第19話 道理と合理

「櫻葉さんも、ボスを?」


 テレビや雑誌で見たとこがある財前の顔が、

俺に対して気さくに話しかけてくる。


「そんなわけないでしょ?

ソロでボスに挑むなんて、自殺行為じゃん。」


 そう財前に返すのは、テレビで見たことがある人間だ。

彼女もこちらへ近寄ってきた。


「四階はゴブリンだから、

ここで狩りしてるんじゃない?」


 彼女は黒川京子(くろかわ きょうこ)。

実力のトップが財前なら、彼女は知名度がトップだ。

 元々子役俳優で、銀幕スター。

大きくなって16歳からハンターに転向し、

ハンター歴10年でレベル4のベテラン。

 容姿端麗、頭脳明晰の財前だが、

人付き合いや広告塔としての働きは正直下手だ。

それに対して、

黒川は子役俳優だったときの経験とコネで

今は大和桜の広告塔を張っている。


「にしても、それって新しい装備ですよね?

なんかすごいですね。」

「吾朗、グイグイ話しすぎ。

相手が引いちゃってるから、もっとスローペースで。

 ごめんね、櫻葉君。

うちのリーダー、

ちょっと話しすぎるタイプのコミュ障だから。」


 夫婦漫才に見えるやり取りをされても、

どうすればいいかわからない。

とにかく、俺は警戒は続けておくことにした。


 ただ、この相手は殴れない。

殴っても“それ”で済まない。


 もし、敵対者だった場合、

ここにいる全員を皆殺しにしてダンジョンへ廃棄する。

死体は消えるが、彼らの存在は消えない。

 日本一のクランのリーダーを含む主要メンバーが

全員未帰還となれば、必ず委員会と公安が調査が入る。

そして、同じ時間帯にダンジョンの中にいたハンターは

全員容疑者だ。

全員漏れなく牢屋行きだろう。

そこにはもちろん、俺も含まれる。


 べらぼうに、面倒だ。


 こんなワンサイドゲーム、誰が考えた?

俺が取れる選択肢がほとんどない。

ダンジョンと言う密室には、出入口は一つしかない。

抜け道があるなら、今すぐ抜け出たい。

 ガーネットを見やると、

俺の右肩辺りにしがみついて話しかけてきている二人をにらんでいる。


「東京の本部へお呼びしている話しとは別件で、

このダンジョンの調査をしてまして。

以前のゴブリンの大群が発生した、と言う

報告のがあって、我々大和桜がここを調査していました。」

「それでこの町に主要メンバー全員がいたときに、

君の学校でダンジョン災害があったの。

吾朗と私も、あの現場にいてね。

櫻葉君が戦ってるのを生で見てたよ。

 今日はダンジョンの再開だから、

念のため見回りと五階のボスを見に来たの。

周期的には再出現してるはずだから、

必要なら討伐してしまおうってことなんだけどね。

ちょっと揉めてて、ここで立ち往生してるの。

 こんな大人数で、ごめんね。

邪魔だよね。

他のハンターにも迷惑になるから、早く決めよう。」


 なるほど。

俺が聞いてないのに説明してくれたのはありがたい。

 だが、その“ちょっと揉めてて”の部分に関わりたくない。


「承知しました。

では、私は上の階へ戻ります。」

「あぁ、ちょっと待って!

櫻葉さん、ちょっとお話ししましょうよ。」

「吾朗! バカ!

ここはダンジョン内なの! 危ないの!

そんなことで櫻葉君の身を危険にさらすのは、

先輩としても、勧誘している側としても、

ありえないの!

わかる!?」

「で、でも!

普通断るよね、僕の勧誘。櫻葉さんの立場的に。

あの東京本部で、っていうのも

委員会から付け足された条件だし。

 櫻葉さん、法人化したから委員会と揉めてるし。

多分、今もメンバーの委員の人に警戒してるから、

声をあんまり出さないし、近寄らないようにしてるんだし。」

「そう言うのは、わかってても口に出して言わないの!

っていうか、そこまで本気で話ししたかったの!?」

「そうだよ!!

