ep.30 時と記憶のリセットに、終止符を。
「――あなたにも、事情はあったと思う。でもね、私達もその分本気なんだよ。
どうしてあなた達の組織は昔、この国を突然襲ったの? そして、今は何を目的に動いているのかな? もし知らないのなら、その時の指示役は今も健在のはずよね。再び襲撃の準備を行っている事は、こちらも周知しているのだから」
「あぁ。俺達は気が短いんだ。ここまで訊かれ、流石に何も答えられないという事はないだろう? その姿で、忠誠心がどうこう言える立場ではないと、いい加減に諦めるんだな」
王宮。
その中の無機質で広い一洋室、ヒナとマニーが怖い目で、1輪の花に話しかけている。
そう。あのシエラの能力によって、敵の魂と入れ替えられたノースポールだ。
ちなみに花の魂をぶち込まれた事で、認知症の如くボーっとしている確保した敵の男は、この部屋でマイキと向かいあって座ったまま何もしてこない。
「…何も話さないね。黙秘を続けるつもりみたい」
「ほう? それは『花だから』という意味ではなく?」
「もちろん、魂が必死に心を無にしているj…」
バキッ! ドンガラガッシャーン!
その瞬間、マイキが席を立ち上がり、敵の男の腹を思い切り蹴り飛ばした。
男は大きく後ろへ倒れ、座っていた椅子もバラバラに崩れる。男はそれでも倒れたまま抵抗せず、ただ「うーうー」と変な声を上げるだけ。そこへ更に、
ドン! ぐしゃり
「うー! うぐっ」
地面についている男の頭を、マイキがえらくヒールの尖った靴で踏みつけたのだ。
これでもまだ優しい方で、そのデカい針のようなヒールで強く踏んだら、男の米神から血が噴き出てもおかしくないだろう。マイキは踏みつけたまま花へと振り向いた。
「つぎ同じ事をしたら、今度は砂漠地帯に住んでいる、こいつの娘がどうなるか…」
「あ、まってマイキさん、反応があった。『娘は関係ないだろう!?』だって」
と、ヒナがハッとなって手を翳す。ヒナには動植物の話している事が分かるのだ。
だがマイキは、
「連帯責任だ。自分達フェデュートが得意としている分野だろう?」
とバッサリ。
この描写だけだと、男とマイキ、どっちが悪者なのか分からなくなりそう。そこへ、
ガチャ。
「――わかった。今朝、ヘルから例の医療機器が導入されたという知らせを聞いている。場所はそこにしよう… うん…… 健闘を祈る」
そこへ、アゲハがガラケーを持って入室だ。
表情からして、緊急性の高さが窺える。マニー達は尋問を中止し、アゲハがガラケーを閉じるのを待った。そして、
「アキラ達から連絡が入った。彼らは敵の包囲網を抜け、こちらへ向かっている。
あの隠れ家は敵の爆撃により全壊した。奴らの狙いが判明し、こちらの足をつかれた今、マリア達を安地へ籠らせる意味がなくなった。彼女達も一緒に王都へ帰還させるよ」
マニー達が息を呑んだ。
ヒナもふと、花を一瞥する。きっとその花に宿っている敵の魂が、今の話を聞いて何かしら反応を示したのだろう。アゲハは続けた。
「最後に、ここからはメンバー全員に向けた、キャミからの伝言だ」
…。
ベルベット・スカーレットは、最終局面に突入した。
これから向かう医療施設が、恐らく本オペレーション最後の「戦場」となるだろう。
イシュタが見た夢の景色から、概ね嫌な予感はしていた。
だが彼がのちに覚醒し、マゼンタの暴走を自ら食い止めるまでの流れで、その恐ろしい「疑惑」は「確信」へと変わった。
一刻も早いアニリンの治療と、マゼンタの解放が求められる。
施設には、今も多くの患者がいる。その人達の分まで、防衛に徹したい。
メンバー一同の、助力を乞う!
