ep.25 赤マルコ青マルコ黄マルコ
ここは、ケガや病気をした人達が来院する医療施設。
ヘルがこの度、コロニーまでの在宅医療から事業拡大に移った、大きなクリニック。
「あーやっぱり? 前に荒野で拾った、あのドローンの残骸に付着していた塗装が、あの暴走の時に飛んできた鉄くずのそれと特徴が一致したって?」
そう言いながら、若葉が診察室のチェアにもたれている。
ヘルが、壁一面びっしり貼られた大量の紙に目を通しながら、こういった。
「あの子は恐らく、過去に何度もあのような暴走を起こしては、ジョナサンが言っていた様な『副作用』に見舞われている。前にシエラ達が教えてくれた、酷いノイズのあとに同じセリフがまた聞こえてきたというそれと、妙に辻妻が合うんだよな」
アニリンの記憶喪失のことだ。
一般人への混乱を防ぐため、ここでは「副作用」と表現している。
すると、この近くで新たな動きがあった。
「えーと、こっちがトイレかな? あれ、どこだったっけ?」
若く、あどけない女声。とても聞き覚えのある声。
2人は「まさか!」という大きな目で、声がした方へと振り向いた。
診察室を出てすぐの廊下。
そこを歩いていたのは… 両腕包帯まみれのサリバだ。ここは若葉がすぐ立ち上がった。
「ちょっと!? 部屋を出るならコールしてよ! 勝手に一人で歩かないの!」
そういって、サリバの体が通りすがりとぶつからないよう、自ら盾になる若葉。
サリバは困り笑顔で肩をすくめた。
「ごめんごめん。2人とも忙しそうだから、迷惑をかけられなくて。そうそう! 私、あれから少し動けるようになったんだよ? 左手は相変わらずだけどね」
「まったく。骨がくっつくまで、1ヶ月は動かすなと、昨日もいったはずだぞ」
次に診察室から顔を出したヘルが、呆れ気味にサリバを
彼女の左腕は、右腕よりも厳重にギブスが巻かれ、固定されている。骨折している証拠だ。
「もう~。アタシが案内するから、ついてきて!」
そういって、ここは若葉がサリバをお手洗いまで連れていくことに。ともあれ、精神面では元気そうで何よりである。
「はぁ。さて」
こうして若葉が離席し、次にヘルが診察室に1人、どかっとチェアへ腰かける。
このあと、次は誰の病室を見て回ろう? と、顎をしゃくりながら壁を眺めた。
――サリバみたいに少し元気になった途端、退屈しのぎに勝手な行動をしだす患者は、いつの時代も一定数いる。この異世界に来て学ばされたよ。どこも一緒なんだな。
なんて、口には出さないけど肩をすくめる。彼は更にこう続けた。
――これで塞がるはずの傷口が開いたら、俺達のせいになるだろうに。まぁ、ギプスを巻いた状態で今更、外から異物が患部に侵入してくるとは思えないけど…
――。
どうしたのだろう?
