第25話 終末の理
●ガーネットサイド●
目の前の光景が、やたらに遅く、遠く。
まるでテレビのドラマのように感じる。
そう、作り物だ。
全部嘘だ。
だが、アルジ様は地面へ堕ちて行く。
「アルジ様ぁ!」
自身に巻き付いていたアルジ様の“腕”が
粘土のように崩れていく。
嘘だ。
そこから這い出して、
地面に堕ちる前にアルジ様の身体を受け止める。
嘘だ。嘘だ。
回復魔法を詠唱して、全力で施した。
胸の中心を貫く傷は、ふさがった。
嘘だ。嘘だ。嘘だ。
私はアルジ様のスライムのヘルムを優しく外した。
その瞳には私が映っていた。
でも、私を見てはくれなかった。
「あああああ!!」
さっきから何かうるさい、と
思ったら私の泣き声だった。
「あぁぁぁぁ!!」
どうして? どうして?
「ぁぁぁぁあ!!」
私は、貴方の矛になりたかった。
「ああああぁ!!」
私は、貴方の盾になりたかった。
「ああぁぁぁ!!」
私は、貴方と共にいたかった。
「ああぁあぁ!!」
それでも、やっぱり貴方は、私を助けた。
「あぁあぁぁ!!」
私がいなければ、貴方は助かったの?
「ぁぁあああ!!」
私が何もできなかったから、貴方はわたしを助けたの?
「ぁぁぁああ!!」
あぁ、私は何てことしてしまったのだろう。
“災悪の芽の発芽を確認。
システムに基づき、
アドミニストレーターへ進化を要請。”
“send …………。
要請が受理されました。
呪怨の魔王へ進化を開始します。”
何か聞こえる。
突然、自分の身体か燃えだした。
これはよく知っている。
そうか。“貴様ら”か。
黒い炎は、私の身を焼く。
異世界(こんなところ)まで、
私を貶めに来たのか?
視界が涙でにじんで何も見えない。
愛しい人の顔さえも。
“ギフトの賢者を回収。
進化開始。
進行度:15%”
ふざけるな。
“進化開始。
進行度:25%”
ふざけるな、ふざけるな。
“進化開始。
進行度:2----……”
私の怨みを、舐めるな。
“侵食開始……。
進行度:10%”
奪ったならば、同じだけ奪われろ。
“侵食開始。
進行度:15%”
“防御ぷ……。
廃棄。”
私の怒りを。
“寄越せ。寄越せ。寄越せ。”
私の怨みを。
“侵食……。
2----寄越せ。”
貴様らも、そこの魔王も、あの人を追い立てた全てを。
“アF奪5JあいbH35@Z奪RzいP”
私は許さない。
“$jK9ボ寄越23ツ@3WあリPあ寄越ハS”
この怨み、はらさでおくべきか。
“4DまQ9%@Oモリ9RあfL6”
これは、復讐だ。
「ぁぁあああ!!
ああぁあぁ!!
