悪魔はソシャゲ世界で正義の味方になりうるのか
四椛 睡
プロローグ
第■話:万物は流転する
人間が呼ぶ「地獄」とは、こういう景色を指すのだろう。
深紅の空に昇る濃い灰色の煙と黒い雲を見上げながら、そんなことを考える。
平和な日々が懐かしいと思った。少し前までは「やってられん」と愚痴を零し、不本意ながら相棒のような間柄になってしまった阿呆と馬鹿馬鹿しい喧嘩をしたり、同僚とも呼べるコンビと仲良くしたりして、それなりに面白く過ごしていたのに。一体全体どうして、こんなことになってしまったのか。
ぐちゃりと掻き回される感覚に、思わず悲鳴が洩れた。
意識が現実に引き戻される。
腹に刺さった得物が気持ち悪い。
聞こえるはずのない粘着音が脳内で反響する。ぐるぐると廻る錯覚に合わせて、取り戻した思考が再び乱される。
ぐちゃ、ぐちゃ。ぐちゅ。ぐち、——ぐちゅり。
——いやだ! 止めてくれ!
幸か不幸か、情けない訴えは言葉にならなかった。
だから必死に離れようとする。相手の肩を押し、腕を叩き、摑んで、引き剥がそうとする。
そうすればするほど、背中に回された手に力が込められる。絶対に離さない、とでも言うように。ぎゅっと。互いの身体が隙間なく密着する。洋服越しに感じる体温に吐き気を覚える。
反らした首に生温かく湿ったものが這う。
痛みが熱となる。
めちゃくちゃに掻き回される。激しく——より激しく。
耳元でヤツが笑う。
「ああ、ずっと……ずっと、こうしたかった! きみを見つけた時から!」
その声は酷く興奮している。熱い息が耳を、頬を擽って背筋が震える。
俺は嫌だ、こんなことしたくない。そう言いたくてもやっぱり言葉にならなくて、酷く悔しい。己の意思に反し視界が滲むのも、助けを求めたくなる気持ちも悔しかった。
大事な部分に触れられる。
崩される、と判った。
初めてなのに判る。崩される。破壊される。ぐずぐずに壊されて、そしてそれは二度と戻らない。
「ぃや、だ……やめろ……!」
「大丈夫。怖くないよ、大丈夫」
「ぅ、……くそっ……離せぇ……!」
「すぐに解放してあげる」
ヤツは俺の瞳を覗き込み、にっこりと微笑む。
憎らしいほど整った顔だ。まさに『天使』の名に相応しいご尊顔。平素ならば素直に賛辞を呈しただろう。けれど、今は何よりも恐ろしい。せめてもの抵抗で爪を立てる。が、全く効いていないのは明らかだった。
その証拠に笑みが深まる。満月を思わせる瞳が、とろりと歪む。
「全部任せて。——■■」
■■。
(どうして)
耳にした瞬間、呼吸が止まった。ゆっくりと視界から消えたヤツの吐息を首筋で感じる。
俺は見開いた目で宙を見つめることしか出来ない。突然現れた空白地帯に疑問符が落ちる。
(どうして、知っているんだ?)
嘲笑うように、もう一度囁かれる。
遠くでアイツの叫び声が聞こえる。
「■■」
それは確かに、俺の名前だった。
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