僕は何回も言ってるじゃないか!」


 痴話喧嘩、とはこの事だろう。

俺は小さくため息を付いた。

喧嘩はなかなか止まらない。


「……アルジ様、人数は121名。

委員会所属の人は10名。公安所属の人は8名。

スキル持ちは目の前の二人を含めて22名。

ちなみに、

委員会の人と公安の人にスキル持ちはいません。」


 ガーネットは俺の耳元でそうささやいた。

ここにいる大和桜全員の鑑定をしてくれたようだ。

俺の背中に押し付けられた

ガーネットの胸部が逆に俺を冷静にする。

 俺はざっと試算して、生存確率を出す。

突破は難しくないだろう。

全滅を目指すと、それなりに骨が折れる。

 やはり敵対するリスクが高すぎる。

だが、なにもなく見逃してくれるとも考えづらい。


 突然、俺は首筋に違和感を感じた。


 “鑑定”だ。

そう感じたと同時に全力で拒絶する。


「え?!」


 少し離れたところでそう聞こえた。

俺はそちらをにらむ。

一人の男が怯えて声を上げた。

ガーネットが声を上げた男をバリアで囲った。

 俺は瞬間的に全身を巨大化して、男へ殴りかかる。

そばにいたはずの黒川が、

いつの間にか男の襟を掴んで逃がそうとしたが、

追撃の爆撃が男の頭と胸をこんがり焼いた。


 誰のものかわからない悲鳴が上がる。


 俺は手応えはないが、

相手を瀕死に追い詰めたと直感で分かった。


 でも足りない。ちゃんと殺しておこう。


 大和桜はポーションを所持している。

生きていれば回復可能のはずだ。

 俺は刹那の間もなく再攻撃を始める。

黒川と財前がなにか言いかけているが、

聞かないことにする。

 俺としては“鑑定”は攻撃と同一行為だ。

さすがに黙っていられない。

俺はリスクは承知で、殴ることに決めた。


 どこからか、泣き声がした。


 副腕を三本伸ばし、

三人近くにいたハンターを捕まえて盾にする。

三人とも委員会の人間だ。

それだけで、

迎撃しようとしていた周囲の動きが一瞬止まる。

 この隙を逃さず、ガーネットはカミソギを振るった。

この一撃でダンジョンの壁ごと周囲の数十名を両断し、

さらに離れたところにいた数名にも傷を付ける。

 悔しいことに、

男を引っ張っている黒川と財前は射程範囲から逃れており、無傷でいた。


「待って! お願い!

これは何かの間違いなの!

 誰も君を“鑑定”するよう指示してない!

お願いだから、待って!」


 黒川がそう叫んだ。

なぜ俺が攻撃したか分かっているようだ。


「訳が分かっているなら、

その男の身柄を寄越していただけますか?

それとも、ここにいる人間を

全部ダンジョンに食わせますか?」

「この人の独断なの!

お願い! これ以上は止めて!」

「もうかなり殺してます。

脅しじゃないことは、理解されていますね?」


 血の臭いが立ち込める。

呻き声と悲鳴が響く。

阿鼻叫喚、死屍累々。

 俺は盾にしていた三人を床に何度か叩きつけて殺す。

それを機に、周囲の声が止んだ。


「同意なくスキルを他人に使用するのは、

傷害罪です。

それに対して反撃してるので、

私の自己防衛が成立しています。」

「……お願い、……止めて……。」


 黒川は涙ながらに言った。

俺はさっきからこちらを見つめる

財前が静かなのが気になる。

 財前を見たが、何故か目を輝かせていた。


「私を東京へ呼ぶのも、

こうして秘密裏に“鑑定”をかけるためですか?

他国のハンターと頻繁に面談するのもこのため?」

「違う!」

「では、お手元の男の身柄を寄越していただけますか?

そろそろ死んでるかもしれませんが、

止めは自分の手でさしたい。」

「お願い! 止めて!」

「全部、計画のうちですか?

