第9話 本気

 俺の予想通り、セレスティアの町でも定時便の講演をすることになった。

 それだけ国民の関心が高いことの証明でもある。


「ラングーンさん。」

「なんだ?」

「なんで僕だけ、一人で講演会をしなくちゃいけないんですか?」

「……なんの……ことだ?」

「その間は何ですか!」

「仕方あるまい。国民の関心は定時便にあるのが現状だ。」

「だったら、ラングーンさんも同席してくださいよ。」

「いや、陛下との懇談会でも定時便について聞かれることが多くてな。俺がいないと対応できんのだ。」

「だからって、何で僕が一人で対応することになるんですか!」

「仕方ないのだ、理解してくれ。」


 おかしい。

 向こうには、王族3人のほかに5人の随行者がいるのだ。

 それに比べて、こっちは一人で同じくらいの人数を対応しているんだぞ。

 プロジェクトの相談役だって無給だし、そんな子供をこき使うのは絶対に間違っている。

 そもそも、貴族ですらないんだぞ。


「不服なら、サラ王女を同席させるが。」

「話がややこしくなるから絶対に拒否します。」

「王女本人からの申し出なんだが。」

「イヤです!」


 渾身の拒否だったのだが、次の町では俺の講演会に王女が同席してしまった。

 だが、何かを話すわけではなく、国民と一緒になって聞いているだけだった。

 そして移動の間に、俺に質問をぶつけてくるようになった。


「箱の中を冷やす魔道具というのは、簡単にできるものなのか?」

「そうだな。実際の魔法式で考えると、冷やすのではなく、一定の温度にするイメージかな。」

「一定の温度?」

「そう。肉の痛むのがおそくなる3度とかだな。凍ってしまうと肉のうま味が逃げるから、その温度を維持する魔法式だな。」

「魔法式自体は簡単なのか?」

「まあ、少し指導してやれば、城の魔導師でもできると思うぞ。」

「お前がやるんじゃないのか?」

「なんでもかんでも俺を頼るな。できるところは、自分たちでなんとかしてみろ。」


「なんでお前は色々な知識を持っているのだ。」

「研究したからな。」

「まだ子供ではないか。」

「俺が生まれてから4年間、どれだけの努力をしてきたと思ってるんだ。」

「赤ん坊のうちは世話をしてもらうだけだろ。」

「生まれて一週間目から、毎日魔力切れになるまで魔法を使い続けてきた。」

「生後……一週間だと……。」

「4年間、毎日魔力切れになるまで鍛えれば、お前だってこの程度の魔力を持てるさ。」

「魔力が増えても、魔法は覚えられないだろ。」

「魔力が多ければ、何度でも繰り返して魔法を試せるだろ。例えば、こうやって物が浮かび上がる魔法があると分かったら、色々なアプローチをしてみればいい。」

「色々な方法か……、例えば風を吹き付けて浮かせてもいいのか?」

「それも、一つの方法だな。」

「お前は色々な魔法を何百回と繰り返したいうのか?」

「何百回で成功するような魔法は、誰かが成功させてるだろうな。最低でも何万回のレベルだ。」

「お前の魔法は、ほとんど失敗したということか。」

「ああ、失敗の記憶しかねえよ。」


「なんで失敗に耐えられるんだ?」

「成功が想像できるからだ。」

「想像だと?」

「うーん、例えば鳥も虫も同じように飛ぶよな。」

「それは知ってる。」

「でも、鳥は人間でいえば手に相当する部分を羽にしてとんだ。」

「そうだな。」

「じゃあ、虫はどうなんだ?」

「……あっ!」

「虫の羽は手じゃないよな。」

「た、確かにそうだ。」

「つまり、飛ぶための方法は二つあったってことだろ。」

「気が……つかなかった……。」

「だったら、俺が違う方法で飛んだって不思議じゃないだろ。」



 最終日。サラ王女は、俺に代わって定時便の説明を行った。

 質問に対してはフォローしたけど、完全に自分の言葉で喋っていた。

 その説明は、俺がするよりも分かりやすかったと思う。

 そして、本人の希望で、王女はプロジェクトのメンバーに加わった。