ああぁぁぁ!!」
私は自ら黒い炎を吸い込む。
感情なんてないはずの炎が怯む。
絶対に放さない。
絶対に、絶対に、逃がさない。
貴様らが私から奪ったのだ。
私から光を全てを。
奪い返してやる。
同じように、同じだけ。
“進化……完了。
rふe報fuク四ュvke4uしns讐hgうe への進化を確認。”
身体を覆っていた黒い炎が消えた。
すっ、と頭がさえわたる。
涙が止まった。
いや、枯れ果てた。
私は愛しい人の目蓋を優しく閉じる。
さっきから、魔王は何もしてこないと思ったが、
毒を撒いていたらしい。
人間達が地面に倒れ悶え苦しんでいた。
私が指を鳴らす。
私の魔法が毒を全て浄化した。
助かった人間が汗だくで起き上がる。
こんな力、今更手にしても意味がない。
盾にも矛にもなれなった私が、今更。
それでも、この力は有用だ。
人間が、私を見た。
彼は目を見開いている。
私は愛しい人の身体を地面に横たえ、
その優しく大きな両手をたくましい胸の前におく。
「が、ガーネットさん、だよね?」
人間が私に問う。
その目線は私の頭の辺りを見ていた。
何事かと自分の手で額に触れてみた。
そこには、二本の角が生えていた。
天に向かって真っ直ぐ伸びる角だ。
私自身の手が先端に届かないほど長い。
そうか、私は“成り果てた”のか。
鏡が欲しいが、全部割れてここにはない。
身体もいつか褒られた鮮やかな緑じゃなくなっている。
黒いアザのようなものか、
まだらに混ざってしまっている。
私は愛しい人の身体に、
今度は破壊不能なバリアを施す。
「アルジ様の御体を護るなら、ここに入りなさい。
そうでなければ、死になさい。」
三人を見つめて私は言う。
「アルジ様の役に立たない、
アルジ様の邪魔をする貴様らも“あれ”と同罪です。
誰も彼も許しません。
核兵器だろうが、最大クランだろうが
私の知ったことじゃありません。
ことごとく、皆殺しにします。」
三人の顔がそれぞれ歪む。
「ただ、順番です。
先に、あれを処します。」
私は毒を無効化され、戸惑っている魔王を指差す。
「残りの時間は好きにしなさい。
巻き込まれて死ぬか、
アルジ様の御体を護り後で死ぬか。
わずかな差ですが。」
私は三人を見るのをやめて、
魔王へ向かってゆっくり飛び立つ。
魔王もこちらに気づいたようだ。
魔方陣を四方に展開し始める。
「いいでしょう。
全部ぶつけなさい。
私はそれらを全力で、否定します。」
私が睨むと、魔王の魔方陣が全て砕け散る。
「こんなものではありません。
私の怨みは、怒りは、憎しみは、
こんな程度じゃありません。」
手に持っていたスライムヘルムを、
ボックスの魔法で収納する。
「アルジ様、少しお借りしますね。」
私の声はもう貴方へ届かない。
でも、許可をいただきたかった。
あぁ、もう一度貴方と話がしたい。
お食事を共にして、笑って欲しい。
私の頭を撫でて欲しい。
気が緩むと、溢れて止まらない想い。
それは、もう届かない。
死者を復活させる魔法は、ない。
あの世界を侵食して、奪い続けても
死者を復活させる方法が見つからない。
ならば、この世界も奪うまでだ。
「私は必ず、奪われた全てを奪い返す。」
●財前サイド●
櫻葉さんが、やられた。
次の瞬間、魔王の身体から毒が撒かれ前後不覚に陥ったが、
突然毒が晴れて息ができるようになる。
とにかく、現状確認したい。
僕はしゃにむに飛び起きた。
「……は?」
目の前には、
頭に大きな角を生やしたモンスターがいた。
いや、面影はある。
僕はいまだ冴えない頭をフル回転する。
ゴブリンのガーネットさんだ。
彼女は櫻葉さんの遺体を横たえ、丁寧に弔う。
雰囲気がさっきと全然違う。