この瞬間、ヘルの目が、遠くの情景をみてハッとしたように揺らいだのだ。
何か、気づいてしまったか。
「オッスオッス~。次はどこの部屋へ行くか決まった?」
若葉が戻ってきた。だが、さっきとは様子が違うヘルを見て、更なる疑問符を浮かべる。
するとヘルがゆっくり立ち上がり、静かに答えた。
「いかなきゃ」
「ん?」
「若葉。前に話した『例の医療機器』だが、一刻も早く導入する必要がありそうだ。予定の時期では遅すぎる。俺、今からいってくるよ!」
「え、ちょっと!?」
「B1,A7,B3の順に回ってくれ。幸い、どれも急変には至らない。すぐ戻ってくる!」
その間、実に10秒。ヘルは急いで診察室を後にした。
そうなると、彼が帰ってくるまで若葉が1人で切り盛りする形となる。幸いにも今は混んでいないので、業務を間に合わせられそうなのが救いか。
「…なにあれ」
若葉は白けた表情で、タグを幾つか持ち出し、廊下添いの各病室へと歩いていった。
――――――――――
その頃。敵の発砲を回避したあとの僕が眺めるは、人けのない王宮前広場。
そこから上空にかけて、いつぞやで見たアーチ状の虹がかかっている。
「いってらっしゃい」
アゲハが、ユニコーンのアグリアに1通の封筒を銜えさせ、虹をかけていく姿を見送った。
虹は、アグリアが通過した後追いで、静かに消えていく。
虹の先は、あのフェブシティ―― 僕達を突然襲った奴らの組織の、本拠地である。
「あのお宅がここ数日煩いから、向こうの壁に騒音苦情の張り紙を貼るよう頼んたんだ。特に今回に関しては、近所迷惑の域を超えている。嫌な思いをさせたね」
そういうアゲハの口調は穏やかだが、目が笑っていない。
もちろん、その騒音の件が言葉通りの意味ではない事は、僕でも理解できた。女王の怒りは、これでもまだ優しい方だ。
「あれ? あそこにいるのは、ヘル?」
アゲハの視線が、僕の後ろへと移った。
僕も振り向くと、そこには確かに白いコートを羽織ったヘルが、地下渓谷に向かって走っている。なんだか落ち着かない表情だが…
――――――――――
「2人とも逮捕お疲れさん。もし、そいつが例の速記を知っていた時のために、予定より早く完成したこの子達を渡すよ」
地下渓谷。こんど掘削予定の規制線が張られた場所。
ノアがそこで、敵の逮捕後かけつけてきたキャミとマイキに1個ずつ、目と前髪が描かれた球体に獣耳としっぽ、そして短く可愛らしい足が4本ついた
彼の手にも、
「もしかして先日、上界で速記の資料を集めた時にノアがいっていた…」
「そう。このマルコ達に、俺達が別の世界線からかき集めてきたこの速記符号を学習させたんだ。普段は別件で忙しい自分達に代わり、彼らが速記を解読してくれる」
ノアがそういうと、彼が持っている黄色い「マルコ」がぴょんと飛び上がり、下の腹からプロペラが出現。しっぽと同時に回転し、ぷかぷかと浮かんだではないか。
その姿は、まるで生き物のよう。ドローンというより、空飛ぶ丸いゆるキャラだ。
「なるほど。しかし、彼らがその解読を行うまでのプロセスだって、ある程度の感情が備わっていなきゃ、自分達の意思では動かないだろう? どうなっているんだ?」
と、マイキ。そこもノアが笑顔で説明した。
「ご心配なく。思考回路はAIを用いているから、適切な指示を送ればちゃんと仕事をしてくれるよ」
「…もしかして、その学習元って」
「うん。赤マルコがキャミ、青マルコがマイキさん。そして今飛び回っているこの黄マルコが、俺自身」
キャミとマイキは息を呑んだ。
つまりマルコ達は解読だけでなく、自分達の性格まで備わっているらしい。発明としては凄いが、倫理観がマッドサイエンティストのそれというか、ネーミングセンスさぁ。
赤マルコ、青マルコ、黄マルコ―― なにこれ。
「いた…! ノア!」
そこへ、ヘルが駆けつけてきた。
今、この地下に意外な人物の登場である。しかも指名あり。ノアは不思議そうに、息を切らしながら膝を抱えているヘルを見た。
「工事の準備中に、申し訳ない… どうしても、許しが欲しい」
「許し? えーと内容にもよるけど、どうしたの?」
「頼む! 前に依頼したX線の導入を、最優先で進めてほしいんだ! この通り!」
そういって、ヘルが目を固く瞑りながら深々と頭を下げたのだ。
X線―― レントゲンとか、そういった医療機器か。フェブシティならともかく、アガーレール王国にはまだない代物である。
ノア達にとっては、正に予想外の懇願であった。マルコ達も浮遊をやめ、地面に着き、不思議そうにその懇願を見つめていた。
(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます