Chapter 1-7-3 傭兵バック・イン・ダ・フッド〔後〕


「うわー……こういう通りは入っちゃダメってめっちゃママに言われたっスよ……」

「親不孝な仕事しながらそんなこと考える?」


 "双子"の店に行く前に土産を調達しようと私達はメインストリートから2本ほど外れた裏通りを歩いていた。 電線には取引の目印の為に引っ掛けられたスニーカー、壁面には幾度も上書きされたタギング落書き。電柱脇には何日放置されたか考えるのもおぞましい生ゴミ袋。 そこら辺あちこちに立ってこちらを値踏みする様に睨みを利かせるポン引きだのプッシャーだの大口開けて瞳孔ガン開きのジャンキーだのばかり。

 ミッドサイドは生まれの地元だが、こういう風景が昔から変わらないのは如何なモノなのか……。


「ヨーおネエさん達、二人とも満足できるデュアルコアのカムボーイ男娼いるよ。 買ってかない?」


 前歯の欠けた薄汚いポン引きの隣には金光沢ムタンガで下半身だけを着飾った上で、インプラントとおそらく薬物で不自然に外観を強化して無反応な目をした男娼が腰をくねらせたポーズで立っている。 エゴ・サイレンサー自我抑制器入ってるなコイツ……


「あー……女の子の方が好みなのよね、悪いけど他当たってくれる?」

「ああそうかい、どっかいけ」

「いい客探しなね」


 全く腹立ちもせずにその場を離れた。

 売り言葉に買い言葉、お互いにこんなモンだと分かりきってる。ミッドサイドなんてこんなモンである。


「……大丈夫なんスか?色々と……」


 ルナは若干ビビり気味である。コレくらいのやり取りなんてこの街じゃよくある事なのだが……。


「ん?フツーよコレくらい」

「ウェー……住めそうに無いっスここは……」


 どんだけ温室育ちなのか……。



 その後も明らかに品質が怪しそうな粉物を売りつけてくる売人だの、やたらしつこい女衒だのを避けながら歩いているとようやく目的地に辿り着いた。


 蹴ったら今にも倒れそうなボロい雑居ビル……のドアシャッターの前。シャッターの奥からはうねる重低音と細切れにされた遠い昔の音楽が漏れて聞こえてくる。


「……なんスかここ」

「アタシの友達のヤサ隠れ家よ」


 以前から伝えれている符牒なのでシャッターを4回叩いて少し待っているとシャッターがガシャガシャと音を立てながら自動で半開きに開く。


 ブラックライトで照らされた階段を降りていくと防音設備として機能しているのか怪しいレベルで音が漏れている防音扉の前につく。“B1 Cult”とスプレーで殴り書きされたドアの前には短銃身のアサルトライフルで武装したガタイがいいのが二人立っていた。


「久しぶり。ラウドはいる? イノセントが来たって伝えて欲しいんだけど」


 返事無し。 


 一人はインプラントで通信を開始し、もう一人はライフルのセーフティをカチャカチャ言わせながらこちらを睨む。


「通んな」

「ありがと」

「ど、どうも……」


 相変わらず無愛想なバウンサー警備だなと思いながら相変わらずクソ重たい扉を押し開ける。


「ミッ!!!!!!!!」

「っ!!」


 音圧。 頭のおかしい限りの音圧だ。


 自動再生されているのか無人のDJブースの横に屹立するバカでかいスピーカーからは凄まじい限りの音圧。 鼓膜どころか脳が振動している感覚だ。音の内容はバスドラムの鼓動くらいしか分からない程のエゲつない音量。


「あんのクソッタレ……」

「ーー!!ー!ーーー!!!」


 ルナが何か言ってるのは口の動きで辛うじて分かるが自分の声すら聞き取れないんじゃ会話のしようがない。とりあえず用があるのはブース横の扉の奥だ。


「あーもう、来るってわかってんだから音量下げろってんだあの爆音バカがよ……」


 極度の音圧に存在をコンプレッションされながら『B2 Cult』と書かれたこれまたクソ重たい防音扉を押し開けてブラックライトに照らされ何らかの痕跡があちこちで光る階段を降りていく。


「耳アホなるんスけどこんなの」

「同感……」


 一体何をどうやったらこんな建築構造になるのかと思うほどの長い廊下を耳鳴りにうなされながら歩く。 突き当たりには『支配人室』と乱雑に書かれた扉。 クソ重たいんだコレが……。


「ヨー久しぶりねぇファッキンラウド、ちったぁ音量下げてくれてもいいんじゃない?」


 ボングだの鏡だのカミソリの刃だの、最後にいつ片付けたのか知れないハリネズミじみた灰皿だのが転がっているガラステーブル奥の革張りのソファーには痩せぎすの黒のタンクトップ姿でスキンヘッドにカラフルなメキシカンスカルのタトゥーを刻んだ男が座っており、不健康そうな隈の上に乗った目玉でこちらを睨む。


「(え、何この人怖)」


「・・・そのチビのビッチは?」

「ルナ。 アタシらの新人」


 相変わらず愛想のクソ悪い男だ。


「は、初めまして。ルナっス……」

「・・・ラウド。 ミューゼギャングスタ。クラブB1Cult支配人」


 コイツとは仕事絡みでそこそこの付き合いはあるが、全く愛想が無いのは昔から変わらない。

 仕事は完璧にこなす人間ではあるが……。


「用件は? オレは忙しいんだ」

「腐ったコーポ野郎みたいなこと言って……ブツが欲しいの、ローズジェリーあるでしょ」


 キツめ……というか、なんか変な効き方の媚薬だ。怖いもの見たさで試した事はあるが、ショットでテキーラを二杯連続突っ込んだ直後みたいな酩酊感に重めのインディカみたいな体が溶ける感覚、そこに下腹部が溶けて煮え立つような催淫作用……正直、趣味が悪い……だが、コレが好物なヤツらも居る。


「・・・そのビッチと使うんか」

「(ビッチピッチうるせえヤカラッスねぇ……)」

「アタシの女の趣味分かって言ってるでしょアンタ」


 ルナの貧困極まりない体型は私の趣味じゃない。 せめてあともう少し胸と尻があったら、まあ考えなくも無い、顔は良いし。


「ケへケへ・・・」


 ラウドは機能放棄してそうな表情筋を不自然に釣り上げながらテーブル下のペリカンケースを引き出す。


「(笑い方キっショ……)」


 当のルナはと言えばさっきから肝が太いのかそうじゃ無いのかよくわからないコメントを呟いている。


 ペリカンケースの中から素早く取り出された真紅の錠剤がテーブルの上に置かれる。


「掘り出したて。 品質は警察が保証済み」

「どうなの? 最近の掘り出しサルベージはさ?」

「どうもクソも、宇宙服着て廃棄車を尾けて廃棄場に潜るだけ。 あとはレコードでもCDでもクスリでも掘るだけ掘る。 たまにレンガみたいなハナちゃんコカインも降ってくる。昔から変わらねえボロい商売さね」


 コイツらミューゼギャングのシノギは押収された文化的禁制品や薬物の回収・転売で成り立っている、らしいとは前に聞いた話だ。


「で。 分かってるだろうが。現ナマ」

「わーってるわよ」


 煌めく合成繊維紙幣の約2万¥$エディを手渡してブツを引き取る。 こういう時の為に現ナマは常にポケットに突っ込んではいる。 この時代に現ナマだろうが電子決済だろうがリスクは大して変わらないだろうに……。


「近いうちに仕事を回す。 指名で」

「そりゃどうも、アタシの本指名は高く付くよ」


 長居は無用だな。 そろそろ行くか……。



「変なヒトでしたねぇ……」

「仕事はちゃんとやるんだけどね、アイツ」


 B1Cultを後にした私たちは"双子"の店へと歩いている、位置としてはメインストリートの外れのビルの谷間の猥雑な屋台街に面したビルだ。


「しっかし、媚薬がお土産……もしかしたらウチ知ってるヤツかも」

「あぁ……まあ、この辺りの女好きには有名な子たちだからね」


 電子アクセ屋であって決してストリップパブだの娼婦だのではないのだが、それはそれとしてこの辺の女好きなら名前程度は知ってる。 そんな連中である。


「タコスあるヨ、本場メヒコの味ヨ!!」

「タコ焼き食ってけ!!! 化学ダシだから大丈夫やで色々!!!ホンマに!!」

「粉もんは粉もんちゅーてもオーサカの粉やで!!早いのは入っとらんで!!」

「やかましいカンサイもんよりウチの焼き鳥食え!!」

「おマミ・・・おマミ・・・」


 人並みを掻き分けながら屋台街に入ると有象無象の食品原料が焼ける匂いとソースだの香辛料だの醤油だのが跳ねて焦げる匂いに呼び込みの大声にくっだらない談笑とお決まりの広告音声が響いている。


「当ててみましょっか?『ダマスクローズ』っしょ?」


 ああ、やっぱり知ってたか。


「正解。 なんだかんだこの辺でも遊んでるのねアンタ」

「ニヒヒー」


 チェシャ猫じみて笑うルナが私の前へと進み出る。 目的のビルのフロア案内板には


1F 大衆丼 Must丼 (クソみてえなダジャレだ)

2F 東海組 硝子営業所 (建築業か)

3F OTeTe Club (多分風俗店)

4F Damask rose ←目的地 字体がカワイイ


……ここより上は中小企業のオフィスだろう。


 エレベーターは……まだ故障中か……


「ねえルナ? ハックできたりしない?コレ」


 こいつレベルのテクニカ技術屋ならハッキングでどうにかできたりしないかと思い尋ねる。


「ンー……」


 薄暗いエレベーターホールでルナの目元が淡い緑の光を帯びる。 確認中か……。


「……無理っスね、そもそも電源入ってないし。独立してる監視カメラチラ見した感じ底抜けてるっスねぇ〜」


 底抜けって、どんだけのデブが乗ったらそんな事が起きるのやら……。


「はぁ……しゃーないか」

「なんか微か〜に死臭しますし、歩いていきましょ? ここでまごついてるだけでヤなもの付きそうっス」


 散々走り回る仕事をしてるのだからこういう時くらいは楽したいな思いながら、とっくに製品寿命を三周してそうな高速点滅LED蛍光管が照らす非常階段を上がっていく。


 2階あたりで何やら怒号が聞こえたのを知らないフリしながら足を進めると4階にたどり着いた。


Damask rose とオーセンティックな筆記斜体で書かれた看板の飾られた、コレまたオーセンティックな古臭い木製の扉が私たちを出迎える。

 バリスティックといい、私の友人たちはこういった古めかしいものを好む習性でもあるのだろうか。


そんなことを考えながらドアを押し開ける。 サラサラ、という表現が正しいであろうドアベル代わりのウィンドチャイムの音が造花やらプラスチック蔓やらパステル電線(?)の飾られたデジタルファンタジーな雰囲気の店内に響く。


「おねえちゃん「「ミユキちゃん」」

『お客さん』


 アールデコ調のお揃いの椅子に腰掛けた二人から一切の遅延なく同期したタイミングで非常によく似たカナリアじみて愛らしい声が鳴る。


 ダマスクローズを営む脳をケーブルでADD直結したフワフワ甘々ロリータ衣装の通称"シスターズ" イズミ姉妹だ。 確か姉の方がミスズだったはずだ。 こいつらは容姿が似すぎててどっちがどっちなのかわかったもんじゃない。


「おほー、久しぶりっスねぇシンクロ姉妹」

「『お久しぶりユキちゃん』」

「ちょっ……」


ああ、やっぱり"ユキ"ハラだったか。 診療所で耳を塞ぎながら読唇した時にルナの本名はなんとなく察していた。少しは空気読んでやるか……。



「なぁんだやっぱり知り合いなの、ルナ?」


「ルナ?『ルナ』」

「「こいつらセックスしたんだ」」

「下僕!『ネコ扱い!』」

「「やっぱりセックスしたんだ!!」」


「下僕ちゃうわ!!!!」

「やかましいわよ脳みそセックスシスターズ……あんたらが直結速度で何話してるのか知らないけど、聞いてるこっちは追いつけないの、わかる?」


姦しいというかやかましい。 一連の発言の合間におそらくは二人の間で相当の相談をした上で口を合わせているはずだ。 流石は脳直結交信速度。


「うわ『イノセント』」

「「またMACARONなら持ってけドロボー!」」

「「作ったそばから無くしてーー!!」」


 ピーチクパーチクと……カナリアというかジュウシマツか。


「実用品だからしゃーないでしょ、毎回助かってるわよアンタらの子供達には」


 どうにもコイツらは双子で生まれてからというもの何をするでもずっと一緒にいるらしく、インプラント植え込み適齢期に入った途端にお互いにお揃いのインプラントを植え込んでADDケーブルで脳を繋いでまで一緒にいるらしい。 双子の絆は強いとはいうがここまで来ると最早病気MADだ。