原口さん。

異界探索者管理委員会の意向ですか?」


 突然、財前がそう言った。

人混みの奥から一人の女性が出てくる。


「はい。そうですよ。

五階に行くかで揉めるよう頼んだのも、

そこの黒焦げに鑑定するよう指示したのも私です。

 にしても、日本一のクランがこの程度とは。

まったく、使い物にならない。」


 この女性が原口、か?

ガーネットが鑑定結果を耳打ちしてきた。


 原口紀子(はらぐち のりこ)。

異界探索者管理委員会の特務課課長。

ハンターとしてステータスはあるが、レベル1。

スキルなし。


「鑑定結果が手に入ればよし。

手に入らず敵対しても、

ごみ同士で殺しあってくれればよし。

 16のガキ一人に一瞬で20人以上やられるのは、

予想外に、“弱すぎる”。

 まったく、

価値がないハンターに価値を付けてやろうと思ってたのですが。

ここまで価値がないとは。」


 白々しくため息を付く原口。

周囲が彼女をにらんでも、

彼女は一切意に介さない。


「“大和桜”もしくは、僕から委員会に報告しますよ?」

「何を仰る。

これが委員会、ひいては国連の決定です。

“櫻葉涼治の殺害、もしくは無力化”。

 まったく、

正面からはあの弁護士と公安が邪魔で無理なんで、

こう言う手を取ってみましたが。

手から火が出るわ、バッサリ斬り殺されるわ。

ビックリ箱のような戦い方です。

 だが、人を害することに躊躇いがないことが分かったのが、

最大の収穫ですね。

これであなたを正式に“勇者の後継”として、

殺せます。

 ダンジョンに立ち向かったヒーロー、

と言う肩書きごと葬れるのは僥倖、僥倖。」


 原口はそう言って笑う。

財前は彼女を見つめながら返した。


「“大和桜”は櫻葉さんに敵対しません。

我々は委員会に対して、敵対することを表明します。」

「無理です。

あなた達の家族、家、持ち物、社会的地位すら、

委員会と国連が保証しているものです。

それら全てを、何時でも、奪うことができます。

 そんな、無謀ができるとでも?」

「それは甘い見通しですね。

この状況を作った本人が、

ここから無事に帰ることができると?

 僕もですし、櫻葉さんも逃がしませんよ。

レベル1の貴女で、なんとかできますか?」

「それこそあなたが甘い。

私がここで死んでも、

何も変わりませんし、何も問題ありません。

 担当者死亡につき、

別の人間が委員会から派遣されるだけです。

次の担当者も、委員会も、国も、

世界は“そう”動きます。」


 原口はまっすぐな目でそう言い放った。

彼女に死を恐れている様子はない。

財前は原口をにらんで言い返す。


「大義の狂信者が、ほざくなよ。」

「勇者を知らないクソガキどもが、

何と言おうと虫の声と変わりません。

殺虫剤を撒いておけばいい。」

「委員会は、こんなことをして本当に許されると?」

「許す、許されない。善、悪なんて些事。

これが世界の意思なのです。」


 俺はため息を付いて割り込む。


「どうでもいいが、そろそろ再開してもいいか?」

「ちょっ?!」


 黒川が何かを言おうとしたが、

何人かのハンターが俺へ矢を放った。

俺はマントを翻して矢を止めた。

撃ってきたのは全員委員会のハンターだ。

 だが、黒川がいつの間にか弓を構える三人を捕まえて制圧した。


「止めて!」


 泣き叫ぶ彼女の腕はさすがだ。

黒川に取り押さえられた三人は失神しているが、

死んでいない。


「アンタ達の都合で、

なんで殺し合いさせられるの?!

アンタ達で勝手にやっててよ!!」

「残念ながら、委員会の人間は数が少なくてね。

こうして使えるハンターを集めたのが、

“大和桜”なんですよ。

 そもそも使い潰すための駒として集められているんです。

使命を全うしてもらうだけなんですよ。

 それより、悠長なことしてて良いんですか?