――――――――――
あの時、鉄くずの山で倒れていたアニリンに、大きな傷はなかった。
イシュタが刺した対象は、以前より彼の刺殺を望んでいたマゼンタのみ。それを知った時、不謹慎だが僕達は安堵のため息をついたものだ。
だが、まだ安心はできない。
僕達は気を失っているアニリンを抱え、治りかけであるマリアの肩も持ちながら、王都へ帰還することにした。その情報共有のために、アゲハにも連絡したのだ。
こうして医療施設に到着してからの内部は、かなりピリピリしていた。
施設の一部屋には、新たに「放射線室」が設けられている。
その中に据え置きで設置された撮影箇所こそが、先日より噂されていた「最新の医療機器」とのことだ。
この中世〜近世レベルのアガーレールで「レントゲン」という、開発費用はもといその素材や技術を集めるのでさえ容易ではない代物である。ノア、そんなものまで作れたのかよ…
「耳のピアスが取れないか。仕方がない。このまま検査をしよう」
ヘルがそういって、到着後もずっと眠っているアニリンを台の上に寝かせ、機器を稼働させる。そして全身のレントゲン撮影を行ったのだ。
医療現場に、緊張が走った。
「くっ…! やはりか」
無事に撮影を終え、フィルムをもって診察室にかけつけたヘルの表情は、絶望に近かっただろう。
誰が見ても、良い検査結果ではなかったか。そんな不安が、見る者の脳裏を過ぎる。
そうして彼は若葉をはじめ、複数の医療従事者またはその経験のあるメンバーが部屋に集まったタイミングで、こう告げたのだった。
「この写真を見て分かる通り、アニリンの胸部に六角柱の影が写っている。これが問題のクリスタルチャームだ。
使用されているロゴは、マゼンタの頭文字であるM。厄介な事に、クリスタル全体を糸のようなものが絡んでいるのがみてとれるが… これらの正体は『血管』だ。それも、心臓と直結している」
「「!?」」
なんと!
マゼンタのチャームはアニリンが持っていた… のではなく、体内に埋められていたのだ! しかも心臓に張り付けられているという。だから魔法が使えていたのか。
しかし、なぜよりによって「心臓」なんだ。
その状態で少しでもクリスタルを動かそうものなら、アニリンの命が危ないのは明白。最悪、死に至る部位ではないか。
「は? それって、取り出す事できるの…?」
と、若葉が質問する。ヘルはなお、冷静に振る舞いながら答えた。
「理論上は、可能だ。
だが黒いピアスの排除ならまだしも、彼を生かしたまま心臓に張り付いたチャームを取り除くのは、非常に難しい手術となる。しかも相手は子供だ、少量の失血だけで命取りになる。輸血をするにも、リットル単位のドナーの提供がなければまず助からないだろう。
ゴブリンの血液にはニンゲンのものと同一の系統もあるが、アニリンの場合は少し特殊だ。彼の血液… いや、どの血液にも適合できる者がいない限り、もう助かる可能性は」
「そんな」
次から次へと、絶望的な知らせであった。
中には、今にも泣きだしそうなメンバーまでいる。
あまりにもドナーの条件が厳しすぎる。僕達はもう、アニリンの命と引き換えにマゼンタのチャームを取り出すしか、他に道はないのか…?
「ねぇ。その、血液のことなんだけど」
僕達は、その重い空気を切り開くように語りかけた人物へと、目を向けた。
その人物とは、マリアだ。
彼女はあのあと、ここへ来るまでの間に腹部の怪我が驚異的なスピードで治癒され、今ではその銃痕も目立たないほど、治りかけている。
そうか! マリアは確か特異体質にして、どの血液型にも適合する「黄金の血」の持ち主。
つまり自分がドナーになる事で、少しでもアニリンの命が助かる事を、望んでいるのだ。
僕達はマリアの力によって、“奇跡”が起こる事を信じた。
【クリスタルの魂を全解放まで、残り 6 個】
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