「「うちの子たちをもっと可愛がれーーこのクソ傭兵ー!!」」


 しっかしやかましい……アニメ声なせいで余計にやかましい。 そろそろ黙らせるか……あの"ショー"も見たいし。


「はいはいごめんね。お土産あるから許してちょうだいな」


「お土産『どうせハッパだ』」

「いつもそう『だいたいそう』」


 ポケットの中のパケを探っている間にもこれだ、いっそのことケーブル引っこ抜いてやろうかなコイツら……。


「あー、えーと、そういやこの前頼んだのはもう出来てるっスか? アンテナドローン頼んだじゃんウチ?」


「出来てる『とっくの昔に』」

「『取りに来いってメールしたでしょー!!』」


 ネタどこだっけ……右のポッケに入れたはずなんだけどな……。


「あー、忘れてたんスよ、ほら見てこの包帯。 こんなザマになるような生活なんスよ?ね?わかってカワイコちゃんたちさ」

「スキャン『銃創』」

「処置済み『致命的じゃない』」

「『ポンコツやんけー!!!』」

「うっせ!マジでうっせえ!!ピーチクパーチク!!」


「うるせー小鳥ちゃん達にエサだよほれ」


 やっと見つかったネタ薬物を投げ渡す。


「あー『コレー』」

「『オキニのヤツー』」


 変な媚薬を喰いたがるアホってのはコイツらの事である。


「じゃー食べちゃお『ちゃお♪』」


 それなりに危ない薬だが飴玉かポテチでも食うかのようにミユキはパケに指を突っ込んで飴玉くらいデカい錠剤を舌に乗せる。


 さぁ始まるぞクソみてえなレズ・ショーが。


「ミスズひゃん。ほりゃおいれ」

「えへ、人前なのに……あーーー……んっ」


 二人の舌先が絡めあった瞬間に唇と唇がベッタリとくっつく。


ぐちゅ、ぶぢゅ、じゅるじゅる。 と卑猥な水音がクラシカル・カワイイミュージックが控えめに流れる店内に響く。


「……ヒュー、もっとやれー…?」


 ルナは下手くそな口笛を吹きながらその様子を片目で見ている。白昼に直視したくない光景なのはまあわかる。


「んじゅ、ぢゅる、んっ、甘いねミユキちゃ……んちゅるるるる」

「んむむむ……んぢゅるるる、おねえちゃ、ちゅ、んむ…」


 にちゃ、ぬちゃぬちゃぬちゃ、じゅる、ぐじゅ……唾液が絡まり合う音、溢れかけた雫すら吸い絡めている。    ズームで撮影したら売り物になりそうなくらいウェットなザマだ。


「おー激しい。 アタシら見えてねーなコイツら」


 それはそれとして、クソみてえなレズポルノEMOムービーでも見せられる気分だ。


「んぢゅ、こんなの……もってくるイノが……ぢゅむ、ぐぢゅるる……『悪い……』」

「んぁっ、おねえちゃ……下も……」


 姉妹お互いのフワフワした袖が段々と下腹部へと……今何時だっけ? 15時過ぎか。


「はいカットーー!!!カットっスーー!!!!まだお昼間っスよドロドロシスターズ!!!!!!!!」


「はっ『へっ』」

「そりゃそうだ『お前ら帰れ!』」


 そんなバカな話があるか色ボケ共が。


「アタシは『ウチは』」

「『客だっての!!』」


「『しゃーーッ!!』」


 謎の鳴き声の抗議が飛んできたので二人にチョップを入れて話を仕事に戻した。




「ーーんで、とりあえずMACARONはもらって行くわね、いつもアリガト」


 受け取った矢先に右髪に着ける。 アクセ代わりでもあるのでないと片方だけだとなんだか落ち着かない。


「ウチもドローンアリガトっス。……袖に入るかな……入ったわ」


 ルナは早速バリスティックの服を有効利用しているようである。

 姉妹はと言えばピンクジェリーがキマッてきたのか上気しながらお互いの手をモミモミしている。 アタシらが帰ったら店の中でおっ始めるんだろうな……。


「とりあえず注文通りだよ『だよ』」

「『シグナルスクランブラーとフェアリー級ICE。ICE突破対策のブリーチブレーカー、300mレンジの無線アンプリファイア、全部入り』」


「完璧っス。さっすがシスターズ」


「別にー『仕事だしー』」

「『無くしたら知らねえしー』」


「そこは保証しないけど、今後ともヨロシク」

「ウチもヨロシクっスよ」


「『褒めても何も出ねえしー』」


 端末を操作して……送金完了。


「んじゃバイク屋戻るよルナ。 仕上がってる頃合いだわ」


 さっき時計を確認した感じ丁度2時間が過ぎていた、バリスティックといいこコイツらといい、いい暇つぶしになった。

「あー、もうデート終わりっスか。残念っスねぇ」


「デート『このあとホテルコースだ』」

「『やっぱりセックスするんだコイツら!!!!』」


「『やかましいわ!!!!』」


 どうせ延々とこの調子なので私達は足早に店を後にした。

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