ep.27 “糸”と“引き金”は、もう既にこの手に――

「あの…!」


 こうして医療施設を出たイシュタが、キャミに声をかけた。

 キャミは「なんだ?」といい、足を止める気配がない。イシュタは内心、怖いのだろうけど、ここは勇気を振り絞ってこう続けた。


「僕も、連れていって下さい!」

「…!?」


 これにはキャミも耳を疑ったか。足を止め、イシュタへと振り向く。

 イシュタの目は、真剣であった。


「雪原、ですよね? これから行く場所って。ローズさんから事情は聞いてます」

「くっ、あの男…!」

「それに、前に話したオペレーションのこと… きっと、向こうとも深く関係している気がするんです。だから、僕にとって他人ひとごととは思えません! どうか、お願いします!」


 そういって、イシュタは深々と頭を下げた。


 その姿を、通りすがりの住民達が不思議そうにチラチラ見つめる。

 キャミにとっては、まるで若者をこの場で謝罪させている様で、なんとも気まずい。


「あら! ここで何してるの?」

 更に、そこへティファニーが通りかかった。

 一応新参なので、道や建物等を覚えるべく散歩していた序でか。


 このまま人々に注目され続けては、かえって怪しまれる。キャミが下した決断は――。




 ――――――――――




「ここなら、見つからないかな」


 その頃。地下隠し扉から無事脱出したマリアが最北部、タイガの森に入り、その中で見つけた洞窟へアニリンとともに身を潜めた。

 タイガの森というよりは、すぐ横がグロウバイオームの境目で、あの凶暴な食虫植物たちの手(?)が届く場所。今でさえマリア達を「仲間」だとサンドラに教え込まれているので、植物達は襲ってこないが、敵には容赦なく攻撃する。それを利用する作戦だ。


「大丈夫だよ、アニリン。奴らがあの植物達の脅威を知っていれば、ここまで足を運んでくる事はないはず。火で焼き払うなんて、バカなことをしない限りはね」

 ポンッ

「!?」

「しっ」


 マリアの肩に人の手が触れた。彼女は驚き顔で後ろへ振り向く。

 呼びかけたのは、僕だ。あれから森を駆け抜け、途中でサンドラと合流し、ここまで走ってきたのである。僕の後ろからは、サンドラもひょこっと顔を覗かせた。


「驚かせてごめんなさいね。良かった、2人とも無事で」

「サンドラさん。それにセリナも。どうして、私達がここへ来るって分かったの?」

「それがな? キャミから借りていた、このサソリの召喚獣でメスの匂いを嗅いできた」

「うぅ! 発想がスケベおやじッ!!」


 そういってマリアが赤面がてら肩を縮こませたその目線の先には、僕の隣でカサコソと歩き回る大きい蠍、ラックス。

 …アニリンがちょっと怖がっているな。ゴメン。

 そんなラックスは七つの大罪「色欲」を司る召喚獣で、女の匂いや気配を感じ取るのが得意である。すっごい変態な発言かもしれないけど、マリアほど乳がデカい女の子は、フェロモンが強いらしい。そして、