「それで、僕の報酬はどうなるんですか?」

「金銭的には、金貨2万枚を分割で支払うみたいだ。」

「へえ、気前がいいですね。」

「それと爵位だな。」

「要りませんよそんなの。」

「4才で綬爵っていうのは前例がないからな。」

「あったら驚きますよ。」

「お披露目なしで、子爵か伯爵かで検討中だ。」

「だから、お断りしますって。」

「屋敷は、うちの裏に決まった。」

「えっ?」

「これで、正式に母親を迎えてやれ。」

「母さんを……。」

「爵位があれば、もう成人とみなされるから、婚姻も可能だ。」

「考えたくもありませんよ。まだ4才なんですから。」

「そうもいかねえんだ。これが。」

「えっ?」

「本人がその気みたいだからな。」

「本人?」

「身に覚えがあるだろ。」

「ないですよ、そんなもの。」

「お前なあ、俺の従妹に対して、”そんなもの”はひでえと思うぜ。」

「イトコ?えっ?」

「まあ、王族と婚姻を結べば、その場で史上最年少の侯爵だな。」

「ええーっ!何を言って……。」

「本人がその気になっちまったんだ。諦めろ。悪い話じゃないんだ。」

「いやいや、彼女10才以上年上ですよ!」

「お前、中身は50才とかだろ。」

「僕は、正真正銘4才ですってば……。」


 その翌月、定時便の運用がスタートし、ティアランド王国は急成長をし始めた。

 俺は伯爵となり、屋敷を与えられて母さんを家に迎えた。

 サラ王女とも婚約を交わし、王女は家に入り浸りとなる。


「ねえリコ、ここの魔法式はこれで良いのかしら。」

「いや、ここの条件をもっと具体的に書かないとエラーを起こす可能性があるね。」

「あっ、そこか……見落としていたわ。」


 そして、夜は魔力を使い切って意識を失い、そのまま泊っていくのだ。

 サラは驚くべき速さで魔法を覚え、技術を習得していった。


 魔道具にしても、最初は土魔法の成形を教え、魔法式の書き込みを教え、あとは好きなようにやらせている。

 魔法石もミスリル銀も豊富にあるから、いくらでも失敗できる。

 サラの発想はユニークだった。

 蒸気と熱で髪を整える魔導ブラシや、同じ機能で洋服のシワを伸ばす魔導スチーマー。

 糸から布を織りなす魔導織機に布を縫い合わせる魔導縫製機。

 どれも俺には思いつかない魔道具だった。


「なあ、サラ……。」

「なに?」

「本気なのか?」

「なにが?」

「本気で、俺の妻になるつもりなのか?」

「……あのね……。」

「ああ。」

「私、ものすごく楽しいんだよ。」

「何が……だ。」

「今まで教わってきたマーリンの魔法って、とりあえず魔法が使えるようにって詠唱を丸暗記したり、とにかく無理やり詰め込みで覚えるだけだったの。」

「そうなのか。」

「でも、リコの魔法は全然違っていて、やりたいことを前提にして魔法を考えていく。そんなの初めてじゃない。」

「ああ、そうだな。」

「考えた魔法を毎日何回も繰り返し失敗して、魔力が空っぽになって気を失って……。」

「……。」

「いくら失敗しても、自分が成長していくのが分かるの。こんな楽しいことってないよ。」

「ああ。」

「これはリコが開いてくれた世界。リコが見せてくれた未来。」

「そ、それほどの事でもないと思うが。」

「私はリコの隣にいられる事が嬉しいの。……リコは……私じゃ……イヤかな?」

「……そうか、ならば俺も腹をくくるさ。サラの隣に立てる男になってやる。」


 俺は、自分の体に、成長促進を施した。

 成長速度100倍。つまり、1日が100日に相当するため、この期間は3日が1年弱になる。

 サラとの年齢差が11年だから、40日も過ごせばサラに相応しい体になれるだろう。



【あとがき】

 十分な栄養をとって、ゆっくりと大きくなる。巨大化とかも時間がかると思うんですよね。

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