家族の手伝いが必要だが、
僕は“もや”を使って一瞬だ。
“もや”は長時間の連続使用ができない。
根本から失った手足の代わりをさせるのに、
せいぜい十分。
戦闘になれば、三分が限界だ。
代償は体力と魔力。
そう、僕は人でなくなった代わりに、
欲していた魔力を得た。
だが、ガーネットちゃんやネルちゃんのようには使えない。
使いたいが、そうすると“もや”が維持できない。
今の僕は、右の顔が丸きりなくなっている。
骨が露出し、眼球はむき出し。
唇もないので、歯が露出している。
“もや”はそれらをカバーし、顔の代わりをしている。
それがなくなると、かなり辛い。
瞬きができないため、眼球が乾く。
肉がないので目をうまく動かせず、ろくに見えない。
口はカラカラに乾いて呼吸がうまくできず。
むき出しの骨はわずかな揺れも、風も、
自分の呼吸の振動すら伝えて激しく痛む。
それらを寝ている間もカバーするのは、
やはり超常の力なんだろうと感じる。
感じるが、それでは足りない。
まだ、足りない。
鏡に映る自分の姿は今も慣れない。
自分が車椅子を動かしている姿。
しかも、手足はない。
手洗い、うがいも“もや”を手の代わりにしてこなす。
文字通り手足のように自由に使える。
それのお陰か、幻視痛等の後遺症もかなり軽い。
“もや”で消費される魔力は、
睡眠と食事によって補充される。
理屈は不明だが、
甘いもの、辛いものの方が回復量が多いらしい。
僕は冷蔵庫からチョコレートを取り出して、
口へ放り込んだ。
一人でシャワーを浴びる前には、
必ずこうして魔力を補給しなければならない。
他のメンバーにヘルパーを雇うよう言われたが、
この身体の事情を加味してくれる人がいない。
いたとしても、多分あの研究所の所員だ。
例え、高額の報酬を提示しても来てくれない。
でも、僕の身体の観察ってことにすれば来てくれそう。
解剖とか治験とセットだと思うけど。
シャワーも時間が短くて済む。
洗える部位が少ないからだ。
僕はタオルで自分の身体を拭い、
ドライヤーで髪を乾かす。
鏡に映るのは白い“もや”を手足に見立てて歩く自分の姿だ。
この姿には違和感を感じなくなってきた。
「それでいいのか?」
僕の右耳から、声がする。
僕は眉間にシワを寄せ、右の顔を睨み付けた。
「今のお前は最強だ。
お前の思い描いていたハンターだ。
なのに、こんなところで何をしている?」
幻聴だ、と理解しているが、
その声は間違いなく僕の声だ。
“勇者”に乗っ取られていた時の僕の声だ。
「“同調”でリンクした他のハンターのスキルが使える。
つまり、お前は無限のスキルを持っている。
どんな敵も、お前の前ではカカシになるんだ。」
実は、僕は乗っ取られている間も意識はあった。
記憶もあった。
でも、仲間を生かすため、それだけに全てを注力していた。
そのせいで、数万の人が殺された。
「違うな。
お前が殺したんだろ?」
黙れよ。
「黙る?
何を言ってるのか、分からねぇな。
事実だろ?
そのせいで、住民を皆殺しにして、
その上櫻葉たちにも迷惑をかけた。
櫻葉のスキルを根こそぎ破壊した。
お前の選択が、そうした。」
魔王が僕の身体を奪ったとき、
僕は従魔にした蜃を使って重傷の仲間たちを助けていた。
そこで魔王は、言葉巧みに。
「仲間を助けたいか?」
そう言われた。
僕に仲間を見捨てる選択はできなかった。
彼女に二度と見捨てないと、誓ったから。
「それこそ、幼馴染みを理由にした言い訳だろ?
お前はついでに魔王も従魔にしようと企んでいた。
ポーチにあった、二枚目の契約書で。」
その通り、従魔契約書は二枚あった。
僕自身、自分が片付け下手で良かったと初めて思った。
その最後の一枚に、
魔王が触れたとたん契約されるよう僕のもやをポーチの中に潜めて待っていた。
「お前は仲間を、幼馴染みを言い訳にして、
力を求めた。
櫻葉のような、何者にも縛られない力を。
その結果どうなった?
魔王を従えようとして、どうなった?」
そう、その結果、見せつけられた。
「何を?」
格の違い。
いや、そもそも立ってる土俵の違いだな。
「あぁ?」
お前こそ見ただろ?
スキルも体力もない。
精神力もギリギリで、
でも、立ち上がり拳を握る彼の姿を。
超常の力を、スキルを失って、
人はどうなると思う?
僕は間違いなく狼狽するし、心が折れる。
でも、彼は違う。
“往く”と、言いきった。
前へ、敵へ向かって、往くと。
僕が例えば彼の身体で、彼のスキルがあって、
あの状況になってたら、間違いなく逃げ出してる。
僕は声に出して言う。
「冗談だろ?
“無限のスキル”?
バカ言え。
そんなもの、チートとは言わない。
“おみそ”とか、“ごまめ”だ。
“ハンディキャップ”ですらない。
“タグアロング”なんて、無様すぎる。」
右目が怪しく、紅く光る。
「あれには凄い装備がある。」
「あの装備は彼が万全であって使えるものだ。
あの極限ではあってないような代物だよ?
僕なら知ってるだろ?
あのグローブだって、
火炎が出るのはスキルありきの効果だ。
マントとスーツもだ。
スキルがあって初めて成り立つ効果だ。
足の新しいブーツも後から聞いた限り、
ただの丈夫なスパイクだし。」
紅い瞳は憎らしげに僕を見つめる。
「チートも武器もなにもない。
むき出しの人間が化物と対峙して、
とれる選択肢は基本二つしかない。
逃走か諦観だ。
それでもなお、
立ち向かえるのが本物のヒーローなんだよ。
それこそ、僕の思い描いたハンターの姿だ。
お前の言うプランに、なんの魅力も感じないね。」
紅い瞳は目を細めた。
「じゃぁ、お前こそ、何故俺の事を誰にも話さない?」
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