「はぁ、はぁ、やっと見つけた」

「まって走るの早い…!」

「いたいた~♪ 寒いでしょ? カイロ持ってきたわよ」


 キャミ、イシュタ、ティファニーの3人も到着だ。というか、なんでイシュタまで!? と、僕達は驚いたものである。

 こうして狭い洞窟、皆で身を寄せ合って温まっている中、マリアが落ち込んでしまった。


「みんな… ごめんなさい。私がもう少し上手く、一軒家で隠れていれば、こんな事には」

「気に病まなくていい。しかしここまでくれば、もう奴らの目的は1つしかない。マニュエル達が予言した『戦争の引き金』は、既に俺達の手に渡っているようだな」


 て、おいちょっとキャミ、子供の前でそういう怖い話はよせって。

 僕も正直、何となくそんな気はしているけどさぁ。まず例のチャームがない以上、ベルスカのゴールがアニリンとはまだ断言できないだろうに。



「あれ?」


 その時、イシュタが大きく目を開け、ゆっくり洞窟の奥へと歩き始めたではないか。僕達が振り向いたその時、奥からふんわりと光が上がった。


「まさか…!」


 イシュタがそういって「感じる」方へと駆け寄り、山のように積み上がった石や岩を手でどかしはじめた。いつぞやの地下でも見た様なこの光景、ここは僕達も手伝う。

 すると僅か30秒ほどで、


「あった!」


 両手煤だらけで、イシュタが岩の中から新たなチャームを発見したのだ。

 チャームのロゴは散弾銃。つまり、中身はあのひげを生やしたダンディなお兄さん。


 あら? これ、イシュタ連れてきて良かったんじゃね? なんて疑問はともかく、追われている中でまた1人仲間を発見とは、随分アッサリとした展開である。




「解放するなら、まだ敵に見つかっていない今がチャンスだけど… イシュタできそう?」


 あれから、皆がその意見に同意したのを確認し、僕の方からきいてみた。というのも、

「どうだろう? サリバは確か、既に覚醒しているから1人で出来たとはきいたけど… 僕はまだ・・だし、上手くいくのかな?」

 とのこと。それ以前に、仮に覚醒したらその能力は一体どんなものか、まだ誰も予想がつかないのだ。

 僕はイシュタを励ますようにこういった。


「とりあえず、やってみようか。もしここで失敗しても、まだ時間や戦力には余裕がある」

「…うん」


 イシュタは緊張した面持ちで頷いた。

 片手の平に乗せた、ほのかに光るチャームを、ふうと深呼吸をし目を瞑りながら念ずる。



 さて、チャームは更に光るか…? 光った。光が増した!

 そしてそれは虹色へと変化していき… と、ここでキャミが何かまずい事に気が付いた。

「まて!」


 ドーン! ピュン! ピュピュピュピュピューン!!

「うわぁ! あわわわわ…!」

「みんな伏せてー!!」「きゃあー!!」


 そうだった、ここ洞窟!

 光が、狭い壁や天井にぶつかるたびにポンポンと反射し、変な方向へ飛んでくるではないか! 今までみたいに光がドーン! と弧を描くように移動できるスペースがないのに、そこ考慮していなかった。

 キャミがそれでさっき止めようとしたんだけど、時は既に遅し。ほんとバカすぎる。


 とはいえ、イシュタのソロまじないは無事(?)成功だ。僕達は身を伏せ、光のスライムが着地、そして実体化していくのを待った。



 ヒュー、ストッ。

「嗚呼… 目が回るかと。皆さん、久しぶりですね」


 光が実体化し、膝をついた状態で姿を現したのは、ブロンドの顎髭とソフトモヒカンが特徴の紳士キャラ。物理では銃の扱いに長け、魔法は念力を用いて戦う。

 そんな「バリー」こと、ブライアン・グラハムの解放であった。




 ――――――――――




「そんなことが」


 僕達はあのあと、今日まで自分達の身に何が起こったのか、バリーに一通り説明した。

 とはいえスタートからもう随分経っているので、今や僕一人で全部説明するのは大変だけど、仲間がいればそれもあっという間。バリーは納得した様子だ。


「わかりました。ここは子供の安全が優先ですね。敵が来たら受けて立ちましょう」

「ありがとう… みんな、君の味方だからね? アニリン」


 と、マリアが不安げな表情のアニリンを撫でた。その時。


「いたぞ! あそこだ!」

「「!?」」



 洞窟入口から奴らの声が。

 しまった、僕達がここにいる事がバレた! 奴らの姿は間違いない、あの一軒家周辺を吹っ飛ばした男達である。


 もう、こうなったら仕方がない。

 マリアがアニリンを守り、イシュタが後ろへ隠れている間、僕達は戦闘態勢に入った。相手もそれに対抗すべく、武器を構える。


 アニリンの命と、ベルスカの未来を巡る、戦いの火蓋が切って落とされた。




【クリスタルの魂を全解放まで、残り 6 個】

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