魔導師の記憶

モモん

第一章

第1話 魔導師は前世の記憶をリロードした

 クククッ、ついにやったぞ。

 俺は、前世の記憶をこの身にリロードすることに成功したのだ。

 生後一週間。力の入らない拳を握りしめて、俺は歓喜の声をあげた。

 当然、発達していない声帯は言葉にならず、アーとかウーとかを声にしただけだが、確実に意識は俺のものだった。


 そもそも、魔力および魔法とは何なのか?

 当時、俺の所属していた魔導師ギルドでは、様々な研究や討論が行われていた。

 検討されてきた仮説の一つに、魔力は龍の棲む次元にアクセスする鍵なのではないか、というものがあった。

 つまり、この世界の物理法則を無視した魔法という現象は、龍の棲む次元の特性。”言葉や思念”が実体化し、それを現実世界に反映させている。というものだ。


 今回、俺が行ったのは、この龍の次元に、俺の知識や経験を情報として保管しておき、転生後にそれを取り出す仕組みを作ったのだ。

 アクセスするポイントはXとY染色体の中に記録しておき、子孫たちが成長する中で特定の魔力パターンが出たときにその魔力パターンをアクセスキーとしてロードするようにしたのである。

 つまり、この体は、何世代か後の子孫ということになる。



 前世の記憶を持った俺が最初にするのは、魔力量をあげることだ。

 この体には、少なくとも龍の魔力が宿っている。

 それがなければ、前世の記憶にアクセスできるはずがないからだ。

 この魔力を魔法で消費して枯渇させる。いわゆる魔力切れというやつだが、これを繰り返すことで魔力量の底上げができる。

 俺は、日に何度もクリーンやサーチなどの簡易魔法を繰り返して魔力切れをおこし、意識を失った。

 

 赤ん坊とというのは、多くの時間を寝て過ごすものだ。俺が意識を失っても、寝ていると思われるだけだろう。

 そういう意味で、幼児期の魔力トレーニングは安全、かつ効果的と言える。

 そして、筋肉も鍛えてやる。といっても、生後一週間でのトレーニングなどたかが知れている。ニギニギと手足バタバタくらいだ。

 

 まだ目は見えないが、耳は聞こえる。

 耳から入ってくる言葉からは、知らない単語もあったが概ね理解できる言葉だった。

 

「リコ、早く大きくなってね。」


 口に乳首と思われる柔らかいものを押し付けられてかけられた言葉から、俺の名前はリコというのだろう。

 それにしても、味がなく生暖かい母乳というのは、あまり旨いとは思えなかった。

 転生前の名前はフリード・キングであったが、リコ・キングなのだろうか。もし、女性側に引き継がれた遺伝子だった場合、性は変わっている可能性もある。

 まあ、名前などどうでもいいことだが、乳母らしき女性と母らしい女性との会話があったことから、それなりに余裕のある経済状態であることが分かる。


 どれほどの時間が経過したのだろうか、気持ちの悪い排泄物は、クリーンの魔法でキレイにすることができた。

 あまり頻繁にやると怪しまれるから、適度にだが……。

 目もぼんやりと見えてきて、つかまり立ちもできるようになっていた。

 これは、身体強化や重力魔法の効果も影響している。


 食事は、離乳食が出てくるようになった。

 もう少し、濃い味にしてくれないかな……。


「奥さま、リコさまは寝ている時間が多いと思うのですが……。」


 やばい。寝ているんじゃなくて、魔力切れで気を失っているのだが違いはない。

 

