ep.24 ヴァージニア・マクフィールドの願い

 雲一つない夜空。

 ツンドラの冬は、刺すように寒い。


 マリアとアニリンは一軒家を前に、焚火で暖を取りながら、座って空を見上げていた。



「きれい」


 アニリンが空に揺れるカーテンを見て、目をキラキラ輝かせている。オーロラだ。

 彼は空を見上げる度に、自身の襟をクイっと持ち上げ、露出した首を守っている。



「寒そうだね」

 マリアは気がついた。


 するとマリアが自身の首にかけていたマフラーを解き、それをアニリンの首に優しく巻いたのだ。


「えっ」

「はい。これでもう大丈夫。オーロラ見たいでしょ?」

「あっ… ありがとうございます。あの」


 マフラーのぬくもりを感じながら、アニリンは質問する。


「どうして… 僕に、こんなに尽くしてくれるんですか?」

「…」



 オーロラに目を向けたマリアの目は、どこかおぼろげだ。

 まるで、過去の情景が映し出されているかのよう。



「昔の自分に、似ているからかな」




 …。




 マリアの中で、映し出された情景。


 5月2日。NY州ジャマイカタウン。

 生まれつき髪が白く、美しい琥珀色の瞳をもって生まれたヴァージニア・マクフィールドは、幸せな将来を約束されていた。


 祖父はアメリカ大統領、祖母は京都御所にある桜吹雪財閥の令嬢。

 母は一般家庭の出だったけど、大統領令息にしてIT企業役員であった男性に、伴侶として選ばれた。それだけの素質があったといえるだろう。

 娘は幼くして文武両道、そして才色兼備。誰もが羨む存在だった。


 しかし…



 約束されていた将来は、父親の逮捕を期に、一気に崩れ落ちた。

 この時、ヴァージニアは10歳。

 ちょうど、アニリンと同じ歳での出来事だった。


 やがて父親の逮捕が、実は違法カジノの標的にされた家族を守るため、犯人になりすました「冤罪」だと知るのは、それから4年後のこと。

 それまでに、家族が受けた精神的苦痛は、計り知れなかった。

 父親とは、逮捕前に母親と離婚して離れ離れになっている。その件が悪目立ちし、冤罪を信じてくれる人が少なかったのだ。


 当時、マクフィールド政権を敵視していた党が、現地メディアを掌握していたのもある。桜吹雪財閥の黒い噂も相まって、情報操作やゴシップに踊らされていたのだ。

 どこへいっても「犯罪者の娘」だと揶揄やゆされ、名門校を退学させられ、スラムに追いやられた。地獄だった。


 やがて祖父の計らいで、地中海の島国へ移住。髪を緑に染め、別の名前で生きる決心を固めるも、その頃にはもう母親は壊れかけていた。



 ――お母さんは何度、口にしただろう?


 ――『人類など、滅亡すればいい』と。『あの世へいったら、こんな目に遭わせた神々を殺してやる!』と。何度も、何度も。


 ――どうしてみんな、お父さんの冤罪を信じてくれないの? お爺ちゃんが、私達家族の安全のために、息子と離婚してほしいと頼んだ事なのに、どうして…!?




 そしてある日のこと。

 ヴァージニアの境遇を見かねた大人が、彼女の学力を認め、入学を許可する代わりに「その血を大学卒業まで献上しなさい」といってきたのだ。


 白変種で、自分が特異体質なのは知っていたけど、まさか世界中のどの血液型にも適合する体だったなんて――


 でも、学校に通えて、かつ人々の命も救えるなら…

 またとないチャンスだった。



 だけど、定期的に血を抜かれるという生活は、想像を絶する苦痛だった。

 死の淵まで血を抜かれると、最低6時間は目覚めない。それがどれだけ恐ろしく、苦しいものか。


 徐々に体の「違和感」を覚えていく。

 きっと自分が眠っている隙に、何か良くない事・・・・・をされている。


 そんな違和感を何度、大学に相談するも、回答を濁されるばかり。

 酷い場合は、「なら献血を中止する代わりに、除籍を視野に入れる」と脅される始末。



 自分の人生に、自由という選択肢はないのか。

 まるで「奴隷」だ。




「あなたの事は、以前から息子と、カナダの大学に通う甥との連携で多くの情報を収集してきたの。あなた達オーガノイドの血が、悪い大人たちの“資金源”とされていた。


 でも、もう大丈夫よ。

 あなたも、そしてあなたの親戚も、これ以上悪い大人達の思うツボにはさせないわ。子供達の将来を担う教育機関に、政治介入などさせない。献血を中止する事で、除籍なんて卑怯な手も使わない。

