第4話 無数の閃光

 水晶が月光に照らされて光を吸収している。

 中には仄暗い光が宿っており、吸い込まれ消えそうなくらい淡く点滅していた。


「痛いのは久しぶりだわぁ……タダじゃおかないわよ。」

 エレーラが手に載せた水晶が魔力を帯びて独りでに浮かび始める。

 次は一体何が起きるのだろうか。私はレヴィを魔剣状態に戻し眼前で構えた。


 キラリと、水晶が光ったかと思うと一筋の光が放たれ左腕を掠めていく。その瞬間、触れた肌がナイフで斬られたかのように細く裂け一閃の血が飛んだ。

 鋭い痛みが私を襲う。


「一一一一一っ!?」


 何だ、あの光は?目で追えないほど速い。光ったと視認したと同時に触れたところが切れた感覚がした。

「今のは挨拶代わりよぉ。ちょっとずつ削っていって、最後にはバラバラにしてあげる!」


 光を認知した時にはもう発射されているのだ、予測して避けるしかない!

 水晶が瞬くように何度か光った。光る度に閃光が走り回避するものの、3回はたまたま避けられても次の光が右脚に被弾してしまい鮮血が流れる。


「痛ぁいっ!!」

「掠るだけで済んでるけど、あんなの直撃したら貫通するわよ。」

「そんなこと言ったってどうすればいいのよぉ!?」

「見て避けるしかないでしょ。」

「そんなの出来たら苦労しないわよっ!!」


 レヴィと言い合いしながら走って逃げる。

 捉えられないように緩急をつけながら逃げるしかない。

 クレアは聖剣で身を護りながら反撃の機会を探っている。あの程度の光では聖剣の盾を貫くことはできない。


 クレアに近づいて護って貰いたいが、それは許さないと言わんばかりに光が飛んでくる。

 攻勢に出なければいずれは負けると判断したのか、クレアが聖剣で攻撃を防ぎながら距離を詰めていく。


 距離が近づき間合いに入ったと同時に聖剣を振り抜いたが、エレーラは黒霧と共に消え距離の離れたところに現れた。

「聖剣は厄介ねぇ。じゃあ、これはどうかしら?」


 エレーラの袖からクリスタル状の水晶石が連なったペンダントのようなものが現れる。

 ジャラジャラと音を立てながら糸を抜き取ると、空中に向けてペンダントトップを放り投げた。

 数は20個……いや、30個はあるだろうか。等間隔に散りばめられフワフワと空中に停滞している。


「何……あれ……?」

 何かは分からないが不吉な予感だけはびきびきと感じる。

「これで最期にしましょ。」


 エレーラは水晶からペンダントに光を放ち、接触した光は複数のペンダントの間で屈折を繰り返し始める。

 その中には分散する光もあり数が増加し続けている。


「ミツキ!こっちへ来い!!」

「間に合わない!!」

「遅いわよぉ!蜂の巣になりなさぁい!!」

 魔剣を振り私の姿を覆うほどの巨大な黒の炎を周囲に放つ。その刹那、エレーラの声に反応し光が空から雨のように降り注いだ。


 光が刃のように地面に突き刺さり砂煙が舞い、その場にいる者の視界を奪った。

「ミツキ!!無事か!?」

 天に聖剣を構えながらクレアが叫ぶ。どれくらいの時間が経っただろうか。やがて風が吹き、砂煙が晴れてくる。


「フフッ……今頃バラバラになってるかもねぇ……ん?」


 確かにいたはずのそこには複数の血痕が残っているだけで、バラバラの肉片も血塗れの地面も残ってはいなかった。

「ど、どこに行ったの!?」

 エレーラが狼狽した次の瞬間、背後の砂煙の中から魔剣が突き出されその首筋の皮を薄く斬る程度に刀身が這う。


「なっ……何でそこにいるの……!?」

「私ね、魔剣の力で瞬間転移できるの。短い距離だけどね。」

 クレアと戦っている時に使ったが、少し視られただけでバレていなかったようだ。

 しかし、転移はしたものの光の速さには追いつけず、数ヶ所傷がついていた。地面に落ちた複数の血痕はその時の名残りだ。


「あの黒炎で相殺しようとしたんじゃ……」

「いや、私を隠すために出したの。炎だけじゃ隠しきれなかったから、砂煙が起きてくれてよかったわ。」

「……私を殺さないのぉ?」

「殺したらミアを救えなくなるから。」


 エレーラはギリッと歯軋りをしたが、降参よと言いつつ水晶を手放し両手を挙げた。

 しかし、まだ何か奥の手があるかもしれない。魔剣を降ろさずにそのまま首筋に当て続ける。


「もう何もしないわよぉ。こんな状況で奥の手なんか使えないし。それに、ちょっと揶揄ってあげようと思っただけだしね。」

「ミアのこと、助けてくれる?」

「わかったわよぉ。助ければいいんでしょ?その代わり聞かせてくれるかしらぁ?」

「……何?」


「お嬢さん、貴方どこから来たの?」

「どこからって、屋敷から……」

「私が言ってる意味、わかってるでしょ?」

 エレーラが念を押すように聞いてくる。


からこの世界に来たの?」


 どうして……?魔女は水晶を通して起こっていることを視ることができるだけだ。

 私がどこから来たかなんて、頭の記憶を覗かない限り聞けるはずがないのだ。

 戦いが決着したこともあり、クレアが聖剣を下ろして近づいてくる。

 このままではクレアにも聞かれてしまう。この質問には答えられない……


「もぅ……邪魔ばっかりするんだから。いいわ、そのミアって娘を助けたら二人きりで話を聞かせて頂戴?それでおあいこにしてあげる。あ、もちろん魔剣も一緒でいいわよぉ。」

「……わかった。」


 ミアを救うための交換条件なら仕方がない。

 レヴィも一緒であれば危険なこともないだろう。

「ミツキ、無事か?」

「うん、ちょっと痛いけど何とか。」

「傷口が膿むと危険だ、手当しよう。」

「はぁ~……しょうがないわねぇ。」

 エレーラが溜息をつきながら家の中に招き入れてくれた。


 家の中は想像した魔女の家らしさはなかった。大きい釜があるわけでもなく、本棚に魔導書がビッシリ詰まっているわけでもない。

 ベッドとテーブルセットとソファがある普通の部屋であった。

 部屋の隅に置いてある香炉からゆっくりと煙が上がり、花の香りが部屋に広がっている。


「今日はもう遅いし、泊まっていきなさいな。」

「罠かもしれん。どういった風の吹き回しだ?これは槍……いや、光が降るな。」

 私の傷口を消毒しガーゼを当て包帯を巻きながらクレアが言った。

「アンタは外で寝なさい。」

 クレアをじっと睨みながらエレーラは布団の準備を始めた。


 確かにもう夜も遅い。クレアが迷いの森の影響を受けないとはいえ、私がはぐれたらそのままあの世行きなのだ。

 リスクも高いしここはお言葉に甘えた方がよさそうだ。


 電気の消えた部屋で布団に入る。

 風で森がざわざわと鳴いているように聴こえる。

 今回の戦いは疲れたけれどあまり体力は消耗していないようだ。


 ミアを助けなければ。

 明日に備えて今日はぐっすりと眠ることにした。

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