櫻葉涼治はやる気ですよ。」


 話を振られたが、

こちらとしては鑑定してきた男だけ仕留められれば問題ない。

もっとも、ガーネットが確認したが

鑑定してきた男は既に死亡している。


「そこの黒焦げの男が死んだみたいなので、

私にはもうやる気はないですよ。」

「おや、死にましたか。

なら、命令です。

大和桜全員で櫻葉涼治を殺しなさい。」

「誰がそんな命令聞くか!」


 黒川がそう声をあらげたが、

何人かが武器を構えている。


「なんで!?」

「さっきも言ったでしょ?

家族も家も、何もかも委員会の手の中です。

拒否するようなら、

家族を全員えん罪で逮捕して闇に葬る位、

簡単にできますよ。

 家族、大事でしょう?」


 笑顔で原口はそう言った。

黒川は喉から血が出そうなほど悲痛に叫ぶ。


「外道め!」

「道を作るのは我々国家です。

私が歩いているのが正道です。

 さぁ、殺し合ってください。」

「皆、止めた方がいいよ。

櫻葉さん、今は本気じゃないから。

このまま本気を出されたら、僕も誰も助からない。」


 財前の一言で周囲の緊張が一気に高まる。


「ありえないんだけど、見てたでしょ皆。

彼はハンターと言うより、グラップラー。

正面から対峙して、

何の備えもないハンター(狩人)が敵う道理がない。

 それに、今ここ全部グラップラー(拳闘士)の

射程範囲内だ。

逃げるのも無理だよ。

爆撃で焼かれるか、拳で潰されるか。

あの不可視の斬撃で両断されるか。」


 死に対する諦観が広がる。

放心する者、笑い出す者、涙を流す者。

 俺がボスモンスターみたいな扱いだな。

大きめのため息が出た。


「では、こうしましょう。

今から私はボスモンスターへ挑みます。

邪魔をする場合、反撃に手加減はしません。

殺す気でやります。

ただし、私からは仕掛けません。」


 周囲がざわめく。

俺が見えている範囲の顔に

生き残れるかもしれない、と言う希望が見える。


「いいんですか?

委員会の方で本件を殺人罪で立件しますよ。」

「そちらこそ良いんですか?

藤堂弁護士が直に弁護しますよ?」


 さすがに原口もこの一言には苦い顔になる。


「大事(おおごと)にすればするほど、

さっき貴女の言った正面へまわっていきます。

 私も、公安の人は全員生き延びるよう仕掛けてます。

今私が殺したのは、

主に委員会のハンターと貴女の指示を受けていた

ハンターです。」

「……なるほど。」


 原口は周囲を見回してこちらをにらみ付けた。

ガーネットの鑑定は詳細に個人の素性も読み取れる。

委員会の人間は目の前の原口と、

黒川に拘束された三人だけ。

 ガーネットがカミソギで切り捨てたのも、

主に委員会の息のかかったハンターだ。

 巻き添えは数名いると思うが、

そこまで細かく仕分けられない。

死んだり怪我した人には申し訳ないとは思うが、

こちらも命懸けだ。


「ちょっと、ボスモンスターへ挑むの?

一人で?」


 黒川がそう問いかけてきた。

まぁ、俺は一人ではないのだが。


「逆に聞きますが、黒川さん。

サイクロプスと対峙したときと今とでは、

どっちが勝ち目がありました?」

「……サイクロプス。」

「はっはっはっ!

さすがだなぁ、櫻葉さん。

やっぱり、じっくりお話ししたい。」


 財前が大笑いしてそう言った。

原口は相変わらず、こちらをにらんでいる。


「自殺志願、とは言えませんね。

先程ので実力は見せてもらいました。

正面からモンスターと対峙する狂人ならでは、ですね。」

「異界探索者管理委員会の方へも、手を回します。

今私が着用してる装備品や素材は、

あなた達の息のかかったところへ卸さない。」

「……。」


 原口は普通のゴブリンなら殺せそうなほど

俺を睨み付ける。


「お前なんて、モンスターに殺されればいい。」

「捨て台詞にしては、かなり弱いかと。」


 俺はそう原口へ言い返し、

五階への階段へ足を進める。

大和桜の面々は恐怖の目で俺を見ていた。

 変に褒め称えられるより、こちらの方がやりやすい。

俺はそう思ってしまった。

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