 あなたのお祖父様も、その考えには同意すると言っていたの」



 すべての転機は、大学のトップがジョン・カムリの母、ミサに受け継がれてからだ。

 そこでヴァージニアは、今まで担当していた医師や教授らが、裏で自分をぞんざい・・・・に扱っていた事を知った。


 当然、その医師や教授らは全員、ミサの理事長就任を期に追放された。

 漸く、ヴァージニアが本当の「自由」を得られる日がきたのだ。



 だけど、彼女は献血を続けると決意した。

 自由を得ても、人々の命を救いたい気持ちは変わらないからだ。だがそれ以上に、ヴァージニアにはどうしても叶えたい「願い」があった。


「そう。分かったわ。でも、もし献血がしんどくなったら、いつでも言ってね」




「だってさ。あはは。本当に優しいなぁミサさんは」



 この時、ヴァージニアは18歳。

 成人し、親族や未成年者後見人の許可が無くても、生きられる歳になった。

 それから年月が経っても、彼女は異世界で「神の跡取りゲーム」に招待されるその時まで… 母親が眠る病室へ、見舞いに訪れていた。


 母親は壊れかけていたあの日、外出中を複数の暴漢に襲われ、頭を強く打って搬送。植物状態になってしまったのだ。


 だけど、娘がぎゅっと握るその手は、今も温かい。


 きっと今も、本人が口にしていた「あの世」を、行ったり来たりしているのだろうか?



「だからね。もう大丈夫だよ? お母さん。

 お爺ちゃんとも、政治にいた頃より連絡は取り合えるようになったし、ジョン・カムリという救世主にも巡り合えた。どこの国へ行っても逃げ場はないって、お母さんは言っていたけど、この国へ越してきたからこそ、叶った出会いもあるんだよ?


 私は、今のみんなの出会いに感謝しているんだ。

 だから、これからも学校に通いつつ、献血は続けるよ。



 あれから血を抜きすぎて私、目の光を失っちゃったけど、そんなのはもう今更って感じかな! はは。

 だって結果がどうあれ、私は私。ヴァージニアはヴァージニア。そして…

 マリア・ヴェガは、マリア・ヴェガだと、ミサさん達が認めてくれているもの。


 だから私も… あなたがどんな姿で戻ってきても。

 いつどこで出会い、たとえ私と過ごした記憶を失ったとしても… あなたを受け入れる。


 人々の命を救い、稼いだ治療費で。

 必ず、この長い眠りから覚まさせてみせるよ。



 だから、それまで待っていてね。お母さん。




 マゼンタ・ヴェガ」




 …。




「お姉ちゃん? おーい」


 アニリンが心配そうに、マリアの前に手を上下にかざした。

 先の回想に浸るあまり、周りが見えていなかった様だ。マリアはハッとなった。


「ゴメン。ちょっと考え事をしてた」

「考え事?」

「えーと、学校のことだよ! うん。ところで、その素手だと寒いんじゃない?」


 そういって、マリアがアニリンの手をぎゅっと握った。

 アニリンがこの突然のスキンシップに戸惑い、「え!?」と驚く。それでもマリアは目を瞑り、心の中でこう誓った。




 ――大丈夫だよ。アニリン。


 ――あなたがどんな姿であっても… いつどこで出会い、たとえ私と過ごした記憶を失ったとしても… あなたを受け入れる。




 ――かつての私がそうであったように。


 ――必ず、この長い苦しみから解放してみせるよ。




【クリスタルの魂を全解放まで、残り 7 個】

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