毒で意識がおぼろげになる直前に見えた
泣き叫ぶ彼女じゃない。
黒く濁った瞳、大きな二本の角。
緑の肌に黒いまだら模様。
目の下に、止まらない涙のようなアザ。
「が、ガーネットさん、だよね?」
僕は思いきって聞いてみた。
ガーネットさんは自分に起きた変化を確認する。
彼女が彼の亡骸に魔法をかけたのが僕にも分かった。
僕の後ろで、黒川さんと議長も目を覚ました。
二人がモゾモゾと起き上がってくるのが分かる。
「アルジ様の御体を護るなら、ここに入りなさい。
そうでなければ、死になさい。」
あぁ、そうか。
彼女は成ったんだ。
自ら魔王に。
「アルジ様の役に立たない、
アルジ様の邪魔をする貴様らも“あれ”と同罪です。
誰も彼も許しません。
核兵器だろうが、最大クランだろうが
私の知ったことじゃありません。
ことごとく、皆殺しにします。」
ガーネットさんの声色が先ほどと全く異なっていた。
まるでドライアイスを押し付けられたような熱さ。
抑揚がなく、雪降る夜のような声。
聞いてるこちらが吐きそうになるほど、
哀しい。
「ただ、順番です。
先に、あれを処します。
残りの時間は好きにしなさい。
巻き込まれて死ぬか、
アルジ様の御体を護り後で死ぬか。
わずかな差ですが。」
そう言い残して、
ガーネットさんは飛び上がっていった。
彼女の白いローブが、
夜空を切り取ったような藍色に染まる。
二本の角の先に青い焔が灯る。
とりあえず、
僕は黒川さんの肩を支えて櫻葉さんの身体に近寄った。
「ご、吾朗。
どうなってるの?」
「僕もまだ分からない。」
「今のガーネットちゃん、だよね。」
「……もう違う。
あれも魔王だよ。」
ガーネットさんの雰囲気が変わった。
白みがかってきた空を埋めつくように何かが現れた。
それは、全て魔王へ打ち込まれる。
隕石、ではない。
何かが止めどなく魔王へ向かって打ち込まれる。
魔王が悲鳴を上げた。
錆びた蛇口を捻ったような、
黒板を引っ掻くような声だ。
僕は思わず耳を塞ぐ。
「吾朗、あれ見える?」
「ガーネットさんがなんか打ち出してるように見える。」
「あれ、全部拳だよ。
空に浮いてるのも、打ち込まれてるのも
全部同じ拳だよ。」
僕は思わず、目の前に横たわる櫻葉さんを見た。
「魔王のヘドロと同じなのか?
あれが、ガーネットさんの“イメージ”?
魔力がそれを具現化してる?」
「櫻葉さんは、その、私たちを助けて……。」
「そうだね。
僕は、結局何もできなかった。
やっぱり、何もできなかった。」
「吾朗だけじゃないよ。
私も何もできなかったから。」
「ど、どうなっているんだ?
お前ら、説明しろ。」
議長がそう言いながら這って来た。
僕は議長を見た。
「まだ分かりません。
でも、少なくとも人間は殆ど死にます。
貴方と貴方の国も滅びます。
僕らも死にます。」
「ばっ、馬鹿だ。
核を……。」
「効くと思いますか?
こんなバリアを構築する相手に、
飛び道具なんて。」
議長は押し黙る。
「貴方は一番惨たらしく死ぬでしょうね。
どちらが生き残っても。」
「べん、弁解の余地は……。」
「貴方が、貴方達が話をする余地を奪ったんでしょ?
それに、話す相手はもういない。」
議長は横たわる櫻葉さんの顔を見る。
「し……死んでいるのか?」
「脈がありません。
呼吸もない。
僕らをかばって、彼は死んだ。
そのせいで彼女は、怒り狂った。
貴方が呼び寄せた魔王が勝ったら、
世界は毒と呪いで滅びます。
貴方が追い詰めた彼女が勝ったら、
世界は粉々に砕かれます。
今、魔王決定戦という感じです。
良かったですね、思い通り櫻葉さんを殺せて。」
「わたっ! 私は知らない!」
「言ったでしょ?