「大丈夫ですよ。よく寝る子供は成長も早いと聞きます。心配は要らないでしょう。」

「心なしか、ウンチの回数も少ないように感じるのですが……。」

「考えすぎですよ。オッパイもご飯も普通に食べているようですから大丈夫ですよ。」


 うん。注意するようにしよう。


 アー、エー、イー。口と声帯も機能するようになってきた。

 まあ、魔法に発声は必要ないので、単純にコミュニケーションのために必要なのだ。


 そういえば、マーリンは詠唱とかいって、イメージしやすくするために言葉を使って魔法を発動していた。

 まあ、マーリンは誰でも使える魔法を推奨していたし、それで貴族に取り入っていたから出世したのだが、魔導師仲間からは子ども扱いされていたな。

 あいつらは、どうなったのだろうか……。


 結局、普通よりも早い時期に話し始めたことで、大騒ぎになってしまった。

 普通の幼児のようなオウム返しではなく、自分の意思を表現しているのだから驚くのは当然かもしれない。


 コミュニケーションを開始したことで、色々な情報が入ってきた。

 乳母の名前はエリーといい、25才未婚の女性だった。

 母はソフィーナといい、24才。辺境貴族の第二夫人だという。

 父親であるリチャード・フォン・キングは普段は王都に滞在している。当然だが第一夫人も一緒だ。

 辺境貴族と言っても、リチャードは領主ではないらしい。貴族の中では末席の男爵になるという。


 俺は順調に魔力を増やし、体を鍛えていった。


「リコさま、普通の魔法師は必ず詠唱を行います。なぜリコさまは詠唱なしで魔法の発動ができるのですか?」

「いいかいエリー。魔法に必要なのはイメージだ。確かに言葉は重要なのだが、それは龍の次元で魔力を具現化するためのもので、必須ではないんだよ。」

「うううっ、リコさまのお話は、難しいです。」

「あはは、魔法師ではないエリーが覚える必要はないけど、まあ、知っておいて損はない知識かな。」


 この家は、財政的にはしれほど裕福ではないようだ。

 使用人はエリーを含めて4人だけで、半年に一度与えられる生活費で暮らしているのだという。


 家の中を確認しながら、資金の補充ができないかチェックしていく。

 うん、この家には、ほとんど魔道具がない。

 魔道具がいきわたれば、余計なものを購入する必要もなく、それをほかの購入費に充てられるはずだ。


 魔道具を作るには、魔法石と魔導銀つまりミスリルが必要なのだが、どちらもこの家にはない。


「ねえエリー、魔法石とミスリルが欲しいんだけど、手に入らないかな?」

「魔法石とミスリルですか、どちらも高価なので、とても無理だと思います。」

「なら、自分で採ってくるしかないのか……。」

「何を言ってるんですか!ミスリルは専用の鉱山でなければ採掘できませんし、魔法石もそれなりに強力な魔物でないと入手できないんですから。」


 まあ、知っている。だが、まだ炭を圧縮してダイヤに変えられるほどの魔力量はないのだ。

 手っ取り早いのは魔法石とミスリルだろう。


 俺は物置から麻袋を探し出し、エリーに出かけてくる旨伝えた。


「夕食には間に合うように帰ってくるから、心配しないで。」

「えっ、リコさま……えっ!」


 俺は重力制御魔法で窓から空に飛び出した。

 キャーッとか悲鳴が聞こえたが、振り返らなかった。

 まったくエリーは大げさなんだから。



 魔力の強い反応は昨夜のうちにサーチしてあった。

 同じ場所に、ミスリルの反応もあったのだ。おそらく鉱山なのだろう。

 その洞窟は木々に覆われており、おそらく未発見のものだと推測できた。

 これなら遠慮する必要はない。


 ほとんどの魔物は氷の矢で撃退できたし、ウインドカッター(風の刃)で切り開き、魔法石を入手することができた。

 氷の矢で倒せない魔物は、氷の槍を使うし、群れで襲ってくる魔物は重力波で始末した。


「ふう、麻袋が魔石でいっぱいになっちゃったよ。今日はここまでにしておくか。」


 魔力も心許なかったので、俺はまた空を飛んで自宅に帰った。


「リコ!」


 俺を迎えた母の顔は、鬼のようだった。



【あとがき】

 さて新作です。まあ、スコップと平行作業になりますが、ボチボチと……。

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