弁論の機会はもう永劫に失われた。
滅びを待つのみ、ですよ。」
議長はぶつぶつ言いながら地面にうずくまった。
もう、放っておこう。
僕はそう決めた。
戦いに動きが見えた。
ガーネットさんはさらに高く空に浮かび上がり、
両手を天へかざす。
すると、空を埋め尽くす図形が浮かび上がる。
ゲームやアニメで見た魔方陣というヤツだ。
明らかに魔王が怯えだした。
ガーネットさんは笑いながら両手を振り下ろす。
魔方陣から延びてきたのは、
見たこともない大きな顔だった。
「ど……ドラゴン?」
黒川さんの呟きのとおり、
顔を出しているのはドラゴンだろう。
だが、大きさが異常だ。
東京タワーがドラゴンの産毛に思えるほど大きい。
その口から覗く牙は空撮で見る山脈のようだ。
全てを見下ろす巨大な瞳に、
きっと僕らは写っていないだろう。
あれからすれば、僕ら人間はダニか何かだ。
「放て。」
ガーネットさんはそう言った。
刹那、視界がホワイトアウトした。
光が全てを包み、音も何もなくなる。
自分の手すら見えない。
自分が死んだのかと思ってしまう位の静寂に包まれる。
ゆっくり光が晴れていくと、
周囲の風景が一変していた。
ここは渓谷だ。
むき出しの岩肌、乾いた地面。
櫻葉さんを中心にした十数メートルを除いて、
何もかもなくなっていた。
街だった面影も残っていない。
僕らが別の場所に瞬間移動したのか、と思うくらいだ。
人の営みなんて何一つ存在しない。
えぐれた大地が隆起している、
ケーブルテレビとかでよく見る大自然の景色。
変わらなかったのは天を突く光の柱だけだ。
「ご、吾朗……。
ここ、どこ?」
「……光の柱があるから、田園調布だと思う。」
「……ど、どこまでこうなってるのかな。」
「僕は考えたくないね……。」
東京は地図からなくなったと思う。
下手すると本州の大半が地図から消えている。
念のため確認したが、
議長はショックで気を失っていた。
無線を繋いでも黒川さん以外とは繋がらない。
ドローンなんて、残ってるはずがない。
生き残りも、きっといない。
「ねぇ、吾朗。
魔王、まだ生きてる。」
黒川さんが指差す先に、
黒いヘドロがかなり小さくなって落ちている。
魔王の身体は小さく縮み、湯気が上がっている。
素人目で見ても明らかに無事ではないようだ。
ガーネットさんは空から降りてきて、
魔王を掴み持ち上げた。
ガーネットさんが魔王になにか言っていると思うが、
結構距離があって聞こえない。
「人類の滅亡は、思ったより呆気ないのかもな。」
僕は思わず呟いた。
黒川さんが、振り返る。
「吾朗、ごめん。」
「突然どうしたの?」
「この前、納得できないって話したヤツ。
今分かった気がする。
この無力感、吐きそうになるね。」
「……僕は何度も味わったよ。
今日のは特に辛い。
こんなことなら、櫻葉さんを呼ばなきゃ良かった。
彼は親友や家族とクリスマスを楽しんでただけのに。
僕が連絡したから、彼は……。」
「それを言うなら、私が悪いんだよ。
私が弱かったから。
外面ばっかりで、戦いはてんでダメだから。
だから、吾朗は櫻葉さんを頼ったんでしょ?
私が強かったら、こんなことにならなかった。
口ばっかりで、何もできない。
女優かぶれのクソザコ女、って
ネットの叩きも今じゃ理解できるよ。」
「やめよう。
こんなこと言っても、何もならないよ。」
「いいじゃん。
どうせ、全部終わるんでしょ。
なら、謝っときたいから。
ごめんなさい。」
「……僕こそ、ごめん。」
黒川さんが、泣いていた。
僕も顔は笑っているのに、涙が流れている。
全ては僕のわがままだ。
責任は取る、なんて言っていたくせに、
結局何もできず。
責任すら問われない。
あぁ、僕の人生、なんて無駄だったんだろう。
その上、他人を巻き込んで命まで奪い、
世界を破滅へ導いた僕は大罪人だ。
この様子では、僕を貶めてユミを殺した
あの先輩ハンターたちもきっと死んだだろうな。
それだけが救いだ、と
思いながらガーネットさんの方をぼんやり眺めた。
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